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【A=A 第三回 無愛想の(再)定義】

どこにいる大学生が人生の夏休みで経験したいくつかの旅のお話、「A=A」。
前回までと、今回のあらすじ。
7年ぶり2回目の海外渡航。しかも初の単身海外でシンガポールへ。
パスポートを取得し、ついに始まってしまった海外旅行。
今回はCAさんと入国審査を通して考える「無愛想」についてと、
ちょっとした、おもしろ恥話。


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3-1.無愛想でもいいじゃない

キャビンアテンダント(CA)は、つくづく大変な仕事だと思う。不規則な時間でも、常に人々にホスピタリティーを与える。サービス業の権化、を想像していた。しかしだ。7年越しに乗った飛行機のファーストインパクトはCAだった。
僕が描いていた想像をもう少し。

「お客様。ビーフになさいますか?チキンになさいますか?それともお魚に?」
「何をお飲みになられますか?アルコールなどはいかがでしょう?(ニコッ)」
綺麗な波を打つような抑揚で、ゆっくりと話かける。こちらもつい、いつもより凛としてしまうような佇まい。

そんなシーンを想像していた。

現実は厳しい。
表情筋が殉職している、という喩えが好きなのだが、実際の殉職現場は初めて見たかもしれない。シンガポールへ行く飛行機の中、CAは表情をほぼ変えず機械的にエコノミークラスの客を捌いていた。
棒、という言葉が似合ってしまうような言葉の抑揚で、僕に至っては有無を言わず肉の機内食が目の前にボン、と置かれたのだ。なんでも理想に現実はついてこないものである。まさかシンガポールに着く前から、想像していた未来とは違う現実が待っていたとは。しかもなぜか日本人とはみなされず、ずっと英語で応対された。

こっちがCAに気を遣いまくる始末だ。もともと僕は機械をあまり信頼していないから、ただでさえ飛行機に乗るのは怖い部分があるのに、頼みの綱のCAさんまで怖いとなると僕はもうどうしたらいいのかわからない。最低限、与えられるものは与えられているし、まあ問題はないと思い直し、シンガポールに着くまで自分の作業をして忍ぶことにした。

「サービスが悪い」

そう自分が一瞬でも思ったことに違和感を覚えた。
その違和感を、飛行機の中掘り下げる。

よくよく考えてみると、これはサービス業の本質ではあるのかもしれない。
原理は、こちらが払う対価に対しそれに見合うと設定したサービスを提供するというものだ。今起きている競争のほとんどは、価格に対してどれだけ満足感のあるパフォーマンスを出せるかという競争。皆が価格に対する高満足感を争っているから、どんどん提供されるものの方ばかりがいい方に先鋭化している。そういう独自性や新しさを競い合う社会の仕組みの中に、彼らもいるし、僕もいる。
そもそもエコノミーという言葉の意味は、経済的である、つまりは価格優先ということも言える。どんどん高くなる提供物を何も考えずに受け取っているから、僕らは逆にそれより低いものに敏感になる。
仕組みの問題でもあり、我々の感度や視野の問題でもある。だから別にこのAIアテンダントさんたちは、何も悪くない、のかもしれない。でも一瞬でも失望してしまった自分は、まさにこの社会の仕組みに侵されているのかもしれない。


ここは人それぞれ考え方が違うところだ。だからいつまでも争いは無くならないし、かろうじて全体主義にもならなくて済んでいると僕は本気で思っている。
カッコつけたことを考えているうちに、眠気が襲ってきた。

CAさんのアナウンスで目が覚める。もう飛行機は着陸態勢だ。
シンガポール、チャンギ国際空港が近づく。深夜0時30分。
オレンジ色の街灯がそこら中に灯り、街の様子は暗闇に包まれほとんど伺えない。
飛行機を降りる準備を整え、改めてシートベルトを締め直した。
飛行時間は7時間程度で、思いの外長く感じた。

「ドン」

鈍い音が足元から轟き、多少の衝撃を感じた。無事に着陸。
柔らかい着陸は、衝撃が少ない分難易度が高く危険を伴うという話を聞いたことがある。あれは今思えばある意味安全な着陸だったのかもしれない。

「ありがとうございました」

僕に一度も笑ってくれなかった日本人CAさんに、満面の笑みをたたえて感謝を伝え降機。これでいいと思う。

3-2 無知すぎるゆえ

東南アジアは、発展途上の後期だが、まだまだ未発達、というイメージを持っていた。しかし空港に降り立つと、成田空港以上に建物が近代的だった。そして予想以上にあらゆる国の人々が行き交っている。直感的に何かがここから始まっていくというような、新しく熱い風を感じた。

ここでまた事件が起きる。入国審査である。
予備知識を入れずに行ってしまったため、一体何を聞かれるのかわからなかった。
相対するのは、これまた無愛想で眉間に皺の寄ったおばさま。
何も言わずに僕の差し出すパスポートを奪い取り、じっと眺めている。
沈黙に思わず生唾を飲んだ。すると次の瞬間である。

今まで無愛想だったおばさんが、突然右手の親指を突き出して僕に合図を送ってきたのだ。予備知識のない僕。頭上に典型的なはてなマークが浮かぶ。そして考える。なんだ、おばさんいい人じゃないか。別に渡航歴があるわけじゃないし、怪しそうじゃないし、僕を優良な外国人だと思ってくれたのだ。それゆえのGood、か。僕は右手の親指を突き出し、ありがとう、と愛想たっぷりに答えようとした。
まさにそのムーブに入った瞬間、

「No!!」

と言ってもう一度親指を突き出してきた。怖い。完全に思考停止である。え?と呆気にとられた顔をしていると、今度は両手の親指を突き出して、下にある機械に目配せしてきた。

やばい、やってしまった。入国の時に指紋を取るということを忘れていた。
急に頭に血が上り、顔が真っ赤になった。口だけ必死に動かし、

「Ahhh ,sorry,sorry」

となんとか陽気に切り返し、パッと指紋を取る。そしてそそくさと逃げた。
何事もはじめが肝心なのに。鼻をへし折られた、を通り越してもはや笑いが止まらなかった。これ以来、友人との会話や飲みの席で海外の話になったら、だいたいこの話をするようになった。ありがとういつかの俺。