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なんで私が“先生”に?記者が9人の生徒と歩んだ半年間には、伝えるためのヒントがつまっていた

私、佐藤かけるは宮崎放送局の記者として、日々防災・減災の報道に取り組んでいた。

福島県出身で、取材の原点は地元での東日本大震災。防災報道に携わりたくて、NHKに入った。災害への備えを繰り返しニュースで伝えることで、被害を減らせると信じていた。

はずだった、はずだったのだが、、、

防災って、ちゃんと伝えるの難しくない・・・?

防災が大切だと言えば、否定する人はいない。
ことが起きれば、誰もが恐怖を抱く。

だけど、何も起きていないときに、考えてもらうにはどうしたらいいのだろう?プロフェッショナルだけでなく「興味がない」と思っていたかつての私のような人にも。

そんな悩みを抱えながら取材していたら、なぜか学校で子どもたちに防災を教える「先生」になるよう命じられてしまった。その経緯はこちら。

ふだんニュースでは何万、何十万という「マス」に向けて発信していた記者の私が、1人の先生として9人の生徒と歩んだ半年間。そこから学んだ8つの気づき、そして“伝えること”の意味について語らせてほしい。

NHKニュースなんて誰も見てない


「かける先生!」

山あいの学び舎で、まっすぐな18の瞳が私を見つめている。

宮崎市から車で片道2時間半。県北西部にある中高一貫校、五ヶ瀬中等教育学校が今回の舞台だ。

全寮制で、夜間に行われるさまざまな「教養講座」では各分野のプロフェッショナルの先生が教鞭をとる。この授業もその一環だ。

今回授業を受けるのは、中学1年生から高校2年生までの9名。あどけない笑顔が印象的だ。

教室で“記者は浮くなあ”と、正直居心地の悪さも感じながらも、まずは生徒とのキャッチボールだ。NHKをふだん見ているか聞いてみた。

「チコちゃんとか?あとドラマは面白いですよね」

「おじゃる丸と忍たま乱太郎を見たのが最後かな」

OK,OK。想定の範囲内だ…私だって、中高生の時は野球に打ち込んでいてNHKは正直あまり見ていなかった。でも、1人もNHKのニュースを見ていないというのは、ちょっと寂しい、、、

「これ、ニュースに出てる私です」

このように決して防災意識の高い生徒ばかりではない。授業をとってくれた理由は「地理が好きだ」など様々。

「明るい人柄で人気な先生と一緒に学びたい」という子もいた。その先生とは、一緒に授業を担当してくれる地理担当の上田聖矢うえだせいやさん。

GISジーアイエス (Geographic Information System)=地理情報システムという、電子地図で分析する手法を使った授業で学会から表彰されたこともあるエキスパート。私も防災取材でGISを使い始めたことがきっかけで、先生と出会い、この授業でも活用する。

ただ、教員免許を持っているわけでもない私。上田先生に手伝ってもらいながら、記者業務の傍ら、2021年10月になんとか授業がスタートした。

気づき①:相手は私に“興味はない”が出発点


すぐできると思ったけれど…

ニュースを知らない子どもたちに、まずは体感的に災害のことを知ってもらわねば。

授業では、南海トラフ巨大地震をテーマにした。被害規模が大きいし、宮崎県でも最悪の場合、津波だけで1万2千人が亡くなると想定され、身近な災害だと思ったからだ。

使うのは、宮崎県の独自のシステム「“ひなたGIS”」という便利なサイトだ(https://hgis.pref.miyazaki.lg.jp/hinata/)。無料で使えて、宮崎を中心に全国のさまざまな災害の記録や地理データや資料を内蔵している。

