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性やカラダの悩みを「しかたない」と我慢しない未来へ。当事者性と客観性を持って取り組む #しかたなくない プロジェクトの裏側

2021年12月、渋谷駅周辺に #しかたなくない というコピーが書かれたポスターが複数貼られ、駅前では同タイトルのフリーペーパーも配布されました。

2021年12月に展開した渋谷109前の屋外広告
「#しかたなくない プロジェクト」の第一弾として制作されたフリーマガジンの創刊号

「PMSをわかってくれないのは、しかたなくない」
「男だって体の悩みを言いにくいのは、しかたなくない」
「ピルへのハードルが高いのは、しかたなくない」

マガジンやポスターは、これまで社会が漠然と受け入れてきてしまった課題に対して、ストレートな疑問を投げかけています。

このプロジェクトを立ち上げたのは、ピルのオンライン処方サービス「スマルナ」を運営する株式会社ネクイノと、一般社団法人渋谷未来デザイン。私たちNEWPEACEは、株式会社コネル(Konel)と共に、本プロジェクトの企画プロデュースとクリエイティブを担当しています。

NEWPEACEのプランナー田中佳佑(写真左)と、社内のクリエイティブスタジオ「REING」のプロデューサーユリアボ(写真右)の二人に「#しかたなくない」プロジェクトの発足経緯についてインタビューしました。

ピルや生理、ジェンダーなど、現代の日本ではセンシティブとも捉えられる内容をどのような試行錯誤の末に、渋谷の中心で大規模な屋外広告として展開できたのか。NEWPEACEの強みを最大限に活かした総力戦ともいえるプロジェクトの舞台裏に迫ります。

※「#しかたなくない」の最新アクション「性共育プロジェクト」は2022年5月15日から始動します。詳しくはこちら。

ピルに対して抱かれる後ろめたさとどう戦うか


ーー今回のプロジェクトは、企業のプロデュースワークを行う「Visioning®︎ Firm(ビジョニングファーム)」と、多様な個の在り方を尊重するクリエイティブスタジオ「REING(リング)」、NEWPEACE内の二つのチームを横断して進められました。どのようなきっかけからプロジェクトが始まったのでしょうか。

田中佳佑(以下、田中):今回のプロジェクトは、ネクイノさんのブランドクリエイティブを担当しているコネルさんから「スマルナ」のコミュニケーションで悩んでいると相談をもらったことが始まりでした。「スマルナ」はピルのオンライン処方サービス。今の日本ではセンシティブなテーマとされているし、当事者視点が必要だと思って、「REING」チームに声をかけたのを覚えています。

田中佳佑。「ビジョニング」という独自の手法で企業のプロデュースワークを行う Visioning Firmのプランナー/プロデューサー。 

ユリアボ(以下、アボ):これまでも「REING」の案件に佳佑さんをアサインさせてもらって、一緒にクリエイティブを作ったケースはありました。でも「REING」が逆指名的にアサインされたのは今回が初めてじゃないかと思います。

ユリアボ。多様な個の在り方を尊重するクリエイティブスタジオ「REING」のプロデューサー。ジェンダーやセクシュアリティも含め、多様なバックグラウンドを持つメンバーたちと、雑誌『IWAKAN』の出版やプロデュースワークを行なっている。

――どんなオリエンや提案を経て「しかたなくない」というキーワードに辿り着いたのでしょうか。

田中:ネクイノさんからオリエンを受けた時点で「スマルナ」の顧客インサイトや、ピルを使っている人の声がデータとして揃っていました。日本では「ピルを使っている人は遊び人だ」と偏見を持たれがちであり、その印象もあって、親に隠れてこっそり注文していたりする人もいるんです。

世間が抱いているピルに対するイメージを変えない限り、「スマルナ」というサービスをストレートに訴求しても、届くべき人のところまで届かない。そこで、どういったコミュニケーションなら精神的な障壁を取り除くことができるのかを、考えるようになりました。

アボ:最初は「ピルを自分の意志で選択しているんだ!」と前向きに発信する意味をこめて「Pill is My Will」というコンセプトを提案していたんです。でも、議論を進めていくうちに、そのコピーではピルを服用する当事者の中だけで閉じてしまうし、社会全体が持っているピルへの偏見を覆せるほどのインパクトは残せないのではないか、という話が出てきました。

