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記者はみんな、Twitterをやればいい――相撲ファンに愛されるスポーツ紙デスクの発信術

「私は『書ける力』を出し切るために記者はみんなTwitterをやったらいいと思いますね」
新聞記者がTwitterを使って情報発信することは、珍しいことではありません。日刊スポーツのデスク・佐々木一郎さんもその一人ですが、佐々木さんのTwitterは「相撲」一色でユニークな投稿も多いのが特徴です。相撲ファンに愛される投稿の秘密や記者が紙面以外で発信する意味を聞きました。

発見の連続、紙面に載せきれないニッチすぎる情報も喜ばれた

――フォロワー4万6千人を超える佐々木さんのTwitter。スタートさせたきっかけは何だったのでしょうか。

始めたのは2011年1月からなんですが、前年に相撲界は野球賭博問題で批判を浴び、客席はガラガラで人気が低迷していました。そういう状況を打破しようと、春日野部屋が力士にTwitterを始めさせたんです。部屋のマネジャーがアイデアマンで、「力士も発信する時代だ」と。記者としては、取材相手がそういうことを始めたのならと、私自身もやり始めたんです。

――内容はストレートニュースや日刊スポーツの記事を紹介するといったことがメーンですが、中には「場所のポスター写真を飾る力士を推理する」投稿といったものもありますね。

ニュースを伝えるだけじゃなく、ちょっと変わったことをやってみると、こんなところにニーズがあるのかと発見があります。Twitterをやっていたよかったと思うことの一つですね。以前、元横綱で相撲解説者・北の富士勝昭さんが稽古を見に来ていらしていたので、感想を聞いてそのときの写真をアップしたんです。そうしたら、その投稿に思わぬ数の「いいね」がついて、「北の富士さん、こんなに人気あるのか」と。

――ダイレクトに反応がわかる反面、ユーザーとの距離が近くなることによる「怖さ」はなかったですか。

始めた当初から、そういうのはあまりなかったですね。相撲協会からはメディア向けのリリースはありましたが、Twitterなどネット上の情報発信はなかった。そのリリース自体、紙面には限りがあったのですべて載せることはできず、載せきれなかったことをTwitterで発信していました。

ただ、中には「協会の人事に関することをあなたが発信していいのか」と、反発がありました。しかし、それ自体オフィシャルの情報なので、別に外に出してもいいこと。それまで紙面に載らなかったすごくニッチ、例えばある呼び出し(※1)が序ノ口から序二段に上がったとかそういうニュースです。こういうものはこれまで表に出ることがなかっただけに、反発があったのかなと思います。一方でニッチな情報を喜んでくださるファンもいて、新聞に載らない小さなニュースでも重宝してくださる方はいるんですよね。
(※1)対戦力士の呼び上げや懸賞幕の出し入れ、土俵づくりを行う役割

――どんな情報でも求めている人はいると思ってのTwitter、なのですね。

根本は相撲を好きになってもらいたいとの思いで続けています。それが巡り巡って日刊スポーツのためにもなるだろうと。ただ、ずっと悩んでいるのは、個人でどこまで出していいのかと。日刊スポーツの記者なので、何かあれば紙面やウェブに書くのが本筋。その上で何をTwitterで発信するのか。闇雲に個人でなんでも発信してはダメだと思っています。

とはいえ、やっている本人が楽しいと思ってやらないと、続きませんよんよね。そのさじ加減は常に考えていて、今もその途中ですね。

実名だけど自分を出し過ぎない、Twitterも相撲が主役

――相撲界のデジタル化はどのような状況でしょうか。

協会のTwitterは2011年10月に始まり、今ではYouTubeチャンネルもあります。場所中はAbemaTVが面白い番組作りをしていますよね。ただ、すべてのデジタルコンテンツが相撲にフィットするかは、なんともいえません。伝統を守り続けることも大相撲の魅力です。すべてをさらけ出すことがいいのか悪いのか、さじ加減は難しいと思います。

――なぜでしょうか。

力士の素顔や場所中以外の姿をファンは見たいかもしれません。ただ、「力士には神秘的な部分があっていい」と稀勢の里(現荒磯親方)が話していたように、多くを語らないところが魅力でもあります。例えば、取組が終わるごとに毎日、「きょうは応援ありがとうございましたー!」と言われたら、ちょっと興ざめしませんか(笑)。そこはバランスですよね。