操作性が良いので、中高生でも仕組みを覚えれば、ちょっとしたゲーム感覚で災害のリスクを“見える化”できるのが特徴だ。

地図上でポチポチッとすれば、複数のデータを重ねて比較できる。

例えばこんな感じに。

好きなデータを選んで重ねられる

そこでまずは使い方を学ぶことにしたのだが…

「先生、ヘルプいいですか?」
「ここわかんないんですけど…」

ちょっとした操作に途中からついていけなくなり、手が止まる生徒がチラホラ出始め、次第にあちこちで悲鳴が聞こえてきた。

これには困った。初歩の初歩だから、当たり前にできると思い込んでいた。自分の「当たり前」を、人に教えるのって難しい。

周りの先生たちが助けに入ってくれ、生徒たちはなんとか最低限の機能を理解したが、授業の最初から大幅につまずいてしまった。

気づき②:自分と人の「当たり前」は違う、前提を共有するのが大事


雑談はムダじゃない

授業では、このサイトを使って津波リスクを生徒たち自身の手で分析してもらい、防災を体感してもらうのが狙いだ。

対象としたのは、沿岸部の津波で浸水すると想定される約700地区。上田先生や教員志望の大学生の協力も得ながら、生徒たちは3人一組で全地区のデータを①被害の範囲や②避難先となる施設、③住民の人口・年齢構成という観点でチェックしていく。

一地区ずつ表をデータにまとめていく

一つ一つのデータを重ね合わせれば、例えばそのエリアで高齢者がどれだけ住んでいて、どこの避難先が近いのかなど、色々見えてくるはずだ。

さあ、ここから集中して…


「せんせー!先生は、彼女いるんですか?」


生徒たちはグループになると、サポート役の大学生と嵐のような雑談を始めてしまった。

ああ、こんなことなら個別に逐一教えてあげた方が良かったのでは…

しかし、さすがだったのは、教員の卵の学生たち。生徒の雑談を否定することなく、授業のテーマへと展開する。

「みんな寮生活だよね、実家が海沿いの人はいる?」

「海水浴はどの辺でするの?」

すると、生徒からも「この地区ならこの場所に逃げればいいかも」「女性の高齢者がめっちゃ多いよ」などの気づきの声が上がり始めた。

なるほど、一方的に「正しい」ことを教え込もうとするんじゃなくて、双方向性が大事なのか。報道では分かりやすさを意識していたけど、もしかしてそれって俺の一方通行だったのかもな…

気づき③:「正しい」の前に、まずは相手が何に興味を持っているかを知る


「僕んち」の「隣のばあちゃん」

授業開始から1か月あまりが過ぎ、分析作業も板についてきた生徒がふとこんな声を漏らした。

洪水起きたら僕んち死にますよ

高校1年生にあたる4年生の児玉祐直ゆうな だ。好きな有名人はYouTuberの1人だという彼は、普段そこまで口数が多いわけではない。

しかし、じっくり見たのは初めてだという「ハザードマップ」の衝撃は大きかったようだ。彼の自宅のある宮崎県延岡のべおか市は、中心部に川が流れる沿岸部にあり、広い範囲で浸水リスクを抱える。

実際、祐直の家のリビングから川が見下ろせるほどで、仮に最悪の想定での津波が押し寄せた場合、最大で2m近く浸かる恐れがあった。薄々感じていた事実が視覚的に分かり、つい“”という言葉が口に出たのだろう。

祐直が心配したのは、自宅と家族だけではない。

隣のばあちゃん、逃げられるかな

どうやら近所に住む高齢女性の顔が頭に浮かんだらしい。

GISで見ると、祐直が住む地区の高齢化率は20%程度で、超高齢社会の現実から見れば決して高いというわけではない。

でも、祐直が見ていたのは、家族ぐるみで仲良くしている隣近所のばあちゃんたちの存在。大事なのは、データよりも具体的なその人なのだ。ついデータばかりを先に考えてしまう記者の自分を恥じた。

と同時に、先生としての私はここに考えるチャンスがあると思った。私は祐直の発言を聞いて、上田先生をまねしてデータとセットで問いかけた。

大人が避難できる速度は1分間で約60メートルと言われることもある。でも、東日本大震災の時、実際に避難できた速度が分速約37mだった。じゃあ、私たちよりも移動に時間のかかるお年寄りはどうなるかな?知り合いのおじいちゃん、近所のおばあちゃんたちは逃げられるかな?」