この時点で渋谷で屋外広告を掲出することは決まっていましたし、せっかくそこまで大規模にやるのなら訴求先を女性に限定するのではなく、それこそジェンダーやセクシュアリティに問わず、多くの人に「自分のことだ」と思ってもらえるような強度を持ったコンセプトにしよう、と方針が固まっていきました。

渋谷の街中でも埋もれない普遍性と強度を持ったコピーを作る

――プロジェクト名にもなったコピー「#しかたなくない」は、汎用性も高いし、メッセージとしての強度もありますね。

田中:メインコピーはコピーライターの小山佳奈さんにお願いしました。企画書に「仕方ないで終わらせない」と書いていたんですけど、小山さんにその書面を見せたところ「ああ、答えはこの中に書いてありますね」と言われて。それで「#しかたなくない」というコピーが生まれました。あれはまさに、コピーライターの手腕でした。

――実際に掲出されたポスターを見ると、メインコピーである「#しかたなくない」の上部に空欄があり、そこに任意のテーマを書き込めるようになっています。最終的には12のテーマが選ばれていますが、選定基準はどのようなものだったのでしょうか。

田中:どのような人にどんな深さまで届けるべきかは、ひたすら議論を重ねました。普段からこうした社会課題に向き合っている人の目線に合わせるのか、それとも普段は何も意識せず素通りしている人にまで見据えるのか。知識の格差もある中でどこを中心と捉えるのかは、かなり悩んで決めました。

田中:テーマ選定のポイントは二つです。一つはいろんな人に「自分のことだ」と思ってもらうために、当事者の視点だけではない、多様な視点を持ったテーマを選ぶこと。もう一つは、あくまでもピルのオンライン処方サービスである「スマルナ」およびネクイノさんの事業領域に関連する範囲に納めること。

広げてしまえば地球環境や就活だって「しかたなくない」ことばかりだし、テーマとして挙げることもできます。でも、実際に解決に向けた行動やサービスが作れないのであれば、それはただの綺麗事に過ぎません。

ネクイノさんはこれまでの実績として「スマルナ」のようなピルのオンラインサービスを運営したり、生理用ナプキンをトイレで無料受け取りできるデバイスの開発を始めたりと、本気でこれらの課題に向き合ってきました。その真摯な姿勢を伝えるためにも、意義のあるコピーとともに、ネクイノさんとして本当に解決したいテーマを挙げるようにしていきました。

アボ:特に前者の「当事者視点」についてはしつこいくらいディスカッションを重ねました。こうしたメッセージを発信するときに、誰かを否定したり「◯◯が悪いからこういう状態なんだよね」と悪者を作るような表現をしたりしないことを「REING」では大切にしています。自分たちがこれまでいろんなジェンダー、セクシュアリティにおけるマイノリティ性を持った人たちの話を聞いてきたからこそ、その人たちの立場になって見たときに誰かを傷つけていないかを考えていきたいし、ネクイノさんに提案する直前まで議論を重ねていました。

12のテーマのうちの一つ、「避妊してくれないのは、#しかたなくない」も、最初は「彼が」などの主語が入っていた。「それだと男性が前提になっているし、『彼』がなんで避妊をしないのか、その背景もわからないのに一方的に男性を悪者にして、女性はそれを一緒に考える権利すらない、みたいなニュアンスにも捉えられてしまう。『男性主体の避妊』を前提にしたコミュニケーションはしたくなかったので、最後までチューニングを続けていました」(アボ)

ーー12のテーマの中には、「スマルナ」だけでは直接的に解決できない社会問題も見受けられます。

田中:オンラインでピルを届けるというサービス自体ではできることが限られていますが、たとえばピルに関連する「避妊」や「セックス」の話は現代の日本ではタブー視されていて、それがもう一つ連鎖すれば、今度は男、女による役割分担の話に紐づいていきます。このように、現代の社会課題はいずれも連鎖しているので、直接的には解決できない問題でも実はテーマとしてはゆるく繋がっているんです。ネクイノさんもその理解があったので、12のテーマに決めることができました。

「っぽい人」に頼らない本質的なクリエイティブ


――普遍性もあり強度もある「#しかたなくない」というコピーを、ポスターやフリーペーパーという形でクリエイティブに落とし込むのは大変だったのではと思います。
 

田中:このようなテーマなので炎上する可能性もありますし、逆に、道行く人には全く響かない可能性もあります。自分の中で「わかりやすさ」と「繊細さ・複雑さ」を縦軸に、「明るさ」と「重さ」を横軸にイメージして、重々しく警告するように伝えるのか、もしくは明るく吹っ切れたトーンにするのかを決めていきました。

