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わかりやすい説明をするための考え方

 話し方や雑談のノウハウ本が本屋でよく見かける。ノウハウ本は総じて内容の薄いものが多い。言語化の仕方が一つに定まらないことで、修辞次第で当たり前のことをさも重要なことかのようにまとめられるからである。「主張を3つに整理しなさい」、「声のトーンを操りなさい」、「ボディーラングエージを取り入れなさい」など、パッと思いつくだけでそれらしい本のタイトルが思い浮かんでしまう。焼き直しが多く寿命の短いビジネス書の代表的なテーマである。

 技術を「コツ」や「ポイント」を列挙して本にするのはいかがなものかと思う。ノウハウの元になる考え方を押さえておけば、フィードバックをする基準を自分の中に持つことになり、自ら学んでいけるはずだ。半導体の開発をするためには固体物理学などの基礎科目の習得が必要で、いきなり「電気伝導性の高い物質を作るためには〜」という議論を始めると混迷を極める。少し脱線するが、政治や政策のネット上の議論は、基礎的な学問の土台がない人が、問題意識がズレた意見を主張することによってカオスな状態になっている。安全保障の話をするならそれに関する書籍を5冊くらいは読まないと有意義な議論はできない。それも、問題意識が先行している本ではなく、アカデミックな本を読んでおくべきだ。問題の解決を試みる前に根本的な考え方を学んでおく必要があるのだ。

 そこでいろいろな本や家庭教師・塾講師の経験を参考にして、「分かりやすい説明をするための考え方」と題して整理してみようと思う。

 大前提として、説明をするときには情報格差が存在する。ここで、伝え手側の頭の中に受け手を招待するのではなく、受け手の頭の中に飛び込んで説明することが重要だ。

 私のように理系分野で学んでいると大きな勘違いをしがちである。「分かりやすい記述・記録が分かりやすい説明と同義だ」という勘違いだ。論文やテキストには、ロジックに抜けがなく体系的な記述が求められている。しかしそれは、論文やテキストがもつ役割が説明とは異なるからだ。

 友人に「暗号資産ってどんなものなの?」と訊かれたとする。ここで、「そもそも暗号資産の成り立ちは、、」とか、「どこまで暗号資産と言えるかには定義が難しくて、、」という話は必要ない。むしろ、求められているのは、筋の通ったカタルシス的な面白さなのだ。「なるほど〜おもしろい!!」と気持ちよく言える説明が求められている。相手の頭の中がどうなっているかを知り、痒いところに手が届くような説明が理想的だ。

 営業や広告のように、積極的に求められていない説明に関しても同じことが言える。この商品を手に入れることで買い手はどんな良いことがあるのかを、買い手の頭の中に飛び込んで訴える必要がある。就職活動での自己PRもそうだ。応募者は自分のアピールポイントを面接官に説明する。自己分析を重ねて、自分のあらゆることを漏れ無くダブりなく(MECE)のフレームワークで整理する。その上で、相手の頭の中を想像してアピールする事柄をデザインする。

 相手の頭に飛び込んで説明する技術はあらゆるところで求められる。雑談でも説明をする機会は多い。独りよがりなコミュニケーションにならないために、この考え方はぜひ身につけておきたい。

 では、相手の頭に飛び込んで説明する技術には何が必要なのだろうか。それは共感能力だ。共感能力を高めることで相手の考え方や気持ちを汲むことができる。共感能力は感情を共有する能力であり、ドラマや映画、アニメ、小説などで鍛えることができると言われている。

 共感能力や協調性高さと収入には負の相関があると言われることがある。ときに冷淡な判断が合理的な選択を可能にするということらしい。しかし、これは共感能力を高める努力をしない理由にはならない。共感能力が高いことと、その能力を使うかどうかは別の問題だからだ。

 このように、説明することは相手に共感し、聞き手の側に立って話さなくてはならない。相手のカタルシスを引き出すと言い換えてもいい。歌手・作曲家の織田哲郎氏は、作曲の極意を「小さな問題を起こして、解決する。それが曲全体で大きなカタルシスになる。」と言う。説明の気持ち良さが名曲を聴くような気持ち良さのようになればいい。

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