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「じいさんばあさん若返る」三木眞一郎×能登麻美子 対談――確かに分岐点だった、あのころの自分

青森県でリンゴ農家を営む老夫婦が、ある日突然若返ったことで巻き起こる騒動を描く、心温まる家族コメディ「じいさんばあさん若返る」。シリーズ累計部数150万部超えの人気漫画がTVアニメ化され、2024年4月から放送されました。現在各種配信サービスにて配信中、およびBlu-ray Boxも発売中の本作について、メインキャラクターである正蔵の声を担当する三木眞一郎さん、イネを演じる能登麻美子さんによる対談をお届けします。本作の魅力から、ベテラン声優であるお2人が語るすてきなエピソードまで、たっぷりうかがいました。

©新挑限・KADOKAWA/じいさんばあさん若返る製作委員会

―—作品への第一印象を教えてください。
能登 最初は楽しく明るいラブコメタッチな作品なのかなと思っていたのですが、実際に読んでみると、「老いるって何だろう?」とか、死生観について考えさせるエピソードもけっこうあって、その温度差に心をわしづかみにされちゃいました。
三木 そうそう。だからと言って全体がシリアスなのかと言えばそうでもない。絵柄がファンシーなので、いい意味で中和されているっていうのもあると思いますけど、ひとつの印象には絞れない、多彩な顔をもった作品だなと感じます。

―—正蔵とイネは、中身は老人のままながら見た目は20代にまで若返るというキャラクターです。かなり特殊な役柄ですが、どのようにアプローチしましたか?
三木 僕の場合は「人生の台本を後ろから読む」感覚でしたね。
能登 ああ、それはすてきな表現ですね。
三木 ちょっとわかるでしょう? 物語は過去から未来へと順番に進んでいくんですけど、肉体的に若返ることで、若いころの感覚を思い出したりもするじゃないですか。時間をさかのぼるわけではないので、単純な巻き戻しとは違いますけど、でもどこかそれに似た感覚もあって。個人的にはそんな捉え方をしていましたね。
能登 イネは過去の回想シーンも多いですし、実際に若いころの記憶に戻ってしまうこともあったりして、難しかったです。とにかく方言だけはできるかぎりちゃんと叩き込んで、あとは現場で生まれるものだったり、その場の感覚を大事にしようと思って、あまり固めずに臨みました。とくに今回はお相手が大先輩の三木さんですから(笑)。そこはもう安心して身をゆだねられた気がします。
三木 掛け合いから生まれるものって何よりも得難いですからね。でもこんな言い方をしたら失礼な話かもしれないですけど、能登くんが本当にいいんですよ(笑)。僕も現場で生まれるものを大事にしたいタイプなので、そういう意味で最高にやりやすかったですね。
能登 そんなそんな、おそれ多いです。

―—正蔵とイネはキャラクターではあるんですが、お2人の素顔の感じも入っているような気がして、すごく自然な印象でした。
三木 それはそうかもしれないですね。能登くんから出たセリフに対して、僕はあんまり正蔵として答えようとしていないんですよ。正蔵の履歴書はすでに僕のなかに入っているので、そのうえで僕のなかから自然と生まれたものが出せればいいかなと思っていて。
能登 三木さんは劇中でも現場でも、みんなのことをまとめてくださる大黒柱のような方なので、だからこそ私もイネを思い切って演じることができたのかなと思います。
 
―—一方で、方言や年齢感についてはかなりの技術を求められると思います。テクニカルな面で難しかったところはありますか?
能登 年齢感については、最初はやはりチューニングが難しかったです。私の祖母も90歳前後で、イネと年齢は近いと思うんですけど、でもけっこう若々しいんですよ。だからそこまで意識的に「老い」をつくりこむのもちょっと違う気もして、そこは音響監督の阿部(信行)さんとも話し合いながら、いいさじ加減を探っていきました。
三木 年齢を重ねても、若々しい人はいくつになっても元気なんですよね。とくに正蔵は若者と老人を行ったり来たりするので、厳密に差をつける演じ分けると言うよりも、雰囲気で出たものでいいかと(笑)。ただ津軽弁はやっぱり難しかったですね。関西弁のキャラクターはわりと経験していますけど、津軽弁は初めて。新鮮で楽しくもあったんですが、マイク前ではそうも言っていられないですし。
能登 三木さんの台本を拝見したら、これまで見たことのないくらいにイントネーションの指定がビッシリと書き込まれていて、もう真っ黒でした(笑)。
 
―—津軽弁はどのように習得されたんですか?
能登 斎藤未乃を演じている三上枝織ちゃんが青森県出身なので、今回の方言監修をしてくれていているんです。私たちは、あらかじめ枝織ちゃんが吹き込んでくれたセリフを何度も聞き込んでから本番にのぞんでいます。
三木 それなのに、三上さんが演じる未乃は標準語なんですよね(笑)。周りが故郷の方言を話しているなか、よく本番中につられないなって感心します。
能登 確かに(笑)。この現場は、彼女なしでは成り立たなかったです。

