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NHKのおしゃれ番長が 田中みな実にした どぎつい質問に恐怖を覚えた話

こんなインタビュー、僕にはできません・・・。

その5回目の“試写”に僕は呼ばれた。
試写は、編集途中のVTRを、複数人で見てチェックする工程だ。
主に担当ディレクター、デスク、プロデューサーで行うが、時に制作担当ではないディレクターに声がかかることがある。
これを「フレンドリー試写」(友情試写)という。なんだか温かいネーミングがつけられているが、だいたい編集室の空気はピリついている。でも放送前の番組が見られるのはちょっとだけ嬉しい。

いったい、どんな番組に仕上がっているのか・・・。
あの、田中みな実さんだ。おそらく、完璧に計算されている「セルフイメージ」があり、高いバリアが張り巡らされていて、そうそう驚くようなことは撮影できていないに違いない。このときはまだ、たかをくくっていた。

緊張感漂う中、始まった試写。

どあたまから、見たことのない映像が流れる。

糸ようじで、ゴシゴシゴシゴシ歯と歯の間を掃除する田中みな実さん。
100歩譲って歯磨きならよい。でも歯と歯の間は、見てはいけないものをみた気がしてくる。
さらに、スッピンでの長時間独白タイム。本当のスッピンなのかスッピン風なのか自分には判別がつかないし、その難問を解く気もないのだが、これも本当に見ていいのだろうかという気がしてくる。

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しかしカメラが焦点を当てていたのは、外面ではない。
終始とらえていたのは、田中みな実さんの「揺れ」だった。

求められることと、やりたいこととのギャップ。
明日には忘れられているかもしれない「芸能界」という世界。
決して人ごとではない。
結果が出せないとき、アウトプットできないときに感じる「求められていない」というむなしさは、痛いほど共感する。

会社員であれば、たとえ求められない時がきても、何者かでいられる。だけど、個人の名前で生きるというのは、ゼロを意味する。
会社員をやめて飛び込んだからこそわかる厳しい世界で、田中みな実さんは、もがく。
この世界で生きるために、視聴者から、制作者から求められるイメージを苦しいくらい必死に演じる。

そんな中、ディレクターが、田中みな実さんに追い打ちをかける質問をぶつける。

「田中さんは、テレビに出ている田中みな実のことを、好きですか?」


グサ。

グサグサ。

グサグサグサ。

ありですか、こんな質問? 僕はできません…。

この質問をした人物こそ、フリーランスとしてプロフェッショナルを作り続ける平山菜々子ディレクターだ。

プロフェッショナル班のおしゃれ番長

「おしゃれ番長」の異名を持つ平山Dは、いつもびっくりするくらいヴィヴィッドな服装でNHKを訪れる。どこでこんな服が買えるんだという古着を着こなし、スンッとデスクに向かっている。そのオーラが原因だろう、誰も話しかけない。

だが、勇気を出して話しかけると、関西弁を交えた軽快なトークが炸裂する。

話題の幅は、映画から美術、文学、哲学、バチェロレッテまでとにかく幅広い。

その知識と教養を生かし、あらゆるプロフェッショナルを取材してきた。医師、料理人、大企業の経営者まで何でもありだ。普通なら取材NGな現場も、必ず突破する。そして不思議なことに、平山Dが話すと、超一流の猛者達がほろりと本音を漏らす。
中でも、僕が大好きな番組が、女性誌VERY編集長・今尾朝子さんの回だ。ここでは内容は語らないので、是非、NHKオンデマンドで見てほしい。

情に熱く、西に企画に困ったディレクターがいれば情報を提供し、東に仕事に困ったテレビマンがいれば、職探しまで協力する。
一方、上に対しては、とにかく闘う。プロデューサーの指示に納得できなければ、眉を「ハの字」にして抵抗する。
僕は見たことはないが、編集室では、初めて雪山から降りてくるときのスキー板ぐらい、「ハの字」になるという。

平山さん2

そんな平山Dが田中みな実さんに投げた質問、「田中さんは、テレビに出てる田中みな実の事を、好きですか?」。

このインタビューの数日前、平山Dは、田中さんに初めて手紙を書いたという。
それは、田中みな実さんへの熱い思いを伝えるものでも、番組作りへのほとばしる情熱を伝えるものでもなかった。

「世に出ている自分の姿を、どう見ているのか、知りたい。」

直球をぶつけた。

最初から、なれ合いを避けたかったという平山D。取材は、常に一定の距離感を保つことを意識していた。同様に、田中みな実さんからも、常に自分は監視されていると感じていた。
まるで、剣士と剣士が、対じしたまま一歩も動かない、決闘の場面だ。

手紙を出した3日後、田中みな実さんから返事が返ってきた。

「ちゃんとしたものを提供できなくて不甲斐ない。撮りたいものを撮りに来て欲しい。」

そして夜中24時、田中みな実さんの自宅でインタビューが始まった。

もうそこは、巌流島だった。

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試写に行く前は、もうちょっと柔らかいというか、ポップというか、そんな番組のイメージだった。
田中みな実さんの最新エクササイズや美容テクニックが紹介されると思っていた。メイク室に映り込む、どっさり剥いた大量のりんごにも触れて欲しかったなあ。人ってあんなにりんごを食べるのかと気になってしょうがなかった。

だが、甘えやゆとりは一切ない、バチバチの剣士同士のストイックな45分間だった。
闘いの螺旋の中に身を置く、一人の女性の姿があった。

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あざとくない名プレー

まるで剣士のような田中みな実さんの、ある番組のワンシーンが、記憶から蘇ってきた。

それは、田中みな実さんが、山里亮太さん、弘中綾香アナウンサーと共に、あざとい男女について語るトーク番組、「あざとくて何が悪いの?」での一幕。番組開始から30分が過ぎた頃のスタジオでおきた。

