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後輩が制作した本木雅弘の密着番組に  ジェラシーを覚えたディレクターの話


面白すぎては、困るのだ

後輩が作った「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見るときは、独特の緊張感がある。
同じ制作チームとして、「プロフェッショナル」が面白いのはうれしい。友人や家族から「面白いよね」と言われるのは、とてもうれしい。

だが、後輩が制作した「プロフェッショナル」は、面白すぎては困るのだ。

今週も面白かったらいいな、でも面白すぎたら困るなという二つの思いが交錯しつつ、テレビに向かう。そしてそんなことを考えてしまう自分の器の小ささに、嫌けがさす。
ああ、こんなことなら「情熱大陸」を見よう、そんな気がしてくる。

ジャニーズルールを導入する 東森勇二という男

1つ下の後輩ディレクター、東森が制作したとなると、さらにややこしい。
NHKは吉本芸人のように同期か先輩か後輩かを気にする。
何年入局かが全てで、年が上だろうと先に入った人に必ず敬語を使う。
うっかり後輩だと思っていてタメ口を聞いていたら先輩だったこともある。
30も過ぎて、年の1つや2つどうでもいいじゃないかと思うが、皆、このルールに従う。

東森は僕の1つ下の入局だから後輩なのだが、「プロフェッショナル」の制作歴は僕より長いという、ねじれた関係だ。そして、「体操選手・内村航平」や「脚本家・坂元裕二」などを制作してきた、なかなかのやり手である。

先日、東森が、家では僕のことを、君づけで呼んでいることが発覚した。そのことを問うと、一瞬焦った表情をしたものの、「いやぁ、ジャニーズルールっす」と、軽くかわした。そういう男なのだ。

note本木雅弘①編集室

その東森が制作したのが、2020年3月に放送された、本木雅弘さんのプロフェッショナルだった。
大河ドラマ「麒麟がくる」にて斎藤道三を“怪演”する6ヶ月に密着した。

僕は映画「おくりびと」の大ファンだ。当時まだ大学生だったが、衝撃を覚えた。死者を送るという職業の存在はもちろんだが、この仕事を受け入れていくまでの本木さんの心理描写、そして所作の美しさに感銘を受けた。
その興味は尽きず、NHKに入局し、「プロフェッショナル」の担当になり、「納棺師」のドキュメンタリーを制作した。亡き人を悼み、棺に納めて送る、リアルな現場に密着した。
だが僕の内なる思いは見事に砕かれ、本木さんの担当は東森になった。サラリーマンには打順という逃れられない宿命がある。僕がダダをこねても、プロデューサーも困るだろう。黙って隣で制作の過程を見守り、完成した番組をみるしかない。

しかし、本木雅弘さんは、日本トップの俳優だ。ようするに、日本トップレベルに演技がうまいのである。芝居がめちゃくちゃうまいのだ。そうだ、素顔を撮るドキュメンタリーがうまくいくはずがないのだ。東森はきっと、それに気がついていないのである。

ピーッ! ドキュメンタリーのファールライン

「プロフェッショナル 本木雅弘スペシャル」は、僕の予想を大きく裏切った。序盤からとんでもない仕掛けが隠されていた。

番組冒頭、本木さんが、「あとで、部屋に入ってくる体で撮り直しませんか」と、ディレクターの東森に対し提案する様子が映る。「ぶつくさ言いながら部屋に入り、台本を読み始める」という細かい設定まで打ち合わせる。
通常、あってはならない、「ドキュメンタリーの打ち合わせ」が、画面に映し出される。
そして、その打ち合わせ通り、明確にセリフを決め、本木さんが部屋に入ってきた。さらに、自身がイメージキャラクターを務めるお茶が、不自然なほどに近くに置いてある様子がありありと映った。

WMnote本木雅弘②

僕はいつも、ドキュメンタリーを見るときに「笛」を持っている。制作者側の過剰な演出がないか、また、出演者側の過剰な「自己演出」がないか、常にファールに目を光らせる。

だが今回は、こちらが笛を吹く前に、くさびを打たれてしまった。「最初に言っときますが、これファールじゃないですよ」と。

スラムダンクで説明しよう。陵南の魚住が4ファールになり、あと一つで退場になる状況の中で、湘北の赤城に対し、体をぶつけ果敢に攻めにいったあのプレーを思い出して欲しい。
魚住は、あえてファールギリギリの行為をすることで、審判が笛を吹くファールラインを明確にした。ここまでならファールにならないと線を引くことで、後々のプレーを萎縮せずに行えるようにしたのだ。

出演者との「悪魔の取り決め」と、「お茶の仕込み」をあえて映し出すことによって、ドキュメンタリーのファールラインが一気に広げられた。今回は、「多少そんなこともありますよ」と宣言されたのだ。

すると、不思議なことがおこる。人間というのは、天邪鬼なもので、「自己演出があるよ」と言われると、いやいや、本当のところはリアルなんじゃないかと疑りたくなるのだ。
密着から3週間。ホテルの一室で、ふいに自分の弱さやコンプレックスを吐露する本木さんの姿はリアルにしか見えない。
54歳のトップ俳優の知られざる悩みに、見入ってしまうのである。

本木さん、ちょっと待てぃ!

