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里山からはじまる古くて新しい地域経済のかたち


(文=薮下佳代/ライター)

日本固有の“里山”という循環型経済のあり方に学ぶ。

遠野市中心部から、西に約7kmの場所にある綾織(あやおり)地区。車を約15分ほど走らせると、山と田んぼに囲まれたのどかな里山の風景が広がっていた。とある家に馬がいるのが見え、そこが伊勢崎さんの家だとすぐにわかる。この地で16代目の農家として暮らしながら、馬を使った林業に挑戦し、循環型の暮らしを模索している伊勢崎克彦さんが、今回Next Commons Labで立ち上げた里山プロジェクトのパートナーだ。

伊勢崎さんは話もそこそこに、綾織地区をまずは案内してくれた。

「遠野の人々は、山とともに暮らし、馬とともにありました」

かつて遠野では、馬を育て、田んぼを耕し、木を運び、時には馬を売ってお金に換金し、明治時代には軍馬としても重宝されたという。

昭和40〜50年頃まで遠野でさかんに行われていたという「馬搬(ばはん)」は、「地駄曳き(じだびき)」とも呼ばれ、遠野に古くから伝わる、馬を使った木材の搬出作業のこと。重機の入れない山道でも作業でき、山を傷つけることなく、森を再生することができる自然に優しい方法として、いま見直されている。

「山に手を入れることがなくなってしまい、荒れ果てているのがいまの日本の現状です。山を維持するために必要な『間伐』は、国から補助金が出ています。だから、効率良く作業するために機械で道をつくり、山を壊しながら林業をしているんです。一時的に企業は潤ったとしても、土地に対するダメージは計り知れません。また、木を燃やして発電するプラントが日本各地にでき始めたことで、不要だった木がお金に変わることになりました。そのため、無計画な伐採が進み、地域の風景や長い年月を経てつくられてきた山がどんどん劣化してしまっている。そうではなく、いまの土地を守りながら、次につなげていくためのこれからの里山のあり方までしっかりと考えてほしいと思っています」

いま、伊勢崎さんは、民有林10ヘクタールほどを管理している。その林を擁する山は綾織地区一帯の水源地でもある大切な場所。そこに最低限の手を入れつつ、馬を放ち、山とともにある暮らしを始めたいと考えている。

伊勢崎克彦さん(左)と菊地辰徳さん(右)

「昔は馬がいて、山を中心に循環する暮らしが遠野にはありました。できれば、そんな循環する暮らしをこの地域でもう一度始めたいと思っています。いまの経済に依存しないでやっていくのは正直難しいかもしれません。けれど、きれいな水が流れていて、田んぼがあって、畑があって、馬がいて、山がある。それこそが、ここに住んでいる僕らの財産です。それを活かしながら、この地域でできる新たな経済のかたちを考えたいんです」

本当の豊かさを問う。

自然に近い暮らしを体験できるゲストハウス。

そんな山の麓で、築80年の家をリノベーションし、ゲストハウスとして蘇らせようというプロジェクトが伊勢崎さん主導で動き出している。土台は腐り、歪んでいた物件だが、この春、大工さんに入ってもらって、基礎の部分は補修済み。あとは瓦を葺き、土壁を塗り、かまどをつくり、できるだけDIYでつくっていくという。木は、自分たちで森から切り出したものを製材。できるだけ新しい建材を使わないで、この土地で調達できるものを使用していく。

このゲストハウスは、あえて電気を通さず、山からの水を取水して、ランプで暮らす。かまどでごはんを炊き、生みたての卵を食べ、畑から野菜を採って食べる。伊勢崎さんや誰かがもてなす宿ではない。来た人が受けた恩恵を次の人のために残していく。たとえば、消費した分の薪を割ったり、食べた分の野菜の種を蒔いたり、畑を耕していったり。そうやって次に来る誰かのために“もてなす”ことで、このゲストハウスの運営の一部となり、ずっと続いていく。そんな循環型のゲストハウスになる予定だ。

「どう考えたって、新しく建てた方が安いんですよ(笑)。でもね、土と木でできている建物ってやっぱりいい。ダメになっても朽ちて土に還るから。新しい建材でつくったものはゴミになってしまう。そうやっていまはどこにも行き場のないゴミを、お金をかけてどんどん建て続けている。だから、あえてこの場所とこの建物にこだわることで、もっと自然に近い暮らしを感じてもらいたいと思っているんです」

ここは、車では入れず、歩いてしか入ってくることができない。そんな不便な場所にある。でも「そういう場所こそ、一番豊か」と伊勢崎さんは言う。

「上流からのきれいな水があって、空いている土地では作物をつくることができる。本当はそれで十分なはずなのに、便利さを追求していくと、いつしかお金に依存することになる。お金を払って生活せざるを得なくなると、いつしかお金を得るためだけの暮らしになってしまう。本当はもっと自然に近いところで暮らして、山に近ければ近いほど豊かになっていくものなんです。だからそういう豊かさがある暮らしの価値も再定義したい」

地域で根を張り、

暮らしを通して何が必要なのかを見極める。

今回募集する人には、まず、この綾織地区での暮らしを通して、「自立してほしい」と伊勢崎さんは考えている。「雇用する・される」という関係性ではなく、最終的にはその人自身がこの土地で自立し、そのうえで、足りない部分を補い合っていく。「それがかつてあったコミュニティの形でした。それを復活させたいんです」と伊勢崎さん。

