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故郷を舞台にミステリを書いてみた~プロトタイプ版・便利屋AIAIの事件簿その2・届けられるカブトムシの問題~

以下に載せる6000文字弱の短編は、私が生まれ故郷・埼玉県秩父市をモデルに作った架空の市・父冨市を舞台に描いたコメディタッチのミステリです。

今回は、ひたすら理屈をこねまわす、私の好きなタイプのお話です。

(画像はユウダイさん@rokujyouhitomanが描いてくれました)

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便利屋AIAIの事件簿~届けられるカブトムシの問題~

「毎年夏に無記名で、何回も同じ子にカブトムシを届け続ける人の目的って何でしょう?」
 事務員の釈氏奈津子(しゃくし・なつこ)が麦茶と個別包装の羊羹の乗った盆を差し出しながら尋ねた。
「……うん?」
 所長の草鞋勝也(わらじ・かつや)は机上の電化製品の広告から目を上げる。
 便利屋AIAIの事務所はむんとした空気に包まれている。草鞋が高校生の頃から使っているオバケ扇風機がごうんごうん音を立てて首を振り回し、空気をかきまわしているが、音のわりに効果はない。事務所内が暑すぎるのだ。
 父冨市は盆地の底にあるため、夏は熱せられた空気が停滞して暑い。特に便利屋AIAIの入ったビルがある父冨駅周辺はビル街なので、じりじりと直射日光がアスファルトを灼き、灼けた空気が建物を直撃する。だが、万年自転車操業で諸経費を節約している便利屋AIAIに、故障したクーラーを買い替える予算はない。窓を開け放ち、苦し紛れに臨終寸前の扇風機を回し、Yシャツは腕まくり、スラックスを巻き上げて両足を氷水を放り込んだ洗面器に突っ込む。それでも暑さに耐えられないから、草鞋はなけなしの予算で買えそうな冷房機器を広告の中に探し求めていた。
 そこへ、涼やかなノースリーブのワンピースを着た奈津子の質問である。
 草鞋は額に手をやって首を振った。
「すまん、頭が働かない。もう一度言ってくれ」
 奈津子は自分の机に着くと、もう一度、質問を繰り返した。
「毎年、夏に、何回も、カブトムシが届けられるんです。差出人名もない、誰かがくれる心当たりもない、カブトムシ。それって、どんな目的でしょう?」
「ふむ」
 草鞋は麦茶を一口飲んだ。コップの中の氷が涼しげな音を立てる。
「誰かの実体験かい?」
「私の友人です。アパートに小学生の息子と暮らしてるんですけど、ニ年前の夏から、たまにドアの前に箱入りのカブトムシが置いてあるんだそうです」
「その子の両親とか、近所の人の仕業では?」
「聞いてみたけど、知らないと言われたそうです。それにその子の息子、イチカくんというんですが、特別カブトムシが好きなわけでもないって」
「なるほど」
 草鞋は羊羹の包装を破りながら頷いた。
「父冨では夏になれば、カブトムシなんぞあちこちで売ってるからな。特別に欲しがるものでもないか」
 草鞋は羊羹を口に入れ、咀嚼してから質問した。
「具体的には何回届けられたんだ?」
「えーと、一昨年が四回、去年が三回、今年も既に三回」
 奈津子が指折り数える。
「一匹三千円とすると、今までにかかっただけで三万か。いたずらにしては経費が掛かり過ぎだな」
「はい。友人も、それが気持ち悪いって」
 神妙な顔で奈津子が目を伏せたところで、事務所のドアが開いた。
「あっつ。まだクーラー買ってないんですか、所長」
 Tシャツにジーンズ姿のアルバイト、札所巡(ふだしょ・めぐる)である。手に古風な風呂敷包みを持っている。
「いくらボロビルでも鍵くらいかけてくださいよー。今、空き巣が流行ってるんですから」
 風呂敷包みを持ち上げて、
「あ、コレ、婆ちゃんが作ったおはぎです。おすそわけで持って行けと」
「ありがとう。しかし札所くんは、お盆の間はうちの仕事は休みじゃなかったかね?」
 草鞋の問いに、巡はうっとうしそうに頭をかいた。
「休みですよ。でも家にいると、兄一家と帰省中の姉一家がぎゃーぎゃーうるさくて。父は孫にでれでれでお馬さんごっこしてるし、女連中は台所でお彼岸の料理作ってるし、兄と祖父は何が面白いんだかずーっと黙ってお茶飲んでるし……」
「ほのぼのとしたご一家ですね」
「いや、うるさいだけですよ。ってアレ、奈津子さんまでいる。お盆休みじゃ?」
 草鞋は自らの人徳を誇るようにふんぞり返った。
「奈津子くんも君のお婆さんと同じように私の食生活に気を使ってくれてね。ナスとキュウリとミニトマトとピーマンを山盛りいただいた」
「夏に家庭菜園で実りすぎて親戚や近所間で押し付け合う野菜のラインナップじゃないですか」
「……ふふっ。いずれもビタミンたっぷりのもぎたて野菜だ。みな、独り者の私の健康を気遣ってくれている」
 草鞋は自分に言い聞かせるとそっと涙を飲んだ。
「所長、安心してください。羊羹は私のお金で買ってきましたから」
 奈津子が慰める。
「『栗平(くりへい)』の羊羹だ。美味しいですよね」
 巡が羊羹の包装を見て言う。『栗平』とは父冨市にある和菓子屋で、栗饅頭が有名である。夏には栗入りのソフトクリームも売っている。
「そうなの、行ってみたらちょうど安売りしてて!」
「……安売り」
 奈津子のセリフに、草鞋はぽつりと呟いた。羊羹を食べたばかりなのに、口の中がしょっぱい。おかしいな、塩羊羹でもないのに。