リアルかフェイクかかき乱されることによって、さらに不思議なことがおこる。

撮影の途中、本木さんは、休暇でロンドンを訪れる。
そして、市内にある音楽スタジオに立ち寄る。最初は、楽器に触れるくらいだった。だが突如として、本木さんは立ち上がり、裸足になり、民族ダンスを踊り出すのだ。
太鼓のビートに合わせ、がむしゃらに民族ダンスを踊る。汗ぐっしょり、髪を振り乱して踊りまくる。

WMnote本木雅弘③

いやいやいや、待ってくれ。踊らんよ。普通は踊らん。
さっきまでロンドンの自宅でデトックススープを静かに作ってたじゃないか。
「ウルルン滞在記」の最終日じゃないのよ。絶対に踊らん。冷静に考えればわかる、踊らない。
落ち着いてくれ。踊るとこではない。
千鳥の相席食堂なら、確実に「ちょっと待てぃボタン」が発動するところだ。
だが、序盤の「魚住」によってファールラインを広げられてしまった僕はいつしか、「まあロンドンだし、踊るよね」となっていた。
「魚住」がこうも効いてくるのか・・・。

無謀すぎる東森のカメラ選び

カメラ選びも大胆だった。「プロフェッショナル 本木雅弘スペシャル」は、全編、EOS5D MarkIVで撮影されている。(レンズは24-105mmと16-35mmの2本)
鮮やかな色彩、そして背景がぼけ、被写体がくっきりと映し出される、独特の美しさがある。

まだNHKがフリーアドレスじゃなかった頃、東森は僕の席の隣だった。そして「本木さんの番組をEOS5Dでやろうと思うがどうか」と相談された。先輩というものは、大きく構えていなければいけない。弱気な姿を見せてはならない。僕は、「いいじゃん、チャレンジっしょ!」と余裕の表情で東森に答えた。でも内心は、「無謀だ。」と思った。

このカメラは、そもそも写真を撮るための一眼レフカメラだ。雑誌撮影の現場でも多くのプロカメラマンが好んで使っている。最近では、CMや映画などの動画撮影にも使われることも珍しくなくなったが、多くの場合、動きが決まっている撮影だ。ピント合わせが繊細なのだ。

ピントも難しければ、ズームもほとんどできない。なめらかにズームができるようになっていないし、そんなに遠くを撮るように考えられていない。

だからNHKでは、PDW-850というテレビ用のでっかいカメラを使う。ズームもピントも、滑らかにいく。
レンズは32-600mmを基本とし、1本で、近距離から遠距離まで対応できる。取材先に近づくことも、時に離れたところからも撮れる、万能カメラ&レンズだ。

ドキュメンタリーでは、時に取材先との関係が悪化してしまうこともある。失敗の許されない仕事の現場に日々つめかけ、時に相手にとって痛い質問をすることもある。こちらが、距離感を間違えてしまうこともある。関係が崩れ、撮影が止まってしまうことも、珍しくはない。だからいつでも攻められて、いつでも逃げられるカメラを準備している。
もちろん一眼レフ用のどでかい望遠レンズもある。だがそれは福山雅治氏がマダガスカルに珍しい猿を撮りに行くときのレンズだ。「ホットスポット 最後の楽園」用だ。(*もちろん色々使えます)

東森には、自信があったのであろう。本木さんと最後まで離れずに心中する。もしくは、ダメなときはダメだという覚悟があったのかもしれない。いや、本木さんの懐の深さを、初めから信じきっていたのかもしれない。

“乙女おじさん”の攻略法

大河ドラマの現場も新鮮だった。ドキュメンタリー制作の部署にいる僕にとっては、同じNHKでも別世界だ。たまに食堂で侍の格好をした人が定食を食べているのを見ると、「あー大河の撮影しているんだろうな」と思うくらいだった。

本木さんが演じるのは、齋藤道三。主人公・明智光秀の主君で、マムシの異名を持つ。狡猾で金銭への執着が凄まじい、アクの強い役だ。
本木さんはこの役を通して、「はみ出したい」と何度も言う。自分とは正反対の悪役を演じることで、まだ見ぬ自分を見つけようと、もがく。あそこまで演技をきわめてもなお、まだ探求すべきことがあったのかと驚く。

WMnote本木雅弘④

ドラマの休憩ルームにもカメラが入る。撮影の待ち時間に、ちょっとくたびれた長谷川博己さんが、着物姿でちょこんとソファーに座り、本木さんの話を聞いている。明智光秀、ややお疲れでござるか・・・。
豪華俳優陣の着物リラックスシーンは、強い。えっ、こんな現実まで知っていいのかと、大河ファンにとっては、見るべきか迷うところだ。