―—正蔵とイネは、いわゆる「おしどり夫婦」です。この2人の関係性についてはどう感じますか?
三木 この2人からは「すてき」っていうことばしか思い浮かばないですね。
能登 「思いやり」がすごいですよね。第3話で、イネが正蔵に気を遣って豆大福をこっそり食べるエピソードがあるんですけど、これだけ長い時間をともにしても、そういう思いやりをもちつづけているのは本当にすばらしいなと思います。
三木 正蔵は血糖値の関係で控えないといけないからね。でも結局は正蔵も起きてきて、皮の部分だけ食べたりして。すごくかわいいですよね。
能登 この2人からは、学ぶことがとても多いです。
三木 「夫婦」って「ひとり」ではない場合の最小単位じゃないですか。正蔵とイネは、そんな最小単位で考えられる醍醐味や幸せを最大限に味わっているんじゃないかと思っています。
 
―—お2人が印象深いエピソードやシーンはどこですか?
三木 毎回ゲストキャラがかなり濃くて、どれも印象深いです。とくに第10話には関智一が声を担当する兄貴キャラが登場するんですが、彼がスポーツカーを運転するなかで、正蔵の軽トラックとバトるシーンがあります。
能登 三木さんと関さんでカーチェイスと言えば……。
 
―—「頭文字D」ですね。
三木 そうそう。これは原作にもあるエピソードなので、決してスタッフがかってに暴走したわけじゃないんですよ(笑)。とは言うものの、随所にネタは仕込んでいて、アニメファンもすごく喜んでくれていましたね。
能登 私はイネのお姉ちゃんのツルさんのエピソードが印象深いですね。ツルさんは認知症でもうイネのことも思い出せないんですけど、第5話で、イネが子供のころによく弾いていた「故郷」を弾くと、それに反応してツルさんが歌いはじめるシーンがあるんです。ここは何とも言えない気持ちになって、アフレコ現場で泣いてしまったんですよ。
三木 ふだんはほのぼのしているのに、急にこういうシーンが入ってくるんだよね。
能登 そうそう、本当に油断大敵です(笑)。

―—ちなみに本作は老夫婦が若返る物語ですが、お2人は若返りたいという願望はありますか?
三木 劇中の2人のように、時間軸はそのままで肉体だけ若返るとなると、ちょっと微妙ですよね。声まで20代に若返ってしまったら、今のような芝居はできないですから、それは困ります(笑)。
能登 現実的!
 
―—ではタイムトラベルで、過去に戻れるならどうですか?
三木 それでも今のままでいいかなあ。まあ、毎日のように失敗したり後悔したりはしていますけど。
能登 え? 三木さんでもそんなことがあるんですか?
三木 そりゃあ、ありますよ。ほぼ毎日、泣きながら酒を飲んでます(笑)。ただ、それでもその失敗や後悔があるからこそ、今の僕があるわけですから。
能登 なるほど。私は声優になっていない世界の自分も、ちょっとだけ見てみたいなっていう気持ちもありますね。何しろ私が役者の世界に入ったのは本当に衝動的と言いますか、たまたま友達に誘われて仲代達矢さんが主宰する「無名塾」の公演を見たのがきっかけで、そこで人生が180度変わってしまったのですから。あの時、なぜか「お芝居をせねば!」と思い込んで今にいたるので、もしあの舞台を見ていなかったらどうなっていたんだろうと思うこともあって。弟が地元の金沢で農業を営んでいるので、もしかしたら今ごろ弟といっしょに畑をたがやしていたのかなと思うと、不思議な気持ちになります。
三木 それで言えば、僕も10代のころはバイクレーサーをめざしていた時期があったので、ちょっと興味はありますね。僕の場合、サーキットデビューなるかという大切な時期の練習走行でエンジンがうまくかからず、かつ一流レーサーたちの圧倒的な走りを目の前にして、プロはあきらめ、趣味にしようと思ったんです。あの時、手間暇を惜しまずにていねいにエンジンを組み上げていれば、もしかしたらレーサーとしてデビューした道もあったのかもしれないと思うと……確かににちょっぴり見てみたい気持ちはありますね。
 
―—人生って本当に不思議なものですね、ありがとうございました。それでは最後に、作品ファンへメッセージをお願いいたします。
三木 個人的には、この作品は僕と能登くんが主役の声を担当するという時点ですごく新鮮でした。
能登 ほんと、この令和の時代にねえ(笑)。
三木 いい体験をさせていただきました。リアルタイムで視聴者さんの反応を見ながらオンエアをチェックするのが毎週の楽しみでもありましたから。
能登 私はもちろん、ほかのキャストさんやスタッフさんたちも、みんなこの作品の収録現場に来ると「なんかほっこりする」とおっしゃっていたのが印象的でした。おそらくファンの皆さまも同じ気持ちだと思います。

【取材・文 岡本大介】


■TVアニメ「じいさんばあさん若返る」
●各種配信サービスにて配信中
●Blu-ray Box発売中
 
スタッフ:原作…新挑限(KADOKAWA「コミックアルナ」連載)/監督…西田正義/シリーズ構成…菅原雪絵/キャラクターデザイン…たかはしなぎさ/サブキャラクターデザイン…濵田悠示、田邉真帆/美術監督…石田知佳/色彩設計…佐々木梓/撮影監督…田村淳/編集…柳圭介/音響監督…阿部信行/音響効果…鈴木潤一朗/音響制作…オンリード/音楽…長谷川智樹/アニメーションプロデューサー…平田実/アニメーション制作…月虹

キャスト:正蔵…三木眞一郎/イネ…能登麻美子/未乃…三上枝織/詩織…東山奈央/将太…寺島惇太/義明…興津和幸/楓…櫻井智
 
リンク:TVアニメ「じいさんばあさん若返る」公式サイト
    公式X(Twitter)・@jisanbasan_prj
 


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