以前は雑談の嵐だった9人の生徒たちは、いつしか真剣に画面を見つめていた。

気づき④:まず大切な人や場所を思い浮かべてみる。データはそれから。


想像力が防災を変える


「わー、教室あったかーい」

2022年1月の授業。女子生徒の1人が、毛糸の帽子と手袋を着用して教室に入ってきた。分析開始から3か月がたち、南国・宮崎にある学校でも、外には数センチの雪が積もるほど冷え込む季節になっていた。この学校は前述の通り全寮制なのだが、暖房が効いていない廊下は、時に吐く息が白くなるほど冷えるらしい。そんな他愛もない話を女子生徒としていると、みな小走りで教室に駆け込んできた。

年をまたぎ、授業は応用編に入っていた。今回は複数の災害が同時に起きる状況をテーマにした。例えば、川に流れ込んだ津波と、大地震で起きた土砂崩れとに挟まれることもありうる。そんな複数の災害想定ができる優れものが「重ねるハザードマップ」だ(http://disaportal.gsi.go.jp/maps/?ll=35.371135,138.735352&z=5&base=pale&vs=c1j0l0u0t0h0z0)。

使い始めた生徒たちが注目したのは宮崎県日向ひゅうが市。サーフィンの名所として知られるこの地域は、祐直の同級生・黒木海音かいと の地元だった。

「いつもそこの海で遊んできたんで、想像できないですね」

最初の授業でそう話していた海音。だが、マップを重ねていくうちに、海だけでなく、川の危険に気付き始めた。

「大雨被害と地震が重複したら、もっとリスクが高まるんじゃね?」

「冬の夜中に発生するのもパニックだよね?」

議論はどんどん広がっていった。私も議論に参加して19歳で経験した東日本大震災のことを話した。

最悪の事態に備えるのが防災だ」

これはニュースを伝えるときにいつも念頭に置いて、繰り返し言ってきたつもりだった。

でも、本当に備えるためにはニュースの決まり文句ではなく、想像力と議論がいるのだと思う。生徒たちの話し合いが長く続くのを見て、少し授業の手応えを感じ始めていた。

そして3月。5ヶ月を経てついに700地区すべての分析が終わった。生徒たちの表情から、最初のころのあどけなさは消え去っていた。

気づき⑤:複雑な状況を想定するには、想像力と議論が大切


立てる、歩く、気づく

・データから立てた3つの仮説

だが、膨大なデータ分析も出発点にすぎない。データはどうすれば本当の避難に活かせるのか。それを検証しなければ意味がない。生徒たちの次なるミッションは“現地調査”だった。

調査地点は、参加した生徒の出身地でもある2か所を選び、それぞれ班に分かれて現地を調べるよう段取りを整えた。

先に紹介した高校1年生の祐直ゆうな の動きを見てみよう。彼が向かうのは自分の出身地・延岡市の河口からほど近い地区である。

延岡班が行った事前の分析から、次の仮説が考えられた。

1.高齢化率50%超えの地区では、特に避難に時間がかかる
2.避難先が川沿いに集中すると、津波の遭遇リスクが高まる
3.昔は川だった「旧河道」では、“液状化”が懸念される

・検証1:上に逃げられる?

祐直たち4人は、まずは地区の主な避難先の1つになっている市営住宅に向かった。すぐ裏手には、川幅数十mもある一級河川が流れている。

堤防沿いでは付近に住んでいると思われる人たちとすれ違う。杖をついたおじいちゃんに、腰の曲がったおばあちゃん。やはり、平日の日中ということはあるが、お年寄りの姿が目立つ。

津波や洪水時の避難には一般に2つの形態がある。緊急避難として高い建物に登って逃げる「垂直避難」。そして、海や川沿いを避けて、津波の来ない内陸に逃れる「水平避難」だ。

祐直たちはまず、5階建ての市営住宅の屋上への「垂直避難」のルートを検証した。この建物には、なんとか2人が並んで登れるくらいの幅の階段が2か所ある。屋上までの高さは約15m、段にすると100段ほどだ。

「ハア、ハア。結構キツくない?」

体力に満ちあふれた中高生でも、実際に登ると少し息が切れるようだ。

だとすれば、さっきすれ違ったおじいちゃんやおばあちゃんは、他の人の支えがいるに違いない。階段が詰まれば大混雑が発生するのではないか。生徒たちは「片方の階段を高齢者専用にしてはどうか」などと話し合っていた。

・検証2:最短ルートで脱出可能?