一つ疑問が残る。なんでそんなに、大河の撮影現場にゴリゴリ入れたのか。同じNHKといえど、入り込むのはそうとう難しいはずだ。率直に東森に聞いた。

すると東森は、「なんか、本木さん側の人だと思われてたっぽいんすよねー」と答えた。

なんじゃそりゃ。そんなことあるかいな。

回答にも、参考にもまるでならない。
でも確かに東森はシュッとしていて、黒いTシャツがよく似合う。「芸能事務所で、ドライバーやってます」といっても、信じてしまうかもしれない。NHK感がなくてよかったなぁ。
そういえば東森は、カツオ漁師のプロフェッショナルを制作したときも、さりげなく漁船の乗組員になっていた。どんな現場にもスッと入り込む、稀有な才能があるのだろう。緊張感漂う大河ドラマの現場でも、見たことのない本木さんのキュートな表情を引き出していた。

それにしても、大河ドラマの監督は大変だ。本木さんの様な芝居を極めた猛者たちが真剣勝負を繰り広げる。本木さんは、メイクの入り時間を他の役者よりも30分早くして、眉の太さまでミリ単位でこだわる。そんな細かすぎる自分を「乙女おじさん」と自虐する。
そしてカメラ位置を頭に入れた上で、自分の動きを完璧に操る。業界では「本木コンピューター」と称されるほど緻密なのだ。

カメラワークに納得できなければ、直談判。そろりそろりと監督に近づき、「乙女おじさん」よろしく、猫なで声で、こっちの方がいいんじゃない?と、提案する。

こんな風に言われたらたまらない。僕なら、「そうですね、賛成です。」とすぐ言ってしまう。

でもそれではダメなのだろう。芝居を極めた役者の方々に、「これはこうだから、こっちから撮った方が良いんです、こういうお芝居なんです」と言っていかなければならない。

こりゃドラマ部は大変だ。
ドラマの世界に進んだ同期に、心の中で小さなエールを送った。

ふと気づく、自分の中の本木雅弘

本木さんを語る方々も豪華すぎた。滝田洋二郎監督、周防正行監督、藤井フミヤさん、香川照之さん。皆、言いたい放題本木さんを語る。

香川さんは、オーラムンムン。話し出す前から、面白いことを言う気配を醸し出している。正直もっと聞きたかった。香川さんが語る本木さんエピソードは、もっとあったに違いない。
でもあと1分もしたら、香川さんが大和田常務にしか見えなくなるかもしれない。倍返しされそうになる。ん、恩返しか。インタビュー中に土下座が始まるんじゃないかと、ドキドキしてくる。

中でも、一番の言いたい放題は、妻の内田也哉子さんだ。
「異星人」、「機織りの鶴」など、本木さんを表現するパワーワードがガンガンでてくる。夫のことを、ここまで言っていいんですかというくらい、ぶっちゃける。

多くの方々が語る、本木雅弘さんは「変」の一言だ。
自身も「変」を自覚し、悩み、受け入れ、また悩んでいる。

WMnote本木雅弘⑤

だが、見終わったあと、「変」な本木さんと、自分は非常に似ていると思わされる。
全く違う世界に住む人だが、自分の中にもどこかに「本木雅弘」がいるのではないか、とさえ思ってくる。
そして、なんだかそれが、無性にうれしいのだ。

番組の最後も、本木さんはとんでもないことをしでかす。
やっぱり変だ。最後まで変なのだ。

でもどこか、似ている。

さらに、この「プロフェッショナル 本木雅弘スペシャル」は、未公開版まで放送された。
通常45分の番組が、拡大版73分で放送されたにもかかわらず、まださらにおいしいところが残されていたのか・・・。この撮れ高にはジェラスを感じざるを得ない。


ここは一首、詠むしかない。


         本木さん   フルに番組 出し尽くし
                 なほあまりある 素材なりけり

うーん、やはり東森の腕じゃないな。

ぜんぶ本木さんの人徳だ。

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東森画像本木雅弘スペシャル制作者 東森勇二ディレクター
2011年入局。初任の高知局時代にプロフェッショナル「カツオ漁師・明神学武」を制作。東京異動後、プロフェッショナル班に配属。「バイオリニスト・樫本大進」「脚本家・坂元裕二」を制作。2020年3月に「本木雅弘スペシャル」を放送。



奥 画像

執筆者:奥翔太郎ディレクター(東森Dの1年先輩)
2010年入局。初任地は福岡。東京に異動後、サキどり班を経て、プロフェッショナル班へ。「生花店主・東信」「歌舞伎俳優・市川海老蔵」「納棺師・木村光希」などを制作。2020年8月に「石川佳純スペシャル」を放送。(2021年1月に再放送予定)


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