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才ひらく街【ショートストーリー】

機械に仕事を奪われた。
工場からの解雇通達を見つめながら、ただ茫然としていた。

予感はあった。技術が向上しただの特許を取得しただの
その手の情報は更衣室の社内広報でデカデカと宣伝されていた。
いつかは何か影響が、というのは漠然と考えていただものの
解雇通知の「最新機械の導入により」という言葉を目の当たりにして
それが今だと思い知らされた。

ひとしきり頭が真っ白になったあと、沸々と感情が湧いてきた。
機械が憎い。
涙をポロポロと流しながら、
次は機械に獲られない仕事をしようと決意した。


コールセンターで働くなどかつての自分には考えられなかった。
コミュニケーションが苦手、ストレス耐性なし。
それでも続けていられたのは、人ならではの仕事だと実感できたからだ。
たとえ怒られても、落ち込んだあとは人間と話すことが恋しくなる。
伝え方を工夫して「わかりやすい」と褒められるのも嬉しかった。

苦手意識を克服し、クレーム処理も得意だと言えるようになった。
成長を実感する。ベテランと呼ばれるようになり、仕事も増えた。
やがて部下を持ち、教育にも携わるようになった。
必要な心構えは何か。研修では「機械のようになるな」と何度も口にした。
この仕事は機械にはできない。だからこそ人間がやるのだ。
そこに自分の価値があるのだ。
そう信じていた。

いつからだろうか。周りから人が減っていた。
組織編成のたびに部下が減り、研修を依頼されることもなくなっていた。
ある日ついにコール業務から外されることになった。
閑職ともいえる事務職に異動。
納得できるはずもない。
上司に理由を問い詰めたが、淡々と言葉を返された。

「君は会社の方針に反して、最新システムを頑なに使わないね」
「AIが会話を解析して、最適な回答内容を画面に表示させるものだ」
「それを読み上げるだけで済む。教育もいらない。抜群の効率だ」
「高度な言語解析を採用している。間違いもほとんどない」
「システムを利用した人の対応品質は、君と同じレベルだよ」
「同じ品質で、圧倒的に効率が良い手段があるならそちらを使うべきだ」
「君の言う問題点というのはレアケースだよね。発生頻度を考えよう」
「コールセンターは君のものではないんだよ」
「なんでそんなに機械が嫌なんだい」

それが僕の誇りだから。

思いを伝えることはできず、その場で退職を申し出た。
引き留められることはなく了承された。


介護なら。
人と人が触れ合う仕事。老人たちの相手なら慣れている。
思い立って調べてみると、人材募集の情報がたくさん出てきた。
そのうちの一つに応募すると、書類選考は難なく通り
面接までトントン拍子で進んだ。

こじんまりとした介護施設。面接では所長と直接話すことができた。
人ならではの仕事をしたい。人のぬくもりを大事にしたい。
思いの丈をぶつけると大いに賛同してくれて、
「ぜひウチに来てください」と言ってもらえた。
ほらやっぱり。ここには人間の仕事がたくさんあるんだ。
一度現場を見てみたいと伝えると、快く案内してもらえた。

しかし、その光景に愕然とした。

電動車イスから機械式のベッドまで、すべて補助なしで移動する老人。
タブレットで本を読み、ゲームに勤しみ、動画通話で家族と会話する老人。
挙句の果てには、体にいくつもフレームを装着して庭を走っている老人。
機械だらけだ。そのそばで働く人は、いない。

「ご覧のように、ほとんど機械がやってくれるのでだいぶ楽になりました。
ご利用者様にはセンサーを配ってるので、我々はモニタにいるだけで済むと言ってもよいでしょう。」
所長が誇らしげに語っている。

人ならではの仕事は?

「四六時中モニタを眺めるわけではありまんよ。定期的に巡回して…」

人のぬくもりは?

「もちろん、気持ちは忘れておりません。その気持ちあってこそ…」

所長の声はどこか遠くで話してるように聞こえた。
近くの老人にフラフラと歩み寄り、声をかけた。

機械だらけで心配でしょう?

