ワイン

未来の風景を創造するラボメンバー|vol.1


全国各地で進行しているNext Commons Lab(以降、NCL)のプロジェクトに参加し、未来の風景を創造しているラボメンバー(起業家)のストーリーを1人ずつご紹介していきます。あなたの思い描く姿や共感できる思いがそこに見つかるかもしれません。

「ワイナリーをやると決めたから。目の前のことをただやるだけ」

NCL南三陸(宮城県・南三陸町)/南三陸ワインプロジェクト
正司 勇太さん

PROFILE
Yuta Shoji●1985年東京都生まれ。関東で書店員として勤務した後、ワイン好きが高じてワインに携わる仕事をしようと決意。ワイン醸造家の道を志し、全国数カ所のワイナリーで数年にわたって経験を積む。2017年春にNCLに応募し、8月には南三陸町地域おこし協力隊(ワイン事業化推進員)として赴任。ワインプロジェクトの醸造部長として、現在宮城県で唯一のワイナリーである「秋保(あきう)ワイナリー」にて研修を兼ねて作業を手伝いながら、近い将来に実現させるワイナリー創設にむけて日々邁進している。

■南三陸ワインプロジェクト⇒ https://www.msr-wine.com/

これもなにかの縁だと思い切って飛び込んだ

書店員から一転、すでに醸造家になることを決めていた正司さん。数年にわたって、ブドウ畑やワイナリーを転々としながら経験を積んでいました。本来は積極的なタイプではないという彼ですが、「ワイナリーをやる!」と決意したときから何かに突き動かされるように歩み出すことに…。求人が出ていないワイナリーにも手伝いをさせてほしいと自ら扉を叩き、交渉していったといいます。ワインへの熱意あふれる正司さんがNCLを知ったのは、2017年4月のことでした。

「もともとワイナリーをやろうと思っていたので、インターネットでワインやワイナリーに関する情報を集めていて。オンラインの新聞記事に南三陸ワインプロジェクトが紹介されているのをたまたま読んで、NCLというよりプロジェクト自体を先に知って興味を持ちました」

その後すぐにNCLの起業家募集に関する説明会に参加。南三陸ワインプロジェクトのメンバーに採択されるまで3カ月ほどの早さで進んでいったそう。宮城県はワイナリーが現在1軒だけある空白地帯。応募した当時の正司さんは、ちょうど山梨県のワイナリーで社員として働きだした頃でした。

「最初は長野や山梨のようなワインの産地として有名で、質のよいブドウが獲れる場所でワイナリーをやりたいと思っていたんですけどね。『産地にこだわりすぎるよりも、縁みたいなものを大切にしてやるほうが将来的にはいいんじゃないかな?』と、お世話になった人から以前言われた言葉をふと思い出して。ワイナリーをやるぞと決めたタイミングでこういう話があるのもなにかの縁なのかなと、思い切って飛び込んでみました」

ワイン用ブドウが収穫できるようになるまで、最低でも3年は要するんだそう。その間の収入をどのように確保するのかというのが切実な問題でもありました。

「今回のプロジェクトでは地域おこし協力隊の制度を利用した活動支援金があったので、とりあえず3年間なんとか食べていけるだけのお給料がいただけるのも決め手にはなりましたね」

海の見えるワイナリーをつくりたい!

NCLのプロジェクトメンバーに応募するには、自らのヴィジョンをまとめた事業計画書を提出しなければなりません。なんといっても起業には事業計画書がつきもの。「いま見直してみるととてもお粗末なものだった」と正司さんは振り返ります。しかし、正司さんが提出した事業計画書には、ワイナリーの規模やワインの生産量、販売ターゲットなど、これまでワイン農家やワイナリーで学んできたことやマーケティングデータに基づいて算出された目標値が堅実に盛り込まれていたようです。

「石巻や登米といった南三陸周辺のだいたいの人口とワインの消費量、そのなかで日本ワインの占める割合なんかも含めて全部調べて。だいたいどのくらいのマーケットがあるのかリサーチして提案しました。また、具体的にどんなプロジェクトにしていきたいのかというところでは、“海の見えるワイナリー”というのをコンセプトにしたいと強くアピールして。あとレストランなんかも一緒にできればいいなという話もしましたね」

正司さんが本格的にプロジェクトに取り組みはじめたのは、2017年9月から。2016年からワインプロジェクト自体はスタートしていたものの、800本弱のブドウの苗木を畑に植えて管理していた程度だったといいます。