「それは、ご友人の別れたご主人が息子に密かに届けているのでは。息子と二人暮らしってことは、別れたんでしょう?」
 麦茶を手に巡が言う。アルバイト用の机と椅子はないので来客用のテーブルに彼の分の羊羹と麦茶が乗って、本人はその前のソファに座っている。事務所に三人がいる時の定位置である。
「そうなんだけど、息子に贈り物するような人じゃないの。浮気して、まだハイハイしてる息子とヒロコちゃんを置いて女の人と逃げちゃったらしいから」
「出奔先で女性に捨てられて、今さら息子への愛に目覚めた可能性もあるのでは?」
 草鞋は口いっぱいに頬張ったおはぎを無理やり飲み込んでから尋ねた。彼の前には羊羹とおはぎが山盛りになっている。お茶も熱々の淹れたてだ。
「それはありえますが、それでもカブトムシは届けられません。ヒロコちゃんたちは離婚した後、実家の近くに引っ越したんです。父親方の関係者には一切知らせずに。だから、彼は家の場所を知らない」
 麦茶に手を添えて、奈津子が答える。
「ふむ。では別人か」
 札所は腕を組み、考えてから、
「そのカブトムシの入った箱とはどういうものかな。プラスティック製か、段ボール製か。売り物のカブトムシか、届ける犯人自ら捕らえたものか」
 奈津子は傍らに置いたバッグからスマートフォンを取り出すと、画像を表示して草鞋に見せた。
「これがそのカブトムシで、これが入っていたケースです」
 人差し指でスライドさせながら、草鞋に示す。
「カブトムシは大きくて艶も良い。ケースはプラスティック製で、シールをはがした跡がある。これは店で購入したな。店名やバーコードで店を特定されないよう貼ってあるシールをはがしたんだ。ケースは量産品だから店の特定は不可能」
 巡も席を立って、草鞋の背後に回って画像を覗き込んだ。
「あれ、カブトムシと一緒に女の子が写ってますね。イチカくんのお友達かな」
「違うわよ、これがイチカくんよ」
「えぇ? だって、髪はおかっぱだし、肌は白いし、どう見ても……」
 草鞋はそれを聞いて、ふむ、と頷いた。
「イチカくんは女の子と間違えられる外見か」
「それがどうかしたんですか」
 奈津子が目を瞬かせる。
「イチカという名前に男女の区別はない。つまり、イチカくん個人と知り合いか、ヒロコちゃんが話さなければ、ふたりを見るだけの人物はイチカくんを女の子と思う。女の子にカブトムシを贈る人はいないだろうから、カブトムシを届ける犯人はイチカくんが男の子だと知っていることになる」
「はァ」
「これで、ヒロコちゃんの知らない人間が犯人という可能性は消えた。小学生の交友関係で、母親が知らない相手というのは同世代の友達くらいだろうが、イチカくんと同世代の友達がカブトムシを何回も買うのは金銭的に無理だろう。つまり、犯人はヒロコちゃんが息子の話をする関係にある大人だ」
「ということは、両親と近所の人を除外すると、私みたいな学生時代の友達くらいかしら。ヒロコちゃんは工場の事務をしているんですが、同僚は社長さんの奥さん以外男の人ばかりで、親しく話す間柄じゃないみたいだから」
 草鞋ははて、と首をかしげる。
「その奥さんとは、息子の話をしないのかね? 女同士でおしゃべりしそうなものだが」
 奈津子はそこで少し声を潜めた。
「社長と奥さんは結婚して長いんですけど、お子さんがいないそうで……雰囲気的に、親の話はできても、子供の話はしにくいそうです」
 草鞋は頷いた。
「人が避けたがっている話題というのはなんとなくわかるものだからな」
 奈津子はまた、人差し指を口元にあてて、
「あとは……親戚の叔父さんかな。ヒロコちゃんの叔父さん、別荘の管理会社に勤めてて普段は見回りであちこちの別荘地を飛び回ってるそうなんですけど、実家に帰ってきたときはイチカくんをとても可愛がってくれているとか。この叔父さん、独身で、地元に残ってる友達もいないから、いつもイチカくんに豪華なおもちゃを買ってくれるそうですよ。あ、でも、可愛がってるんだから、イチカくんがカブトムシを好きじゃないって知ってますよね」
 人差し指を振りながら、奈津子は言った。彼女の考え事をするときの癖だ。
「そうだな。犯人は直接イチカくんを知らない可能性が高い」
 草鞋が腕組みをして頷く。こちらも、考え込むとやたら腕組みをしてうんうん唸る癖がある。

