5分で読める小説 『ディスティニー』
『ディスティニー』
「はい、もしもし」
「あ、お忙しいところすみません。わたし、表参道のジュエリーショップからかけております、スミタと申します!」
「…はい」
「突然のお電話すみません。八王子にお住まいの27歳の女性、〇〇さんのお電話でお間違いないでしょうか?」
「…はい、そうですけど…」
新しい電気代契約の電話だと思って出たら、全く違う男性の声で戸惑った。
ジュエリーショップ…?
相手が個人情報を的確に詳しく知っていた為、何か事情があるのかとすぐに切れなかった。
「ありがとうございますぅ〜。
以前、ジュエリーが無料で当選するキャンペーンにご応募頂いた方の中からお電話かけさせてもらっているんですけど、キャンペーン覚えてないですよね…?」
「…そうですね…応募した記憶はないです…」
「そうですよねぇ…大分前のキャンペーンでしたので、お忘れになられて当然だと思います…記憶にも残らないキャンペーンで申し訳ありません。」
「いえいえ…」
応募…? したっけ?
全然覚えてない…
でも、洗剤が無料で当たるキャンペーンには応募して当たったことがあった。
もしかしたら応募したのかな…?
じゃないとこんなに名前も年齢も住んでいる場所も知っているわけがない。
「それでですね、今アンケート調査を行っておりまして、少しでいいのでご協力いただけたら嬉しいんですけどぉ…お時間よろしいですか…?」
「あぁ〜…はい…」
「あ、ありがとうございますぅ〜!」
こうやってジュエリーショップのスタッフとやらと私の闘いが始まった。
初めは「好きな芸能人は誰ですか?」という質問から始まった。
人気の芸能人を調査してCMで起用するときの参考にしたいとのことだった。
適当に有名な女優を答えると、次々に趣味や学生時代の部活など、ジュエリーと全く関係のない質問ばかりが続けられていく。
特に予定もない休日だったからか、暇つぶしがてらに答えていると、
「〇〇さん、もしかして東京出身の方じゃないでしょっ?」
と、いきなり馴れ馴れしい口調で相手の声色が更に明るくなった。
「あーはい。出身は違いますけど…」
「やっぱりぃ〜。
東京の人は冷たくてこんなに答えてくれないんですよぉ〜。
すぐうるせぇって言って電話切られたり、今まで散々だったんですよぉ〜。
それに、ミネラルウォーターみたいに透き通った声ですねぇ〜。
ボクの渇き切った砂漠の心が潤いますぅ〜。」
なんか……変に笑い取ろうとしてくる。
アンケート答えたんだからもう早く切りたい。
「あはは…」
「いや〜ほんと、ボク、彼女がもう2年半くらいいないから、久しぶりにこんな電話で癒されましたぁ〜!ホントですよぉ〜!」
「はは…そうなんですね…」
「〇〇さんはこんな突然のお電話にも丁寧に答えてくださる素敵な方だから、もちろん彼氏さんとかいらっしゃるんですよねぇ?」
「いや…いませんよ…」
「えぇー!そうなんですかぁ〜?
とても素敵な方だからいらっしゃるのかと思ってましたぁ!
ちなみにどの位いらっしゃらないのですかぁ〜?」
コェエエエエ。
めちゃくちゃコワイ。
なんやこいつ。
ここは飲み会か!
彼氏なんか27年おらんわ!
あとちょっとで心の声が漏れてしまいそうだ。
「私のことはもういいですよ…」
「そうですかぁ〜。
でも、とても柔らかい人柄が伝わってきますぅ〜。
スポンジみたいに柔らかいですねっ!」
なんやそれ。
スポンジて。
じゃあ今、スポンジと喋っとるんか?
「先程、東京出身じゃないって仰ってましたけど、ちなみにどこ出身ですかぁ〜?」
さっきから妙にフレンドリーだ。
なるほどな…これが悪徳商法ってやつか…
悔しい…この土足で心に踏み込んでくる話術…
もうこうなったら、出来るだけ長く電話して通話料金高くしてやるしかない…
「出身は長崎です。」
「えぇええ!!長崎ですかぁ!!?
ボクも長崎なんですよぉ??!!
偶然ですねぇ!!!」
はい、ウソーーー。
嘘すぎる。
そうやって親近感持たせて高額ローンでジュエリー買わせる気だ…
「ちなみに長崎のどこですかぁ〜?」
「市内です。」
「そうなんですねぇ!
ボク、波佐見高校出身なんですよぉ〜。
野球部で毎朝、朝練がきつかったんですよぉ〜」
え…まって……本当にその高校ある…
この人、本当に長崎の人かも…
奴の言葉に少しだけ信憑性を感じ、実家がある地名を言うと、「あ〜!□□大学の近くですかぁ〜」と地元民しか普通わからないことを知っていた。
悪徳商法の電話の相手が偶然にも同郷の人だったなんて、
嬉しくはないけど、すごい確率…。
「ボクたち、ディスティニーですねぇ〜!!」
……なんがディスティニーや!