続いて「水平避難」の実践だ。生徒たちは2班に分かれ、地区の中心付近から1キロあまり内陸にある高台の合流地点を目指す。

1つ目は、スマホの地図アプリでも表示される、とにかく最短距離を移動するルートだ。

スタート直後に入り込んだのは、住宅街の裏通り。通りは自分たちの背丈ほどの高さのブロック塀に挟まれ、人がすれ違うのがやっとの所もある。

「ブロック塀が倒れてたら、どうするんだろう?」

しかも、その一帯は、GISの分析だと液状化が懸念されるエリアだった。ましてや、その道路はこども園の隣を通っている。万が一1m以上の高さがあるブロック塀が倒れてきたら、逃げ場は無い。

「この用水路も注意が必要じゃないかな。もともと川だったわけでしょ」

路肩には小さいながら水が流れる用水路がある。キーワードは“旧河道”。昔は川が流れていた場所ということで、周囲より土地が低く、水が集まりやすい恐れがある。そこに生徒は目をつけた。

「住宅の倒壊は?」
「アーケードの屋根からの落下物は?」

生徒たちは、現地で目に見えた情報と、分析から得た仮説を照らし合わせながら気づいたことを次々に書き留めていた。

・検証3:「タブー」も探る

生徒たちは、本来「タブー」とされる川の堤防上を移動する道にも挑戦した。

津波避難では、津波が遡ってくる恐れのある川からは離れることが原則とされている。その上、前述の街なかを通るよりも数百メートルほど遠回りになる。

だが、実際に歩いてみると印象は違うようだ。住宅や塀が周りになく、倒壊に巻き込まれる危険は低そうだ。すぐ近くを走る国道などと比べても、車も通らず事故や渋滞の影響を受けることもなく、スムーズに移動できそうだと分かった。

一方で、やはり川は目と鼻の先。津波がさかのぼり、表情を一変させた川の濁流に巻き込まれるリスクが極めて高くなることも再確認していた。

全員が高台まで登ってくると、上田先生が「疲れた」と座り込む横で、生徒たちはさまざまな“気づき”に興奮しているようだった。

中でも祐直は、口数が少なめだと思っていた最初のころの姿はどこへいったのやら。どこか誇らしげな表情で同級生たちと意見を交わしていた。

地元で調査の祐直 家族にも伝えたいという

生徒たちは、事前の分析を念頭に置きつつも、手や足、目や耳、それに心をフル活用して、現場で感じる気づきを探っていた。

これは私たち記者がいつもしている「取材」そのものではないのか。いや、生徒たちは、私がとかくとらわれがちな目先のデータや先入観に縛られずに、素直に現場の情報を受け止めている。しかも、みんな、あるときは幼い弟や妹の目線で、あるときは隣近所のおじいちゃんおばあちゃんの目線で、当事者の1人として考えながら調査していた。

彼らは立派な取材者だった。

気づき⑥:データと仮説があるから現場で気づける


伝えるということ

同じく地元で調査した海音かいと は、つかの間の休みに日向市の実家に帰省して、家族で話してみることにした。

両親から「津波から逃げなければならないよ」と教わってはいたが、全員で話し合うのは初めてだ。

リビングのソファーに家族5人が集まったところで、授業で学んだ「ひなたGIS」の画面を見せながら、海音が両親に問いかけた。

「この家、津波の危険性があると思うけど、なんでここに住んでいるの?」

海音の家は、授業でも話したように目の前に川があり、広い範囲で浸水が見込まれる地区にある。場所によっては5m近くの高さまで水が来る。しかも、家を建てたのは東日本大震災があった2011年だった。

父:昭広さん
先祖代々に伝わる土地があったから離れるという選択肢はなかったかな。東日本大震災で車とかも全部流されて、多くの犠牲者が出たわけだけど、この地域も同じような事が起こりえるなと思って。だからこそ、対策はいろいろ考えているよ

その対策の1つが、自宅からの避難場所を決めていること。家から数百m離れた場所には、高台に上にお寺がある。

陸上部の海音にとっては、トレーニングのためにお寺への階段を何度も駆け上がった場所であり、妹たちにとっても馴染みの場所だ。両親からは、津波が来る恐れがあれば、このお寺に避難するように繰り返し言われてきた。