「それにしても、届けすぎじゃないですか?」
ソファに戻った巡が言った。
「届けすぎ?」
 草鞋が片眉を上げる。
「カブトムシなんか、ひと夏に一匹二匹飼えば十分でしょう。四匹も貰ったって、夏が過ぎれば死んでしまう。多く貰って嬉しいものじゃない」
「そういうものかね?」
 草鞋は首を傾げた。
「マニアなら嬉しいでしょうが、聞くと違うし。それに、生き物を何匹もあげ続ける動機なんて、考えるとちょっとぞっとしますね」
「そうか」
 草鞋は顎に手を当てた。
「嫌がらせ、という可能性もあるな。一見子供を喜ばせようとしているようで、実は、と」
「わざわざお金をかけて?」
 奈津子が首を傾げる。
「一考の価値はある。カブトムシを届けられて、ヒロコちゃんの家にどんな影響があったか、わかるかね?」
「そりゃ、カブトムシを飼う羽目になって、餌代がかかって、スペースが必要で……そんなものじゃないですか」
「カブトムシがいるおかげで冷房代がかかるとか、外出できなくなったとかもありそうですね」
 巡が口を出す。
 奈津子は人差し指を唇に当てた。
「外出できない……。そういえば、カブトムシを発見した朝は、予定が変わってしまって困る、という話を聞いたわ」
「予定が変わる?」
 奈津子の言葉の続きを草鞋が促す。
「夏休みはヒロコちゃんが仕事に行ってる間、イチカくんをヒロコちゃんの実家に行かせるんだけど、カブトムシが届けられた朝は、気持ち悪いからヒロコちゃんの部屋にご両親を呼んで、一緒にいてもらうそうなの。息子を外に出すのが不安なのね。でも、ご両親は実家で鍵屋を経営してるから、その日はお店を締めなくちゃいけない。それが困るって」
「確かに。鍵屋なんて緊急の用事で行くことが多いから、できれば二十四時間開いてもらいたいくらいなのに」
 巡も同意する。
「叔父さんが実家に帰っているときは店番を頼めるから何とかなっているらしいけど、カブトムシが届けられるのがいつかなんて、予想できないものね」 
「そうですね、予想できるのは季節が夏ってことくらい」
「そうか、夏か」
 草鞋が言った。開け放たれた窓から熱風が来る。オバケ扇風機が空しく回る。
「夏は父冨に観光客が来る、別荘の住人も来る、住人が来たら気づく、気づいてまず呼ばれるのは警察よりも……」
 草鞋は置いてきぼりの所員二人を尻目にスマートフォンを取り出した。電話する先は父冨警察署。


