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自分がやりたいことが半分、お客さんのやりたいことが半分で場が作られるー大野のどかさん(もっきんバー店主)

西八王子駅は、東京・新宿駅からJR中央線で西に40分程のところにある。高尾や奥多摩の山が見え、いちょう並木が名物だ。この駅から徒歩6分ほどの住宅街の中で「人とつながる、地域とつながる、世界とつながる、みんなの場(bar )」をコンセプトに「もっきんバー」を営む大野のどかさんにお話をうかがった。

DEAR News197号(2020年6月/定価500円)の「ひと」コーナー掲載記事です。DEAR会員には掲載誌を1部無料でお届けしています。

「コミュニティバー」として

もっきんバーは週2~3回、夜だけ開く店だ。店名に「バー」とある通り、お酒が飲める(飲まなくてもいい)。いわゆる「バーテンダー」はおらず、店主手づくりのお料理を楽しめる。15席のほど良く小さな店内では、店主や他のお客さんとの距離が近く、自然に会話が始まる(話さなくてもいい)。店では時折、ライブや読書会などのイベントが開かれる。大野さんは「コミュニティバー」と表現するこの店を2015年に開いた。いわゆるコミュニティカフェ*1の夜版だ。

*1 コミュニティカフェ:人と人とを結ぶ地域社会の場や居場所の総称。その運営はNPO法人や任意団体、個人が主体となっており、空き家・空き店舗・自宅などを利用して開設され、毎日開催から週1のまでさまざまなカフェがある。(参考:長寿社会文化協会)

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(もっきんバー外観 撮影:タケダアヤコ)

「自分がお酒好きということもありますが、飲むだけでなく、人とのつながりができたり、新しい世界との出会いが生まれるといいなと思ってやっています。出すお酒や食べ物も、人のつながりや地域のものを大事にしています。大量生産・大量消費ではなく、お金ではないつながりで成り立っているお店です」

開店当初は「バーだから、お酒を飲む人向けにしなくては」とメニューを考えたそうだが、意外にもお酒目的でないお客さんも多く、ノンアルコール・メニューが増えて行った。「人と会いたい」、「イベント/場所に興味を持って」など、来店の動機は様々だ。通りすがりにたまたま、というご近所さんも稀にいる。

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(アジア学院の友人が来日。お金をシェアするライフスタイルの実践について語ってくれた)

実はDEARの入門講座タスクチームのメンバーでもある大野さんは、「開発教育のイベントには、社会問題に関心を持つ積極的な人たちばかりが来ますが、店だとそうでない人たちとも会うことができる。それもバーにした理由のひとつです」と言う。

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地域の日本語教室活動にピンときて

大野さんはフィリピンに留学したり、ボランティア活動をしたりと多様な価値観に触れながら学生時代を過ごした。就職活動をせずに授業に出て日本語教育の勉強をし、 卒業後はアジア学院*2に長期ボランティアとして滞在した。コミュニティを大切にしながら有機農業に取り組むアジア学院での生活を通して、持続可能な社会づくりや食への意識が高まった。

*2 アジア学院:アジア、アフリカ、太平洋諸国の農村地域から、草の根の農村指導者を学生として招き、実践的な学びを行っている学校法人。栃木県那須塩原市にキャンパスや農場がある。1973年設立。
http://www.ari-edu.org/

その後、日本語教師の資格を生かして、2年間、中国の職業高校で日本語を教えた。日系の工場のワーカーとして日本語が必要とされない仕事に就職していく生徒を見て、社会のあり方に強い違和感を覚えた。 

帰国後、大学院で「地域日本語教育」に出会った。地域の人々が学びあう「教室活動」の方が、留学生に授業として日本語を教えるよりも自分には合っていると思った。そして、日本語教育の方向性を考える中で開発教育と出会った。当時YMCA職員だった大江浩さんが、授業の一環でDEARに連れて行ってくれたのだ。大野さんは、話を聞くうちに「これだ!」という感覚を持った。日本語教育も、学習活動も、「いろいろな人が関わって、学び合える場所をつくりたいんだ」と考えるようになった。

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(インドで活動中のアジア学院の仲間。帰国中にお話し会を開催した)

踏み出せばいいんだ

とはいえ、大学院卒業後は、「やはり一度は『定職』に就こう」と青少年団体に正職員として就職した。当時を振り返って、大野さんは「組織で働かないと生きていけないと思っていました。組織に所属して、自由時間に好きなことをやる方が安定的にやっていけるのかなと。自分がお店をやれるなんて自信はなかった」という。

仕事をしながら川崎市 主催のコミュニティビジネスのセミナーに参加したりDEARの活動や地域で「八王子市民のがっこう まなび・つなぐ広場」*3などにも参加する日々を送った。

そんな折、アジア太平洋資料センターが主催するPARC自由学校*4の「シェアするライフスタイル」講座に参加した大野さんは、多様な生き方を知り衝撃を受ける。そして展望なく退職した直後に参加した「生業(なりわい)」の講座は、受講生の何人もが、無職あるいは定職に就いておらず、講師や受講生との交流を通して、「無職でもやっていけるんだ。踏み出せばいいんだな」と思ってしまった。「組織に所属しなくても、意外と大丈夫だな」と。その後、大野さんは「八王子市民のがっこう」などでのつながりを活かしたコミュニティバーの構想を具体化していくことになる。 

*3八王子市民のがっこう まなび・つなぐ広場: 2011年3月11日の東日本震災および福島第一原発の事故をきっかけに始まった市民講座をきっかけに発足した市民による学習グループ。
http://www.gakkou.org/
*4 PARC自由学校:アジア太平洋資料センター(PARC)が主催する市民講座。「発想を変える、私たちが変わる、世界を変える」をコンセプトに年間を通して連続・単発の講座やスタディツアーを開催している。
https://www.parcfs.org/

「普通の大人」に来てほしい

飲食店で働いたことは無かったが、知人の紹介の店で経験を積むうちに、たまたま近隣でスペースを借りられることになり、3か月で開店。当初は一人で「がんばって店をつくろう!」と考えていたが、人と話す中で「やりたいこと」がより具体化し、人に助けられて実現していくことが多かったという。開店してからは一層「自分がやりたいことが半分で、お客さんのやりたいことが半分で場が作られる」と感じるそうだ。

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(舞台等で活躍するミュージシャン、アラン・パットンさん。近所のご縁で定期的にライブを開催)

大野さんが「カフェ」でなく「バー」にした理由のひとつは、「昼間は働いている大人」に来てほしいという思いからだ。「社会問題に無関心な大人が多いと感じていました。開発教育やボランティアに参加しない『普通の大人』も、お酒やお料理があれば対話ができるかもしれない」ということで、「ゆるやか政治ナイト(隔月)」 などのイベントを開催している。選挙の前だけでなく、日常的に政治について話し合う場が必要だと考えてのことだ。ほかにも、ゲストの話を聞いて対話する会や読書会や一人芝居、裁縫や音楽ライブなど、お客さんの持ち込みで多様な企画が行われてきた。

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(くぼいなみさんとコラボした憲法バー。現在は「ゆるやか政治ナイト」として様々なテーマで開催中)

「自分がやりたいことをベースにしつつ、お客さんの思いも引き出すファシリテータとなって、一緒に場をつくっていく感じです。一人ひとりが対等と思ってやっています。ここで出会った人同士がイベントを企画したり、人との関わり方が変わっていったりするのを見るのも嬉しいです」と大野さんは言う。

コロナ禍の中で

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