さらに、母親の由美子さんは、大きなバッグを3つ取り出してきた。防災グッズだった。水の入ったペットボトル、備蓄用の食料、トイレ用品に、防寒用のアルミシートなど。自宅にさまざまなものが用意されていたことに、海音は驚いた様子だった。

「こんなにたくさん準備しているのは知らなかった…」

母:由美子さん
「これはあまり話したことなかったかもね。家族みんなで助かるためにいろいろ考えているのよ。でも、この前の地震の時に確認したら食料の賞味期限が切れていて、慌てて買い直してもいて。反省して、冷蔵庫に備蓄品の賞味期限書いたメモを貼っているから、みんなで注意しておきたいかな」

笑顔で話し込んでいた海音だったが、そういえばと、調査での気づいた不安についての話を切り出した。

「でも、家族が一緒にいるときに災害が起きるとは限らないよね。みんなバラバラの時に起きたらどうしようか?」

一人ひとりがどこにいるかは、当然その時々で異なる。いざという時にパニックで避難場所が分からなくなってしまうかもしれない。道路が液状化していたら、ブロック塀が倒れて道が通れなかったら…。自分ひとりの時と比べ、小学生と中学生の妹たちの移動できる範囲はもっと短い。かいとが自らの“取材”から考えついた問いだった。

これには両親も「うーん」と首をひねる。

母:由美子さん
「この間娘たちと一緒に買い物に行った時に、今だったらどこに逃げるべきかなって話したんだよね。ここからだったら、高い場所はどこかなっていうのをね。そんな感じで考えておくのが大事じゃないかなって」

深くうなずく海音。半年間の授業で積み重ねてきた気づきを家族にぶつけた海音は、どこか誇らしげな表情をしていた。

「授業で学んで、家族が本当に逃げられるのかなっていう心配もしていたので、こういう話ができて、両親がちゃんと考えてくれているのだなと、ちょっと見直したっていうか…。今後は、妹たちに実際に避難を体験してもらうとか、そういう訓練を家族ぐるみでやってみたいと思った。1人1人が考えて、話し合いながら進めていきたいな」

インタビューをする私は、感慨深い気持ちになっていた。これが「伝わった」ということなのかもしれない。

私たち記者は、ニュースを放送することで「マス」な人たちに発信している。この情報を伝えたい、この人の思いを広く届けたい、と。

ただ、それが届いているのか、伝わっているのか。「おじゃる丸」とか「忍たま乱太郎」くらいしかNHKとの接点を思いつかなかった生徒たちの世代にはまだまだ届いていないように感じる。

ところが、目の前にいる海音はどうだろうか。

きっかけは、授業だったかもしれないが、今や自分から災害のリスクに向き合い、「家族を守るためにはどうしたらよいか」と真剣に考えている。

一緒に活動したのは“たった”9人の生徒たち。だが、そんな生徒たち一人ひとりが、家族と話し合ったらどうだろう。そして今度は家族一人ひとりが隣近所や友人たちと話し合ったとしたら。もし地域の子どもたちと大人たちが話し合うのが普通になったら…

その連鎖が本当の防災のカタチなのかもしれない。虫が良すぎるかもしれないが、私はそんな希望を胸に、この半年間の生徒たちの記録を30分の番組にまとめた。

気づき⑦:大切な人と共有して行動が変わる


「自分ゴト」のその先に

授業から半年が経ったことし9月。

祐直ゆうな海音かいとを含む4人の生徒たちは、香川県で開かれたある催しに、オンラインで参加していた。

「日本地理学会」の秋季学術大会。その高校生を対象にしたポスターセッションに、生徒たちは半年間の授業の内容をまとめたものを出展していたのだ。その表題はこうだった。

「地図×データで命を守る~宮崎県内の津波被害者ゼロに向けたGISによる分析と現地調査~」

ポスターには、半年間にわたる分析と調査の取り組みが事細かに記されていた。地元で起こる災害をどうやって「自分ゴト」にしていったのか。同じ市町村内の隣り合う地区でも、いかに課題が違うのか。わずか5分間の発表時間ではあったが、生徒たちは堂々とした姿で、その説明は大人顔負けであった。