「自立」とは、単に「お金を稼ぐ」ということではない。時には、どこかの山の草刈りをすることかもしれない。草を刈ったってお金がもらえるわけでもないけれど、そこに住んでいるみんなの利益を考えると、誰かがやらなくてはならないことでもある。草は1年刈らなかっただけで、人が入れないほどの藪になってしまうからだ。山に人の手が入ることによって、この美しい里山の風景は維持されていく。それは、自分だけの利益を追い求めるのではなく、自分を取り巻く環境や社会をより良くしていくことでもある。

そこに住んでいることを活かして、新たな循環型の経済をつくるということは、地域をまず知ることからはじまる。そこにある山、田畑、馬、そして人。そのうえで、地域全体をいい方向へ導くための起業が必要になるかもしれない。

このプロジェクトの3年間を、この“里山”というフィールドで、どういう事業計画として描くか。今回の応募者からどういうアイデアが出てくるかは、楽しみである反面、伊勢崎さんは「難しいのでは」とも考えているという。

「里山でのプロジェクトは、現場に来て、現場の人の声を聞いて、1年か2年、ここで暮らしてみて初めて、本当に自分がやりたいという事業計画ができるものだと思う。だから、僕は応募する時に作る計画書をさほど重要視していません。僕自身、作文が苦手ですし(笑)。何より頭だけでなく体をしっかり動かせる人が向いていると思います」

ここで何をするか。「その選択肢は無数にある」と伊勢崎さんは言う。

まずは、ゲストハウスの運営。短期的には利益を出すことが目的ではなく、交流するための場をつくること。そして馬で行う昔ながらの林業を復活させること。あるいは、その馬とともに暮らす町をつくること、できるだけ自然にやさしく、オーガニックな農業ももっと広めて行きたい。でも、これらはすべて伊勢崎さんがやりたいこと。この土地でやれることは、他にもまだまだあるはずだ。

長期的な視野を持って、地域の課題を解決していく。

そして、もう1人、このプロジェクトの重要な人物がいる。東京から3年前に移住した菊地辰徳さんだ。東京で環境保全に関するコンサルティングの仕事をしていた菊地さんは、大の馬好き。馬と人の密接な生活を求めて、遠野に移住を決意した。

「いつか自分で現場を持って、地域社会づくりの当事者になりたいと思ったんです。ずっと興味のあった、環境やサスティナビリティというテーマと、自分の好きな馬が結びついたとき、『これだ』と。伊勢崎さんと一緒に、馬とともにあるこれからの暮らしや地域づくりを、ここ綾織地区で実現したいなという思いで活動しています」

「起業は目的ではなく、社会的課題を解決するための手段」と菊地さんは言う。

「地域課題に対して、何かしらのソリューションを提案する起業であってほしいですね。それが最終的には、その人の生計を担うものであってほしいし、地域が豊かになることにもつながってほしい。だから、最初にこの事業をやりたいというよりも、たとえば、数年はこの地域のなかで生活して、活動しながら、どういったところに地域課題の根っこがあるのかをまず知ること。そのうえで、どういう手段を通じて解決して、事業として成り立つのかを考えていくことになると思います。どんな事業でも構わないんです。ただ、地域課題の解決とセットであるということが理想。最初から、事業ありきというよりは、一緒に活動しながら、見つけていってほしい」

最後に、伊勢崎さんが山の上まで連れて行ってくれた。ここからパラグライダーで里まで降りることもあるそうだ。山頂から見下ろした綾織地区は、ただただ美しかった。この里山を守りながら、暮らす方法を考えるのは、とても自然なことのように思えた。

「どんな人に来てほしいですか?」と聞いてみると、伊勢崎さんと菊地さんはこう答えてくれた。

限定的ではなく、大きく捉えられる人。

国づくりのような、新しい社会をつくっていける人。

この場所をどうしていけばいいのかを一緒に考えられる人。

地域のあり方やこれからの生活様式の価値観が合う人。

一緒に悩みながら、作り上げていける人。

この場所で、伊勢崎さん、菊地さんとともに、あらゆる経験を積むことで、地域の問題を自分事として捉えていく。そのためには時間がかかるのは当然のことだと2人は考えている。都会のスピードとは全く違う、自然に由来するサイクル。たとえば、田植えも収穫もその時期が決まっているように、そうした四季を通した暮らしがあるからこそ、結果を早急に求めてはいないのだ。

とはいえ、いまから数年後、この綾織地区はどう変わっているだろう? 3年というプロジェクト期間だけでなく、もっと先までも見据えた長期的な目を持つことも、このプロジェクトに従事する人には必要な資質のように思える。

そして、「まずはこの土地を好きになって、理解してもらうことが先決」と口を揃える2人。

一度、この場所を訪れてみてほしい。そして、何かしら心が動いたなら、ぜひ応募してみてほしい。

Text : 薮下佳代(ライター)

里山経済プロジェクトについて

【Next Commons Lab 説明会】

第二回 6/5(日)13:00〜
会場: 合同会社 paramitaオフィス
(東京都渋谷区南平台町12-13 秀和第二南平台レジデンス1104号室)

第三回 6/12(日)13:00〜
会場: 合同会社 paramitaオフィス
(東京都渋谷区南平台町12-13 秀和第二南平台レジデンス1104号室)

<お申込みはコチラ>

【Next Commons Lab 現地説明会@岩手県遠野市】

6/11−12(1泊2日)

   集合日時:6/11(土)13時15分 

解散日時:6/12(日)14時00分

集合場所:JR遠野駅

定員:12名

参加費:14,000円(宿泊費・食費を含む実費です)

<お申し込みはコチラ>



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