記録「2024年、祖母、90歳。」

この文章は記録の為一発書きのまま投稿します。

先日、祖母が90歳になりました。
14年前、祖母は当時中学生だった私の眼のまえでとつぜん倒れて、そのまま意識を失ったということがありました。心臓病由来のショック症状でした。
私はあのよる夜ふかしをしていて、衣料品のマツオカで自分で買った縞々のミニーちゃんのパジャマを着ていたということが印象に残っています。なぜだかは分かりません。
一階で生活をしている祖母が、私がまだ起きていることに気がついて、何か言おうして二階のリビングに上がってきたのだと思います。あまり祖母のことが好きではない私はそっけなく接していたため、祖母の息が異常に上がっていることにすぐには気が付きませんでした。何か言葉を交わしている途中、祖母の呂律がおかしくなり、それまで後ろを向いたまま会話をしていた私が異変を感じて振り返ると、ゆっくりと、しかし肥満気味だったからかダイナミックに、自分の祖母がうつ伏せの状態で落ちていく様子を目撃しました。そうでした。数センチ先のことで起こったことだのに、何だかとおくで発生した出来事を「目撃」したように感じたのでした。

そのまま祖母があきらかにまずい、低いイビキをかき始めたのを認めて、私は大きな声を出しました。その後寝ていた母と父が飛んできて、母は祖母の身体に駆け寄りました。自分の母親が倒れているのをはじめて見たことでパニックになった父は、そばで泣いている私にそこの電話から119にダイヤルしろと命じました。私は指が震えて震えて、なかなかボタンを押すことができませんでした。今でもその時の(ボタンがうまく押せなくて焦る)ことは夢に見ます。何とか繋がって、電話の向こうで男のひとの声が、どうかしましたか、と聞きます。私は泣きながら「おばあちゃんが」とだけ言って、すぐしゃがみ込んでしまいました。その様子を見たパニック中の父がようやく落ち着き、私から受話器をうばい、代わりに色々伝え始めました。
そうしているうちにおそらく20分近く経って、祖母が目をさまして、それと同時に救急車も到着して、隊員のひとたちがどかどかと入ってきて、ふにゃふにゃになっていた祖母を連れていきました。その頃まだ小学生だった妹も起きてきて、不安そうにこちらを見ていました。私は妹がこちらを見ていることに気がついていたのにも関わらず、あえて無視をしました。
まだ救急車が行ってしまわないうちに下の階に降りると、祖父が真っ青な顔をして立ちすくんでいまして、その姿を見て、ああ、これまでのことは全て現実なのだと確信できたように思います。祖父は頑固でしたが中立で冷静で思慮深い、いい人間でした。私はその様子を見て、大人というものはほんとうのショックを受けたら固まるのだということを知りました。
祖母は、次の日にはすっかり元に戻り、家に帰ってきました。

そんなことがあったので、あの時うつ伏せに倒れていた祖母が14年後元気いっぱいに90歳を迎えたということが、何だか信じられないような気がします。ありがたいことだなとも思います。

そう。我々家族は、今年、祖母の為にお寿司とケーキを注文しました。
私は近所のシャトレーゼまで徒歩で17号の苺のデコレーションケーキを取りに向かいました。ゆうがたのシャトレーゼはすいていて、とても買い物がしやすかったです。私は追加でスパークリングワインとヨーグルトと祖母へのちょっとしたプレゼントを買い、ケーキもうけとり、店を出ました。
ケーキの箱を入れる袋をもらい忘れたため、箱を両腕で抱えながら気をつけて歩みました。雨上がりの日暮れでした。
太陽は少しだけ姿を見せており、何となく西の方がオレンジがかった空でした。そのまま家に続く細い道に入り、敷地内に足を踏み入れた時、後ろから妙な気配がしました。どうやら後ろに自転車がいます。ケーキを崩さないように細心の注意を払っていた私は、過剰にビクッと驚いてしまいました。その自転車の音が、祖父のものにそっくりだったからです。祖父は2年半前に死んでいますが、その一瞬はそのことを忘れていて(あ、おじいも買いもんから帰ってきたんだ)と、本当にその時はそう思いました。さらに自転車は「あ〜さみいさみい〜」と、祖父の口癖までそのまんまでした。ですがそれを聞いた瞬間、頭を叩かれたような衝撃と共に祖父の死が思い出されました。 
もしかしたら今、後ろには祖父がいるのかもしれない、と少し緊張しました。
その時その自転車が前向きのままの私を追い越しました。私の瞳が、いつものように深く帽子を被って自転車を漕ぐ祖父の姿そのものを捉えたように感じました。

しかしその自転車は、家で止まらず、ずーっと前に進んで行ってしまったから、祖父ではありませんでした。
私はケーキを抱えたまま、自分が育った家の前で、じっと固まりました。
たった今起こったことは、私が感じたことは一体何で、またここで目の奥がぐっと熱くなるのはなぜだろうか、と考えました。

祖父をそばに感じたことが嬉しかったのか、祖父がわざわざ祖母に会いにきたのではないかと思って感動したのか、よくわかりませんでした。これはあくまでも記録なので、正直にわからなかった、ということで終わりにします。

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