「ヒロコちゃんの様子はどうかね、無事にカブトムシの謎が解けたわけだが」
「落ち込んでます。イチカくんにどう言っていいかわからないって悩んでますし」
 数日後、出勤してきた奈津子に草鞋が尋ねると、奈津子は物憂げに首を振った。
「まさか、ヒロコちゃんの叔父さんが空き巣の常習犯だったなんて。それも、ヒロコちゃんの実家の鍵屋の店番を、証拠隠滅に利用してたなんて」
 草鞋は備え付けのミニ・キッチンへ行き、麦茶のポットを冷蔵庫から出すと、コップ二つに注いだ。
「ヒロコちゃんの叔父は自分が仕事で管理している別荘の中で、金目のもののありそうな家を狙って窃盗を繰り返していた。実家の鍵屋で教わった技術を利用して、鍵を開錠しては侵入していたが、証拠が残っていないとは限らない」
 草鞋はコップを盆に乗せると、片手で持ち上げた。
「そこで、秩父近辺の別荘地で窃盗を行ったときは、甥にカブトムシを届けることで兄夫婦を店から追い出し、代わりに自分が泥棒した別荘の持ち主からの鍵の修理の依頼を受け、その証拠を隠滅していた。鍵の開け方の個性で犯人が特定されることが多いからな」
 草鞋は奈津子に盆を差し出して、コップを取るように促す。奈津子は軽く礼を言ってコップに手を出した。草鞋はそのまま説明を続ける。
「具体的な流れはこうだ。夏休みに別荘を訪れた持ち主は鍵が壊れていることに気付く。だが、まだ泥棒が侵入したことには気づかない。そこで鍵の修理のために、連絡が店番中のヒロコちゃんの叔父のところへ行く。彼はそのまま鍵屋のふりをして鍵の修理を行い、鍵に残っていた証拠を隠滅する。中に入った住人が泥棒の痕跡に気付いても、鍵に残っていた筈の証拠はなくなっているから、捕まる確率は減少する」
 草鞋は自分の席に着くと、コップを片手に持った。
「今どき別荘の管理会社との連絡は電話やメールだし、鍵の受け渡しで会うのも受付の人間だけだ。鍵屋と管理会社の人間が同一人物とは気づかれない。大量の別荘を一社で管理する管理方法を利用した犯罪だな」
 草鞋は言い終わると麦茶をぐいとあおった。
「それにしても、あれだけの情報でよく警察が動いてくれましたね」
 奈津子が麦茶を飲んでから言う。
「動いたと言ってもたいした手間じゃないからね。管理会社に、別荘の鍵が壊れていたら鍵屋に連絡する前に警察に届けるよう、利用者に伝えてくれと言ってもらっただけだから」
「なるほど」
 奈津子は頷く。
「ま、手間を惜しんではいけないということだ」
 コップを机に置き、草鞋は偉そうに腕を組む。そこへ、何の前触れもなく事務所のドアが開き、巡の声が響いた。
「っはよ~ございま~す。また鍵掛かってませんよ。不用心な」
 奈津子が思わず噴出した。

(おわり)

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