田中みな実さんが食事会中のあざとい女性を演じる。山里さんもこれに合わせ、男性役を演じる。二人はソファーから立ち上がり、向かい合ったまま掛け合いが始まった。
ここで不幸なことに、山里さんの立ち位置が、カメラに背を向けた形になってしまった。

出演者がカメラに背を向けてしまう状況はよくない。

この状況をどうするのか。僕は、固唾を飲んで見ていた。

その瞬間だった。

半歩前へ、田中みな実さんが動く。

そして、山里さんの右手をとり、体を回転させる方向に手を引く。さらにその右手を自分の頬に持って行き、当てる。

カメラに背を向けた状態から田中みな実さんに手を引かれ、山里さんは、流れるようにくるり180°回転。カメラ正面を向いた。

そして最後は、山里さんのアップ。
「収録を止めて下さい!理性が保てんのですわ!」の一発。

爆笑、おこる。

震えた。

最悪の状況から一転、最高の状態へ。その間、わずか6秒。

山里さんと田中みな実さん、スタジオの二人の心の声が聞こえた(気がする)。

田中さん「大丈夫、山里さん、なんとかします。」

山里さん「ごめん、きっかけください。」

田中さん「これでどうかな?」

山里さん「ありがとう、みな実さん、決めてきます!」

(*テレビ朝日さん、出演者の皆さん、本当に全くの妄想です。許して下さい!)

スラムダンクの、あの名シーンを思い出した。
湘北VS山王。ゴリこと、キャプテンの赤木剛憲が、味方を生かすプレーに出る。
ミッチーこと、三井寿にシュートを打たせるために、ディフェンスに体をぶつけ、フリーの状態を作る。そして三井寿のスリーポイントシュートが決まる。
チームってこういうことなんだと教えてもらった、あのシーンだ。

テクニックがすごいということだけではない、自分が目立とうということでもない。もしかしたら、チームプレーに生きがいを感じる人なのではないかとも思った瞬間だった。

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沼にハマってさあ大変

田中みな実さんと平山Dが、プロフェッショナルの取材で向き合った数か月間。最後に見えてきたのは、とにかく「正直」な田中みな実さんの姿だった。
正直さに妥協がなかった。

何が正しくて何が間違いがわからないほど情報が溢れる時代だからこそ、正直であることは貴重で、だからこそ支持を集めるのだろう。
そういえば2020年の年始にやっていた前澤友作さんへのインタビューも、とにかく正直だった。ビッグネームに怯むことのない姿は、インタビュアーとして、敬意を抱いた。

でも、正直に生きることは大変だ。
求められる役割もあるし、演じなきゃいけないこともある。正直は人も傷つけるし、人に嫌われもする。

取材中、田中みな実さんは突然、「4日連続くらいでおうちに帰って泣いてるの、私」と言い出す。

やはり、正直は甘くない。

平山Dも同じく、正直で自分を曲げられない人だ。そんな自分を客観的に見ては、自己嫌悪に陥ってしまう。
一緒に悩み、一緒に揺れた密着期間、平山Dは一人酒をあおりすぎて危ない状態だったらしい。
沼な状態の女性に、沼なディレクターがくっつき、危険水域に達していた。

気づけば、見ている僕も、田中みな実さんと平山Dの二人と一緒に、深い沼に降りていた。

でも、沼なんだけど、沈んで沈んで沈みきったら、そこには驚くほど澄み切ったグランブルーが見えてきた。

田中みな実さんの再放送が決定したので2人の戦いを是非みてほしい。
2020年 12月30日(水) 午前10時05分~ NHK総合

見逃しても放送から1週間、スマホやPCから「NHK+」で番組をご覧いただけます。こちらをクリックしてください↓

今日も平山Dは、驚くくらいヴィヴィッドな服装でNHKを訪れるだろう。
この番組を見て、ますます話しかけづらくなった班員も続出しているが、彼女はおかまいなしだ。
スンっとデスクに座り、また新たなプロフェッショナルを探している。

あー、僕もこんな切れ味の質問ができるようになりたいなぁ。
勇気を出して、おしゃれ番長に話しかけてみよっかなぁ。


平山さん5

制作者:平山菜々子ディレクター
組織に属さず、番組を渡り歩くさすらいのフリーディレクター。群れを嫌い、権威を嫌い、束縛を嫌い、取材相手との真っ向勝負のみを求める。「ウイルス学者・高田礼人」「女性誌編集長・今尾朝子」「パン職人・竹内久典」「経営者・松本晃」「クラブ経営者・白坂亜紀」「経営者・小巻亜矢」「美容家・神崎恵」などこれまでに作ってきた番組が示すように彼女の前ではプロフェッショナルたちが裸の心を見せる。なお、彼女のデビュー作が情熱大陸「新垣結衣」であることを知る人は少ない。口癖は「私、失敗しないので」(のはず)。

奥 画像

執筆者:奥翔太郎ディレクター
2010年入局。初任地は福岡。東京に異動後、サキどり班を経て、プロフェッショナル班へ。「生花店主・東信」「歌舞伎俳優・市川海老蔵」「納棺師・木村光希」などを制作。2020年8月に「石川佳純スペシャル」を放送(2021年1月に再放送予定)。「番組のナレーションを書くよりもnote記事を書いているほうが生き生きしているね」と荒川Pからイジられている。

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