プレゼンする海音

そして審査の結果が生徒たちに伝えられた。


「日本地理学会会長賞 宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校」


全国最優秀賞にあたる最高の成績だった。

受賞後、祐直と海音は感想を次のように話してくれた。

祐直
「自分たちが半年かけて取り組んできたことが沢山の方々に認められて、すごく達成感があります。自分たちが考える避難は本当に正しいのかなどを常に考えつつ、それを家族や周りの人と共有することの大切さを知りました」

海音
「ことし9月に起こった台風14号の影響で僕達の住む地域周辺が、土砂崩れなど大きな被害を受けました。今までは津波に関しての防災でしたが、これからは山間部の土砂災害についても今までのメンバーで取り組んでいきたいです」

先生に言われるがままでも、行政が考えたことをなぞるだけでもない。地元の災害時のリスクを見つめ直し、自分にとっての正しい避難を考える。

本来は当たり前のことかもしれないが、なかなか考えられている人は少ないように思う。

かつての私もそうだった。

でも、半年前まで「災害に関心が持てなかった」と言っていた生徒たちが、今や他の地域の災害リスクも調べたいと言ってくれている。

最後に、私に向けたこんなメッセージも寄せてくれた。

「僕達の活動と真摯に向き合ってくれて本当にありがとうございます。地元に帰ったときなどにテレビ出てたよねってよく言われます。多くの人に活動を知ってもらえてるんだ!と感動しました。これから活動を続けていくなかで、またコラボできたら嬉しいなと思っています。佐藤さんも仕事が大変だと思いますが頑張ってください!」

これは、私も負けていられない。

生徒たちのように、災害を「自分ゴト」にできる人を1人でも増やすために、自分のできることは何か。

「かける先生」も頑張ります。

気づき⑧:「自分ゴト」として考えることが大事な1歩


18の瞳

これが記者の私が「かける先生」として歩んだ記録です。

記者として仕事をする中では見えていなかった「伝える」ためのヒント。生徒たちが気づかせてくれました。

8つの気づき(まとめ)

①:相手は私に“興味はない”が出発点
②:自分と人の「当たり前」は違う、前提を共有するのが大事
③:「正しい」ことを言う前に、まずは相手が何を語りたいかを知る
④:まず大切な人や場所を思い浮かべてみる。データはそれから。
⑤:複雑な状況を想定するには、想像力と議論が大切
⑥:データと仮説があるから現場で気づける
⑦:大切な人と共有して行動が変わる
⑧:「自分ゴト」として考えることが大事な1歩

このような授業の場を設けて下さった、五ヶ瀬中等教育学校と上田先生、協力してくれた宮崎大学の先生や学生、宮崎県や関係自治体、高校の関係者のみなさんがいなければ、私が”先生”をすることはできませんでした。

そして何より9人の生徒たちには感謝しかありません。

半年間をともに歩んだ18の瞳

えー、それでは先生から、みんなに最後にひと言。

ゆうな、自分ゴトとして引きつけて考える姿勢、素晴らしかった。

かいと、ご家族との話し合い、これからも大切にね。

かなめ、後輩に優しく教えてる姿かっこいいお兄ちゃんでした。

みゆり、困った時はいつも頼りになる発言。先生も助かりました。

うわか、しっかり者の最年長。みんなを支えてくれてありがとう。

いつき、地理の知識は超高校級!毎回授業1番乗りさすがです。

はな、いつもお土産喜んでくれてありがとう、また会いましょう。

はると、防災興味持てたかな?最後まで頑張ってくれました。

あおい、いつも元気いっぱい、話しかけてくれてありがとう。

みんなと過ごした半年間は、私の人生のかけがえのない宝物です。

本当に、本当にありがとう。

心からの感謝をこめて。

「かける先生」こと佐藤翔 記者

福島県福島市出身。2015年に入局後、福井局へ。2018年に宮崎局に異動し、防災、スポーツ取材を主に担当。2021年9月に第一子となる長女が誕生。最近歩けるようになりました。そして2022年夏から地元、福島局で勤務中。

佐藤記者はこんな取材をしてきた

                         【編集:杉本宙矢】


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