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新聞社が「ネット向け」に書いたら Yahoo!ニュースとの共同企画【平成の事件】で感じた現実

Yahoo!ニュースでは、配信いただく媒体社との共同・連携企画に取り組んでいます。シリーズ「平成の事件」は、元号が令和に変わる直前の2019年2月から4月、「平成」という時代に起きた事件が、社会にどのような課題を突きつけたのかを振り返る企画です。神奈川新聞社では、Yahoo!ニュースと取り組んだ計12本の記事を2019年度の新聞協会賞「企画部門」に応募しました。この企画を通し、どのようなことを感じたのか。前報道部長の渋谷文彦さんにつづってもらいました。

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(新聞協会賞「企画部門」用の冊子)

断る理由はいくつもあった。懸念や批判も出るだろうと思った。だが、これは絶対に受けようと即断した。改元直前、2019年4月から実施した神奈川新聞社とYahoo!ニュースの共同企画「平成の事件」を、持ち掛けられた時のことだ。

19年4月は、地方紙にとって非常に重い時期だった。4年に一度の統一地方選挙と過去に例のない改元への対応が重なり、取材現場には過重な負担が掛かっていた。そんな中でやってきた共同企画の提案。想定通り、報道部内からも「ヤフーとの共同企画をやったら、統一選報道が薄くなります」といった懸念や指摘が出た。

共同企画でメインとなるであろう記者は、報道部の遊軍2人。従来通りなら、選挙で論点となる少子高齢化、人口減少、格差といったテーマを、足元から問う役回りをするはずだった。どれも重要なテーマであり、できることなら両立したかったが、報道部と支社総局が総動員で取り組む統一地方選の最中、しかも改元企画も進める中では選択せぬまま進むのは困難と考えた。

優先させたのは、共同企画。人事交流などを通し、ヤフーは社会や個人の課題解決にニュースを役立てたいと真剣に考えていると聞いていた。思いが共有できるなら、新たな取り組みを行ってみたい。きっとその先に、道は開けるだろうと思った。

一方、部員からの懸念も、もっともなものだった。だから、責任の所在を明らかにすることが何よりも必要と考え、「批判が出ても、全ては俺に対する批判だから、気にしなくていい」と言明した。私の上司だった統合編集局長もデジタル展開には前向きで、腹をくくることができた。

対象とした事件は、死者19人、負傷者26人に上った相模原障害者施設殺傷事件、あおり運転に起因した東名高速での一家死傷事故、11人が犠牲になった川崎の簡易宿泊所火災、神奈川県警不祥事、横須賀の米兵強殺事件、川崎中一殺害。平成に神奈川で起き、市井の人々の記憶に刻まれた歴史的事件で、計12本の記事を配信した。

平成を振り返る紙面企画にもともと入っていた事件もあるが、ヤフーと協議をする中で加えた事件もあり、ネット限定で掲載した記事もあった。掲載時期は全体的な紙面計画に応じ、紙面が先行するケースと、ネットが先になる場合とまちまちだった。

取材・執筆した記者は8人で、「10年以上も音信不通だった旧知から連絡がきた」「学生時代の友人、前職の上司や取材先をはじめ、業種や年齢を超えて幅広い層から反応があった」といった反響があり、それぞれ手応えを実感した。19回にわたる接見や、被告が描いたイラストを含む34通の手紙のやりとりから被告の実像と心の闇に迫った相模原障害者施設殺傷事件の記事には、大手出版社から書籍化の話が持ち込まれた。

私自身も執筆陣に加わり、神奈川県警の不祥事を題材に3本の記事を書いた。掲載は紙面が先で、20日ほど後にヤフーと自社ホームページのカナロコにアップされた。取材をした関係者や当局者からの反響は紙面掲載の直後に来たが、ネットへのアップ後、特に2つ、印象に残ることがあった。

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(紙面で先行掲載し、共同企画でもアップされた神奈川県警不祥事の記事)


1999年9月から相次いで発生、発覚した神奈川県警の不祥事は、現職警官が殺人、収賄、窃盗、強制わいせつなどの罪を犯し、県警が組織ぐるみで現職警官の覚醒剤使用をもみ消していたことが発覚した。覚醒剤使用の隠蔽(いんぺい)事件では当時の県警本部長ら5人が有罪となり、戦後の警察史上、最悪の不祥事と称された。


私はこの記事を通し、捜査当局とマスコミ、キャリアとノンキャリア、さらには、組織と個人のあり方を問いたかった。ネットにアップされて程なく、現役の監査役で公認会計士事務所の所長を務める方が「大変良い記事がありました。ぜひ全文をお読みいただきたい記事です。不祥事と組織の関係について非常に強い示唆が含まれていると感じます」とブログにつづってくれた。

届けたいと思っていたことが、届いて欲しいと思っていた層に刺さった形だが、あらためて現実を突き付けられた。この方の事務所は、横浜にあった。共感してもらえる記事なのに、紙面だけでは、神奈川新聞の足元で仕事をするこの人に、届けることはできなかったのだ。深刻な新聞離れの一端がここにもあった。

もう一つは、県外からの反応だった。私は記事中に、当時一緒に取材をした上司のことを書いた。県警幹部からの揺さぶりで私がぐらつく中、き然とした対応を貫いた方だが、残念ながら今年3月下旬に急逝してしまった。その方の親族と会った際に当時の姿を話したところ、「この前ヤフーに(故人から)聞いていた話が載っていたので、懐かしく思っていました」と、仰ってくれた。地理的な制約から紙面が届かないエリアで、思いも寄らぬ関係先に、届いていたのだ。

他社が歯がみをするような特ダネでも、読まれなければ意味がない。どんなに思い入れがある労作でも、届かなければ意味がない。ヤフーという天網は恢々(かいかい)かつ密であり、漏らさぬ可能性がとても高くなる。しかも、そのプラットフォーマーと思いや理念を共有できているなら、こんなにうれしく、有難いことはない。今後も手を携えることができるよう、地方新聞として、愚直に、謙虚に、そして変化を恐れずに、歩んでいきたい。

神奈川新聞社・前報道部長 渋谷文彦

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