「ちょうど9月は仕込みのシーズンだったので、秋保ワイナリーさんでずっと仕込み作業をしていました。だいたい2週間くらいで自分たちが作るぶんのワインも仕込んで。1カ月後にはもう瓶詰めも終わらせる感じでしたね。」

秋保ワイナリーは、震災後に宮城県唯一のワイナリーとして2015年にオープン。独自のワイナリーが完成するまでは、秋保ワイナリーで研修を兼ねて仕事の手伝いをするかわりに、施設や道具を借りて醸造作業をさせてもらえるという絶好の協力体制が整っています。

楽しいのは、わが子が一番!と感じるとき

南三陸ワインプロジェクトの進行は、当初の予定よりも1年ずつくらい遅れ気味。その要因となるのは、資金調達、畑となる土地の確保、あとはブドウの苗木の確保という3つの問題でした。「現在ある畑は20アールほどの広さ。とても商売としてやっていける規模ではないので、早ければ2019年春には2ヘクタール、苗木にすると約5000本にまで増やしたい」と正司さんは考えています。

「ワイン造りに向いているのは、日当たりがよくて、夜と昼間の寒暖差が大きくて、水はけのよい土地。まとまった広さでワイン造りにむいている土地を見つけるのがなかなか難しくて、畑の拡張が遅れています」

ところで、正司さんはいま何をしているときが一番楽しいのでしょうか?

「ワインの醸造時期は、朝ワイナリーに行って果汁の状態をチェックするんですけど。順調そうだとうれしいですね。あと、醸造中のほかの人の果汁とこっそり飲み比べして、自分のものが一番おいしいなと心の中で思ったりして(笑)。“わが子が一番!”と感じるときは何よりも楽しいです」

ワイン造りのことばかり考えているようですが、それだけでは事業は成り立ちません。正司さんは資金調達や経営といった部分で苦労していることも多いといいます。

「近々、新メンバーを迎えることが決まっていて、その人がマーケティングや経営に強いんです。自分が苦手な面で支えてもらえるとだいぶ楽になるかなあと期待しています」

自分に足りない知識やスキルをメンバー同士で補いあえるのも、プロジェクトならではの強みです。

イメージと現実のギャップを埋めるために

ワイン造りといえばどこかおしゃれなイメージがあるけれど、実際は農作業と肉体労働がほとんど。ワイナリーを経営するにはそれなりの資金も必要です。イメージと現実のギャップで苦しむ起業家が多いなかで、正司さんは現実的に物事を進めていきました。

「まず農作業もやったことのない人間がいきなりワイナリーなんてできるはずもありません。1年間農作業ができるかどうか試してみようと思い、農家で働いてみたんです。夏も冬も体はついていけたので、肉体的にはなんとかやれそうだなと確信しました」

また、手伝いに行っていたワイナリーでは資金繰りについても具体的な話を聞かせてもらっていたそうです。そして起業を考えている人に絶対やってほしいことがあると正司さんは話します。

「まずは起業する前に現場を知ることが大切。畑違いの事業をはじめるなら、なおさらです。こんなはずじゃなかったとギャップを感じないためにも、どんな形でもいいので、同業他社で働いてみることをおすすめします」

言葉の端々に堅実さとワインへの熱意があふれている正司さん。それでも、不安に苛まれるときもあるんだとか。

「起業は山あり、谷あり。最初は谷ばっかりで、かなり精神的に厳しく感じるときもあります。『何があってもやるぞ!』という強い意志がやっぱり必要なんじゃないかな」

NCLに参加してよかったと感じることを尋ねてみると、意外な答えが返ってきました。

「言っていいのか悪いのか躊躇するところですけど…NCLは良くも悪くも利用したというか。たまたま自分のやりたいことをNCLもやっていて、そこで利害が一致していたから一緒にやっているって感じですね」

浮ついたところや背伸びをする様子がまったくない正司さん。あえて高すぎる目標は持たないようにしているんだといいます。

「自分のやりたいこと、目の前にあることだけをただやっているだけで。目標が高すぎると結局実現しなかったり、予測がつかなかったりすることが多いじゃないですか。まずは目の前のことをやっていけば、次の目標が出てくる。それを続けて、結果的に高い目標の場所に行きつけばいいのかなと思うんですよね」

こういうタイプを“有言実行の人”というんだろうと実感させる正司さん。南三陸の海が見えるワイナリーで、彼の情熱がつまった極上ワインを乾杯できる日は近い未来にやってきそうです。



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