ーー完成したものを見ると、かなりポジティブな色使いや写真が使われていますよね。

田中:誰かを責めたいわけじゃないので、今回は明るく言うべきだ、と最初から思っていました。そのイメージは最後までブレることがなくて、結果的にめちゃくちゃポジティブな色使いにしましたし、12パターンのビジュアルも「しかたなくない」の先にある日常を過ごしている設定で、明るい印象のものを選んでいきました。 

アボ:ビジュアルデザインは上西祐理さんに手がけていただきました。佳佑さんと上西さんがクリエイティブのテンションを明確にしてくれていたから、制作は動きやすかったです。

キャストさんへのオリエンテーションの際にも「なんでも明るくオープンに、みんなでポジティブに話そうって感じではないのだけれど、必ずしもシリアスな顔をして話さなきゃいけないことでもないんじゃないか」という絶妙な間を、できるだけ丁寧に説明していました。方向性が明確に決まっていたので、表情のバリエーションも多くは撮らなかったんです。12のテーマ全て、希望を見出せるように5名のフォトグラファーたちに表情を引き出していただきながら、撮影していきました。

―炎上せず、でも、届けたい人にきちんと届くものを作るのはとても難しいと思うんです。留意したポイントなどはありましたか?

田中:僕自身が「いいな、これ」と思えることと、「REING」のように常に多様な視点を持って活動している人たちが違和感を抱かないこと、そして、多くのメッセージが溢れる中で埋もれずに新しく見えることを意識していました。

「REING」チームは普段からジェンダーやセクシュアリティなどの分野に対して課題意識を持っているし、やらなきゃいけないことがはっきりと見えているんですよね。ただ、今回はピルを服用している当事者以外にも訴求しなきゃいけないわけで、そういった意味では、ちょうど僕はターゲットとなる人たちに考えが近いんじゃないかと思ったんです。

誤解を恐れずに言えば、平凡な、社会課題に対して日常的に考えていないような人も、きちんと振り向く。そういうトーンを探ると、僕だったら説教臭いのは嫌だし、明るすぎても嫌で。そういった個人としての感覚をクリエイティブに落とし込んでいきました。

アボ:「#しかたなくない」は強い言葉だからこそ、受け手に誤解を与える可能性もあります。コピーの意図をできるだけ丁寧に伝えるために、モデルのキャスティングひとつ取っても、12のテーマに対する想いや課題感を持っている人に声をかけていきました。撮影と同時にインタビューも行い、滲み出る本音を届けることで、テーマから逃げずにクリエイティブを作れたと思っています。

最初は「性教育がテーマだし、高校生が制服姿で立っているところを撮ろう」といった案もあって、それを演じられる人をキャスティングしようとしていたんです。あとは「OLっぽい人!」とかもリストに挙がっていたんですけど、でも、そもそも「OLっぽい」ってなんだろう? と立ち止まることがあって。社会の偏見を取り除こうとするプロジェクトを進めていながら制作側も「っぽい人」とか、安易に挙げてしまいがちなところがある。そこで一歩立ち止まってみると「REING」は「#しかたなくない」のコピーのように問題意識を持っている人たちとこれまで出会ってきたじゃん、と気付けたんです。

それで、これまでお付き合いした方やサポートしてくださった方達の中から12のテーマや文脈に合った人をオファーしていきました。撮影と同時に実施したインタビューでは、一人一人に12のテーマについての考えや経験、課題感を語ってもらって、ローンチ時にWEBコンテンツとして公開しています。結果、今回の企画で「自分ではない誰か」を演じたキャストはいないし、そこに嘘がないクリエイティブを作れたんです。これは「REING」としてこれまで色々なテーマと真剣に向き合ってきたからこそだし、そこに共感し協力してくださった方達がいたから実現できたことだと思っています。

一つの合言葉の元に個が集まり、未来を変える

ーー大規模な屋外広告から始まったプロジェクトですが、良いスタートを切れたのは、クライアントの理解も大きかったのではないかと思います。

アボ:そもそもネクイノさんは女性の健康についての知見が豊富にあり、「スマルナ」だけじゃなくユースクリニック(※)の機能を備える若年層向け相談施設を運営していたり、助産師さんや婦人科の先生とのリレーションもずっとお持ちだったので、「ピルだけをプッシュする」という話にはならず「性分野にまつわる議論や対話が気軽にできる社会になったらいいよね」という広い考えが前提条件にありました。そこにかなり助けられていると思います。