「これが使ってみると便利なんだよ。それに、自立していたいからね。
人の世話になるより機械を使ってた方がよっぽど気楽だね。」

頭の中がグチャグチャになった。
家に帰ってからようやく冷静になり、メールで辞退の旨を申し出た。
数分後には「わかりました」と機械的な返事が返ってきた。

暗闇の中で一人残されているようだった。

どこにいけばいいんだろう。

僕が望む未来はどこにあるんだろう。

思考が彷徨い、答えのない疑問を繰り返す。

「人の居場所は」

ネットで検索する。

不動産情報が出てきた。

そんな情報じゃない。

そんなものを求めてるんじゃないんだ。

携帯を投げ捨てようとしたとき
画面に表示されている文字が目に飛び込んできた。

「人間をコンセプトとした街づくりで話題」

振り上げた手が止まり、携帯を握りなおす。

ここか。

ここにいけばいいのか。

ここなら僕は。

有り金をかき集め、逃げ込むようにその街に引っ越した。


この街に来て何年経っただろうか。
モニタから目を離し、ふと思いにふけった。

窓から外を眺めると、遠くに公園で子供たちが遊んでいる姿が見える。
タッチペンを置いて一息ついた。
仕事も落ち着いたところだし、少し散歩でもしてみるか。

マンションを出てすぐのところで、足を止めた。
丘の上に建っているので街の全体が見渡せる。
この地域は独自の建築基準が設定されていて、建物の高さ、
土地の広さ、緑地の割合などすべてバランスよく配置されている。
何回見ても小さな変化があり、お気に入りの景色だ。

坂を下って公園に向かう。
僕が通るのを見越したように、途中の道では信号が青に変わってくれた。
歩いてると心地よい風が抜きぬけた。
建物の絶妙な合間から、街路樹の香りを運んでくる。
耳をすますとカラカラと風に合わせて軽やかな音が鳴っていた。
どこかの建物からは誰かの歌声も聞こえた。

公園につくと、街灯の下にあるランプに目をやった。
今日も青いことを確かめる。
赤になったことは見たことないが、確認すると安心できる。
空いてるベンチを探したが、あいにくどこも埋まっていた。
くつろいでいるおしゃべりしている老夫婦、
ノートパソコンを持ち込んで何やら作業をしてる青年。
いつも人気だから仕方ない。奥に入って散歩を続けた。

管理所の横にはこの街を紹介する大きな看板が立っていた。
芸術性と伝わりやすさが兼ね備えられれた作品。
僕の自信作だ。

「人の才能を開放する街」

自分で書くには気恥ずかしかったが、
それでも同じような人が続いてくれたので
今では誇らしくすら思っている。

香りを音を運び、心地よく感じるような風が吹くよう配置された建物。
視覚的に美しさを感じるよう設計された景観。
心理学と人間工学に基づいたベンチ。
あらゆる五感を刺激し、人の感性が最も磨かれるよう
すべてのものが計算されていた。
僕もその恩恵に預かった一人だ。

そしてそれを支えているのは、最新のテクノロジー。
公園にくるまでのあの信号。
赤にならない不思議な信号だと長らく思っていたが、
事前に歩行者と車の動きを感知して
タイミングよく点灯を変えるということだ。
公園のランプも子供たちに危険があったらすぐに知らせてくれる。
かつては子供が熱中症で倒れたり、
車に閉じ込められるような悲しい事件が頻発していたが
機械による監視網のおかけげで今では皆無なほどだ。

あれほど機械が嫌いだった僕の心は、自らの才を認めるにつれて雪解けし
機械と技術がもたらす真の成果を知ることになった。

生活上の利便性やリスクはテクノロジーによって解決され、
人は己の才覚や感性を磨くことに集中できる。
結果、新たな発想が生まれ
才能を開放するための手法、テクノロジーもまた進化する。
この好循環を街全体、街に住まう人々が体現していた。

先ほど見た老夫婦と青年も、確か著名な作家と音楽家だ。
僕も商業デザイナーとしてそれなりに名が通るようになった。
すべてこの街に刺激されたことで才能に目覚めた人間だ。
クリエイターのシリコンバレー。
今ではそう呼ばれている。


日も落ちてきた。
さて、そろそろ行こうか。
あの風の通り道を歩くのが楽しみだ。
次はどんな音を、香りを、触感を与えてくれるんだろう。
丘から眺める景色を思うと心が躍る。
今日はどんな影を、灯りを見せてくれるんだろう。
新しいデザインを思いつきそうだ。

またひとつ、未来が生まれる予感がした。

#暮らしたい未来のまち

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