Twitterで発信することはいい、でもすべてさらけ出すのとはまた違う。私もそこを心がけてTwitterを続けています。相撲人気が下がったころは、「敷居は高くないですよ」「面白いですよ」とTwitterで発信していましたが、行き過ぎはダメだなと。

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2018年1月、稀勢の里が明治神宮で奉納土俵入り。相撲には神事との結びつきが強い面がある(写真/Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

――投稿が行き過ぎないようにご自身で気をつけていることはありますか。

できるだけフェアに、事実を色をつけずに書いてます。Twitterを面白くするには、私が意見を書き連ねて、その上でユーザーとやりとりするのがいいかもしれません。でも、私のTwitterは、相撲を好きになってもらうことが軸。ジャーナリスティックに良し悪しを伝えることではないんですよね。さらに言えば、力士と自撮りしてアップしたり、関係性をアピールしたりもしない。

まあ、裏を返せば「安全運転」です(笑)。これもまた長く続けるコツですね。フォロワーのみなさんは、私のTwitterの世界感をわかってくださっていると思っています。相撲界で何か起きたときには決して逃げているわけでもなく、1行で事実だけを伝えて、日刊スポーツの記事も紹介しています。

――所属の会社、個人名を明記した上での投稿なので、当然責任が伴いますから、そういうルールは必要でしょうね。

当初、力士たちの投稿を見るだけだったので匿名のアカウントでしたが、やり始めてから半年後くらいにある出方さん(※2)から「メディアの人がTwitterをやるなら、実名のほうがいい」とアドバイスをもらってから名前を出しています。ただ当時、会社には社員のTwitter運用に関する明確な規定がなかったので、自分で設けるしかなかったんですよね。
(※2)相撲茶屋の店先で客を席に案内したり、飲食物の注文を受けたり、お土産を運ぶ役割

日刊スポーツの看板があるから、私はいろいろな情報を手に入れられます。それを披露する場は紙面やウェブであることが大前提で、まずはそこに向けて書き、その先にTwitterがある。でも、それでは速報という点では遅いですよね。なので、引退や訃報といった大きなニュースがあれば、まずはTwitterに事実だけを流して、「詳細はのちほど」と加える。ウェブの記事が出来上がったら、さらにそれを伝える。この流れが、今はベターかなと考えています。

紙面では出し切れていない記者の力、Twitterは武器

――Twitterを始めて9年、ご自身の運用や考えを柔軟に変化させていますね。

このnews HACKの別記事で明石ガクトさんが、「個人が大きな発信力を持てるようになり、さらに個人の発信力が高まるほどその人物を輩出したメディアも影響力を高めるはずです」と、おっしゃっています。

本当にこの通りです。記者は書く訓練を毎日受け、「書ける力」を備えていますが、その力をすべて紙面で出し切れているとはいえません。また、記者はどうも職人気質で、自分からネット上に発信することをどこか恥ずかしがっています。私は、「書ける力」を出し切るために記者はみんなTwitterをやったらいいと思いますね。

――記者にとってTwitterが、スキルを伸ばす手段であり、メディアの武器の一つというわけですね。

発信力を持った記者が集まれば、すごいパワーになるはず。新聞業界は部数が下がり続けている現実がありますが、その打開策の一つにもなるとも思います。書いたものを読んでくれ、という待ちの時代ではありません。

また記者は、取材内容でどれだけの紙面の分量になるかが、なんとなくわかってしまいます。そうなると、そこで取材をやめてしまうことがあります。でも、Twitterをやっていると、「Twitter用にこぼれ話、聞いちゃおうかな」と、取材が能動的になるきっかけになることもあるんですよね。それが別のニュースの種になり、人脈にもつながります。ぜひ、記者はTwitterをやってほしい。でも、フォロワーを増やすことに躍起にならない、「いいね」を欲しくならないのが、大事です(笑)。

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2010年から3年間、相撲担当記者だった佐々木さん。現在の立場はデスクだが、合間を縫って相撲の現場から得た情報をつぶやき続けている(写真/ご本人提供)

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