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5分で読める小説 『ふしぎな学習曲線』


『ふしぎな学習曲線』


妹から[自信がないや]とLINEが来た。

普段、妹は俺が仕事をしている時間帯にはLINEして来ない。

エイプリルフールだったから、また何か嘘が始まると思った。


お昼休みになってから返事を送る。


「どうしたの?]


数分もしない内にすぐLINEの通知音が鳴った。


[受験勉強]


どうやら、嘘をつく余裕は今年はないらしい。


[自信ね、わかる。俺も毎日自信ない]


[仕事?]


[うん]


そう打つと既読が付いたまま妹からの返信は途絶えた。


兄として何か励ましたかったが、本当に危機の時にはいつも電話をかけてくる。


俺が実家を離れて仕事をするようになっても、こうして時々LINEをくれるのだから生意気な中3のようでまだまだ可愛い妹だ。


まぁ大丈夫だろうと思って特に気にしなかった。


「学習曲線って知ってますか…?」

仕事終わりに無性にフライドポテトが食べたくなって、ついつい寄ったハンバーガーショップで晩飯を食べていると不意に耳に入ってきた。

隣に座っているスーツを着た若い男性が電話している声だ。


ーー 学習曲線…?なんだろ…


ハンバーガーにかぶりつきながら男性の言う次の一言を待った。


「理想とは違って、勉強はやればやるほど伸びるわけじゃないそうなんですよ。」


ーー ほう。


「一定量勉強していたら、ある日突然理解が深まると言われているみたいで…

だから学習途中は落ち込んだりする必要はないそうです。」


よくわからないが電話相手を励ましているのは伝わってきた。


学習曲線か…


気になってGoogleで検索してみると画像が出てきた。




なるほど…


ってこれ、受験勉強に悩んでいる今の妹にぴったりだ!!


すぐにLINEを開き、妹にトークする。



[この画像、学習曲線って言うんだって]


そう送るとすぐに既読がついた。


「勉強はやればやる程、伸びるわけじゃなくてね…」

と打っていると、


[知ってるよ]


と来たあと、続け様に


[彼氏からさっき教えてもらった]

……

え?!?彼氏???

彼氏いたの?!?!


彼氏できたなら報告してくれてもいいのに…

今まで知らなかったショックと、学習曲線を知っていた肩透かしを食らって、


[えーー!]


と送ったまま、さっき食べた塩っぱいフライドポテト味の口をコーラで潤した。


その数秒後、


[うそだよーー😙]


と腹立つ絵文字付きの返信に続いて、


[エイプリルフールだからね!騙された?]


と送られてきた文字に妹の憎たらしい笑顔が浮かんだ。


[だまされた、、。で、彼氏がいないのが嘘?]


[うん、そう!でも学習曲線は知ってる、ふしぎだよね!教えてもらった!]


[よかった、それなら。]



文面しか見ていないが、午前中にLINEしてきた時より元気を取り戻している様子が伝わってきて安心した。


誰に教えてもらったんだろう…

誰でもいいけど妹を励ませる人がいてよかった。


さて、帰ろう…とトレーを持って立ち上がると隣に座っていた男性も同じタイミングで立ち上がった。


ふと何気なく顔を見ると暫く会っていない妹の目にどこか似ている気がして見つめてしまった。

向こうも見つめ返してきて、何も言葉が出ず変にぎこちなくなり、トレー返却口へ向かうのに「お先にどうぞ…」と咄嗟に譲った。


「あ、どうも」と会釈をした彼がトレーを置く際、持っていたスマホを棚に置くと、


「えみ」と表示されたLINEのトーク画面が一瞬見えた気がした。


え?さっきの電話相手、妹と同じ名前の人だったの?

それともまさか妹??

いや、さっきこの男性は敬語で話していた…

中3の妹に対してならそんな話し方はしないだろう…

妹のエイプリルフールの嘘と“学習曲線”を知っていた偶然もあり、やけに気になってトレー返却口の前で呆然としているとナツミからの電話が鳴った。


「あ、お疲れさま。ごめん。週末のデートなんだけど、また来週にずらしてもらってもいい?」


「え?エイプリルフール??」


「は?違うよ。普通に仕事で厳しくなって」


「仕事?週末に??本当に?」


「なに疑ってるの、本当だよ」


「あ、ごめん。今までそんなことなかったから嘘かなって…」


「もー、普通嘘ついてキャンセルする?土日担当の人が休んでて大変なのに…
そう言えば未来から電話がかかってくるって話、聞いた?」

「未来??なにそれ、どゆこと?」

「未来はウイルスで世界が汚染されて、マスクしないと外に出られなくなるっていう電話がかかってくるって」

「え、なにそれ!めっちゃ不気味やん!」

そう言うと彼女は勝ち誇ったように笑った。

「嘘だよ。引っかかったな」
 

「えぇ…もう訳わからん…」

「さっき疑ったから仕返し!ははは!
って今、外にいるの?」

 
「あ、うん。店でハンバーガー食べてた」

 
「はぁ?食生活考えろ!ちゃんと野菜とか未来の自分の為に若いうちから食べてって言ってるやん!バカか」
 

そう言われ、彼女との通話がトゥルルンと切れた…


“電話”というワードを聞いて、ふと思い出したあの男性のiPhoneの厚さが少し薄かった気がしたけど、近未来の人だったりして…

この歳でそんなバカなことを考えるとは…
今年のエイプリルフールは妹といい、彼女といい完敗だ。


というか、仕事終わりに好きなもの食べてなんで俺怒られたの?

何年彼女と付き合っても俺の女心を理解する学習曲線はまだ上がりそうにない。



2021年4月1日

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