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世界の自然史博物館(2)フランス国立自然史博物館

松浦啓一 (国立科学博物館名誉研究員)

フランス国立自然史博物館の本部はパリ市内の第5区にあります。すぐ近くをセーヌ川が流れています。本部には多くの研究施設や展示施設、動物園などがあり、中央には植物園があります。植物園の南北にはビュフォン通りとキュビエ通りがあり、博物館の施設は二つの通りに沿って、植物園を取り囲むように配置されています。パリ市内には同館の人類博物館も第16区にあるのですが、本部からかなり離れています。フランス国立自然史博物館はフランス国内にさらに10の施設を有しています。その中には有名な昆虫学者のアンリ・ファーブルの資料を展示している施設、先史時代の壁画を現場で保存している施設、森林公園、植物園、動物園、海洋生物学研究所、生態学研究所などがあります。多くの日本の観光客が訪れるのはパリ第5区の本部にある進化に関するグランドギャラリー(進化大展示館)や解剖学・古生物学展示館だと思いますが、フランス国立自然史博物館は研究組織を有する自然史に関する巨大な研究機関なのです。

フランス国立自然史博物館には500人の研究者と320人の研究支援者などがいます。所蔵標本数は6800万点以上に達し、アメリカ国立自然史博物館と大英自然史博物館に次いで世界第3位の標本数となっています。同博物館の歴史は国王ルイ13世が1635年に創設した王立薬草園に遡ります。1718年にはルイ15世が王立薬草園から医学的な機能を排除し、薬草園は王立庭園となりました。そして、1789年のフランス革命の後、王立庭園は一般に開放され、Jardin des plantes(植物園)と呼ばれるようになりました。さらに、1793年には自然史博物館となり、研究を行うとともに、一般の人たちに自然史に関する展示を公開するようになったのです。

植物園の西側(セーヌ川と反対側)に進化大展示館(グランド・ギャラリー)があり、多くの人たちに人気があります。グランドギャラリーは中央部が吹き抜けになっていて、周囲に回廊が配置されています。この展示館は非常に多くの標本を展示することによって、生物の進化や生物多様性を分かりやすく示しています。吹き抜け部分の床(2階)にはアフリカのサバンナに生息している多数の動物たちの剥製がまるで行進しているように展示されています(表紙画像参照)。アフリカゾウの親子が先頭に配置され、カバやキリンなどの大型動物が行列を作っている様子は、非常に迫力があり、多くの入館者に人気があります。

フランス国立自然史博物館は昔から世界各地で調査をしてきたので、貴重な標本を数多く所蔵しています。グランドギャラリーの回廊には、インドネシアに生息していた小型のサイ(絶滅種)の剥製が何気なく展示されていて、驚きました。展示手法も巧みです。グランドギャラリーの展示は光を上手く使っています。日本の自然史博物館では、展示室全体が明るくなっていることが多いのですが、グランドギャラリーでは、明暗のコントラストがはっきりしていて、標本を浮き立たせています。フランスは芸術の国だと感心したことを覚えています。

グランドギャラリーから植物園を東に歩いて行くと、比較解剖学・古生物学展示館が見えてきます。建物は古色蒼然としていて、入り口も小さいのですが、内部の展示は入館者を圧倒します。1階には脊椎動物の骨格標本が列をなして並んでいます。魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類(人類を含む)の骨格標本をこれだけ多く展示している自然史博物館は他にありません。2階には多数の恐竜の骨格が整然と並んでいます。グランドギャラリーは最新の手法を用いて生物の進化を展示していますが、比較解剖学・古生物学展示館では、標本そのものを多数展示しているだけです。系統的に類縁が近い動物が近くに配置されていますが、展示そのものの詳しい説明はありません。しかし、標本そのものが素晴らしことや多数の標本を比べることができるので、時間が経つのを忘れて見入ってしまいます。最近の博物館では分かりやすくて、メッセージ性のある展示が主体となっていますが、比較解剖学・古生物学展示館はモノが訴える力そのものを大切にしていると言えるでしょう。

写真2-2_比較解剖学・古生物学

写真: 比較解剖学・古生物学展示館