もう愛想笑いもできん……キモすぎる…
「それで、表参道店にご来店いただいたお客様に特典でディズニーのミニアートをお配りしてるんですよぉ〜。
〇〇さん、ディズニーお好きですかぁ〜?」
「まぁ。そうですね。」
「ちなみにディズニーのキャラクターならどんなのが好きですかぁ〜?」
「…いや、いろいろ…プーさんとか…」
「あー!それはよかったぁ!プーさんに似たスタッフがうちの店にいますよぉ〜?!!」
……はぁ?
そろそろあんたのテンションに疲れてきた…
もう電話切ろうかな…
「ぜひ、お店に遊びに来て頂けたら嬉しいんですけど、〇〇さん、ジャニーズWESTの桐山くんって知ってますかぁ〜?」
「キリヤマ…? 知らないです…」
「そうですかぁ〜。ボク、桐山くんに似てるって言われるんですよぉ〜」
「…そうなんですね…」
「じゃあ、伊藤健太郎ってわかりますかぁ〜?」
「あー、はい。最近、ニュースで騒がれてますね」
「そうそう!その人にも似てるって言われるんですよぉ〜」
何が言いたいの…?
俺、格好いいから店に来たくなるだろってこと…?
やば!
わしゃもっと格好いい人知っとるわ!
そんな言葉で心揺らぐと思うな!
「あのぉ〜私、ジュエリーに興味なくて…」
「あ!全然!ジュエリー買わなくていいんですよぉ〜!
ただ気分転換に表参道に来て、ディズニーのアートを貰って帰ればいいじゃないですかぁ〜!」
「じゃあ、行きます行きます!
ではまた!」
「あ!来られるなら予約が必要なんですよぉ〜!
今、コロナ禍なので、多くのお客様がご来店されないように人数制限をしておりまして…
今予約しましたら、ボク、スミタがご来店時に担当致します〜」
スミタ…
はじめの自己紹介で聞いたとき懐かしい苗字だと思ったけど、もしかして…
スミタ君…?
スミタ…リュウヤ君…??!
まさかね…
小学生の時のあどけない同級生の顔が脳裏に浮かんだ。
「あの…もしかして…スミタ…リュウヤ君じゃないですよね…?」
「え??そうですけど…?!」
「え!私、同級生かもしれないです…!
□□小学校出身ですか…?」
「えぇーーー!!!同級生ですかぁ?!
ちょっと待ってください!!!
え、、もしかして…〇〇ちゃん??」
「そうだよ…めっちゃ懐かしい…
何年ぶりやろ…」
「えぇー!まってぇ!!うそやろ?!!
信じられん…!!
中学から別々やったから、ジュウ…ゴ年ぶりやな?!」
「すごいな〜
こんな電話で話せるなんて…
あのとき少年野球チームで頑張りよったけど、強豪校行ったとやね…すごいやん!」
「〇〇ちゃん今、なんしよっと?」
「わたし、まだ学生!もうすぐ卒業やけど、色々あって!」
「なんや〜!
え〜!ジュエリーとか関係なく、ゆっくり話したいなぁ〜!
今度会わん?」
「その前にそこ、本当にちゃんとしたお店?
スミタ君、デート商法とかしとらんよね…?」
「え???なに?しとらんよ…!」
「それならいいけど…
小学生のときが懐かしかね…
スミタ君…ドッヂボールめっちゃ得意やったけど、女の子には絶対にボールば強く当てんやったやん…
そういう優しい所、素敵やな〜って思っとったよ…」
「そうやったっけ…」
「うん…またいつか会えるといいね…
じゃあね…」
「ちょ…また電話してもいい?
俺もあの頃、〇〇ちゃんの笑顔が素敵やな〜って思ってたよ…」
「ううん、本当にディスティニーやったらまた会えるよ。ふふ」
「ディスティニーは失敗したなぁ〜。
忘れてぇ〜」
そう言って照れて笑った彼の声に、まだあの頃の純粋さが完全に失われず残っていたことが唯一の救いだった。
「電話はこれで終わりやけど、ありがとう。楽しかったよ…」
「こちらこそ…」
「元気でね…」
「〇〇ちゃんも…元気でね…」
大人になった彼が悪徳商法の怪しい店で働いてなんかいなかったら、こんな奇跡的な偶然にあの時の恋の歯車が動き出したりしていたのかな…
そんなわけないか…
15年の月日が流れても儚い恋の主役として彼が記憶の中に存在していたはずなのに、見ず知らずの女性の心を掴むのに“ディスティニー”はさすがにないよ、と笑みが溢れる。
電話を切った後に画面に表示された約1時間の通話時間が少しだけ心に喪失感を残して消えていった。
あのとき、中学が別々になるからって私の片想いを陰でバカにしてたの知ってるよ。
でも通話料金を高くする闘いには勝ったみたいね。
2021年3月26日
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