(※)ユースクリニック
10代〜20代の若者を対象とした、性や避妊・妊娠について無料ないしはワンコインで助産師さんや産婦人科医さんに相談できる公的な医療機関。スウェーデン国内各地に設置されている。

アボ:あとは、クライアントワークになるとどうしても「発注する側」「される側」に立場が割れがちで、対話も最小限で、最終的にはクライアントの言うとおりに制作する、ということも少なくないと思うんです。でも今回は、議論の中で表現や言葉のニュアンスに対して「ちょっとおかしいと思うんですけど」と私たちが意見することにネクイノさんが耳を傾けてくださり、一緒に考える姿勢を評価してくださっていました。

コミュニケーションの工数的にはもっとスマートにクリエイティブを完成させる方法もあったかと思うんです。でも許された時間の最後の最後までしつこく考え抜くことに価値があったと思いますし、「ああいうディスカッションをしていること自体がすごく信頼できた」と言ってくださったのは、嬉しかったことの一つです。

――フリーペーパーに「Vol.00」と書かれていたとおり、これはゴールではなくスタートですよね。現時点で見えている次のステップはありますか?

 田中:フリーペーパーと屋外広告は、これまで気づけなかった「しかたなくない」という感情にまず気付いてもらうために作りました。次のステップは「じゃあ生活の中で変えられるものはあるか」「自分はこういうものを選んでみよう」「こういう生き方を歩もう」と、新しい選択肢を取れる社会にすることです。

そのために、まずは「しかたなくない」という考えをきちんと社会に実装する必要があります。そこで、大人や子供も境目なく、みんなで性教育について語り合って性の知見を学び合っていく「性共育」プロジェクトを作ろうという話をしています。

また、ありがたいことにプロジェクトのスタート以降、たくさんの企業から声をかけていただいています。今後「しかたなくない」の事務局として私たちがハブになって、課題意識を持っている企業や個人と一緒に活動をしたり、12のテーマのポスターから派生して13個目、14個目を作ってみたりと、プロジェクトを拡張させていく予定です。

 アボ:社会課題の多くは、一人一人が深く考えていてもなかなか連携できず、連帯せねばまとまった力になりづらいです。私たち「REING」もそのうちの一つで、私たちだけで動いても最大風速値はたかが知れています。このプロジェクトは一つの合言葉を元に、そうした人たちが集結していくような活動だと思っているので、課題意識を持った人たちのハブになれるように、まだ出会えてない人たちと出会っていきたいし、ただスマートに、上手にやるだけじゃないことを意識して行動していきたいと考えています。

企業やブランドのプロデュースワークを得意とする「Visioning®︎ Firm(ビジョニングファーム)」と、ジェンダーやセクシュアリティなど多様な個の在り方を尊重したクリエイティブを得意とする「REING(リング)」。NEWPEACEの二つのチームが協働して、コネルさんやネクイノさんと進めている「#しかたなくない」プロジェクトはまだ始まったばかりです。

5月からは、「#しかたなくない」に共感した企業や有志20名が集まり、限られた学校や企業での性敎育だけでなく、もっと身近に学び合い、深め合える 「性共育」の機会や場を、企業・学生・医師・オピニオンと共に渋谷区から広げていく「性共育プロジェクト」がスタート。11月のSocial innovation weekでアイデアの発表、実現に向けたアクションの発表を目指し、ワークショップや学びの場を設けていきます。

「性共育プロジェクト」プレスリリース

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▼発足時の想いを語った記事はこちら


#しかたなくない プロジェクト
主宰 : 株式会社ネクイノ
企画制作 : Konel + REING


Project Designer : 出村 光世(Konel)
Creative Director & Planner : 田中 佳佑(NEWPEACE)
Producer : ユリ アボ(REING)
Production Manager : 落葉 えりか(REING)
Assistant Planner : RIKU(REING)
Art Director&Designer : 上西 祐理
Copy Writer : 小山 佳奈
Planner : 加藤なつみ(Konel)


NEWPEACEでは、社会を変えていくパートナーのみなさんと、ビジョニングについて考える機会を大切にしています。
「こういうことをやりたい」という具体的なご相談はもちろんのこと、「最近こんなことに悩んでいる」「今このテーマについてどう考えているか?」・・・など、壁打ちをしてみたいこと、気になることがあれば、以下のフォームからお気軽にご連絡ください。お問い合わせはこちらから受け付けております



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