『もし僕が10歳で、今の千鳥橋にいたら』
もし僕が10歳で、今の千鳥橋にいたら。
ニンテンドースイッチを持って梅香東公園に行き、公衆トイレの裏側の椅子でポケモンをやっている。中学生ぐらいの男の子たちが公園全体で謎のラジコンを走らせていて、少し羨ましいなと思いながらチラチラ横目で見つつも「僕がやってるポケモンの方が面白いに決まっている」と思い直しつつゲームを進める。
するとラジコンが自分の足元に近づいてきて、それに合わせて中学生の男の人が走ってきた。その中学生は僕のスイッチを覗き込んで
「ポケモンしてるやん」
と言った。僕は
「そやで、今5個目のバッジ手に入れたとこ」
と伝えたのだが、「ふーん」とだけ言って走り去って行った。
それ以降中学生は話しかけてくれなくなって、だいぶ寒くもなってきたので、そろそろ帰ろうかなと立ち上がって公園を出ようとしたら、入り口の大きな木の周りでタバコを吸いながら何時間も話しているおじいちゃんたちが話しかけてきた。
「ゲームしてたんか!友達と一緒に走り回らなあかんで」
「それはあれか、スイッチか」
「寒ないの?」
と代わる代わる話す。
そして、おじいちゃんのうちの一人が
「これあげるわ」
とミカンを渡してきた。
僕は変なおじいちゃんたちに話しかけられているのが恥ずかしく、誰かに見られているのでは、と思って慌てて振り返った。ラジコンを走らせる中学生たちは向こうの方にいて僕のことは見ておらず、ほっとした。しかし、近くのベンチでTikTokの撮影をしている女子中学生たちが僕の方をチラチラと見ていた。恥ずかしくてたまらなくて、僕はおじいちゃんたちをキッと睨みつけ、早足で帰った。
女子中学生や男子中学生たちに、おじいちゃんたちと仲が良いと思われたのではないかと不安で、後ろから聞こえていたおじいちゃんたちの笑い声が家に着いてからも頭の中をリフレインしていた。
それから数日後、パーカーのポケットに入っていたミカンを発見する。黒くなって腐っていた。
その腐ったミカンを見て、ふと「このミカン、何年もこのまま置いていたらどうなるんだろう」と思った。せっかくなので、自分の勉強机の端っこの方にティッシュを引き、その上に腐ったミカンを置いてしばらく観察することにした。
しかし翌日の朝、ミカンを見ようと机の近くに行くと、なんとミカンはなくなっていた。転がって落ちたのではないかと周辺を探してもなかった。多分お母さんが捨てている。
「なんで捨てたん?」と聞いても「腐ってたやん、あんなん置いてたら虫湧くで」と言われるに決まっていた。家を出る準備を進めていくうちに徐々に目が覚めてきて、それに比例して僕のミカンを勝手に捨てたお母さんに対して腹が立ってきた。家を出る直前に「忘れ物してない?」と言われたが、それを無視して「いってきます」と言葉を投げ捨てて家を出た。
家の前には、近所をよくウロウロしている黒猫『くまもん』がいたので「俺のミカン知らん?」と聞いてみたら「ニャ」と言われた。くまもんに「探しといて!いってきます!」と伝え、走って学校に行った。
この日は学校でもずっとミカンのことを考えていた。だいぶ柔らかくなっていたので最後は水みたいになっていくのでは、匂いはどんどん強くなるのだろうか、虫はほんとに湧くのだろうか。
終わりの会が終わった瞬間にランドセルを持ち上げ、すぐに立ち上がって教室を出ようとした。するとクラスの友達に
「あ!今からうちでスマブラやらん?」
と誘われたが
「今日はあかん!ちょっと調べなあかんことあるねん!めっちゃ大事なやつ!」
と大声で伝え、走って教室を出た。
家に着いたら宿題を一瞬で終わらせ、スイッチを抱えて家を飛び出した。家の前で寝転がっていたくまもんを蹴り飛ばしそうになって「ごめん!」と叫び、そのままダッシュで梅香東公園へ。新しくミカンをもらおうと思っていた。
公園の近くまで来たらおじいちゃんたちと目が合ったのだが、ふと「いきなりミカンくださいって言ったら図々しいと思われるかな」「もしかしたら持ってないかも」と思った。そして、TikTokをやっている女子中学生、それからラジコンを走らせる男子中学生が公園にいることにも気づいてしまった。
僕は一旦様子を見ようと、トイレの裏の椅子でスイッチを始めた。ポケモンで雑魚を倒してレベル上げをしつつ、おじいちゃんたちとラジコンをチラチラ見ていると、後ろから
「対戦しよ」
と話しかけられた。振り返ると、昨日の中学生がスイッチを持っていた。僕は
「ええで!」
と即答した。
しかし、精一杯育てたポケモンで戦ったものの、中学生のポケモンはめちゃくちゃ強くてボコボコにされた。中学生は静かな感じで
「もっかいやろ」
と言ってきたのでもう一回やったが、またボコボコにされた。
僕が2回ボコボコにされた後、中学生は
「また今度やろ!」
と言いながら立ち上がった。僕はもうちょっとポケモンの話がしたかったのだが
「うん」
と答えた。
すると、その中学生が
「あ、そうや」
と自分のポケットに手を入れ、ミカンを取り出した。よく見るとちょっと腐っていて、
「あそこのおじいちゃんたち、めっちゃミカンくれるんやけど、何個も家にあるから一個あげるわ」
と言いながら、腐ったミカンをくれた。
中学生はすぐに立ち去っていきそうだったので、僕は咄嗟にあわてて
「ミカンって腐ったらどうなるん?」
と聞いた。すると中学生は
「知らんわ!明日もポケモンやろ!」
と言って、手を振りながらラジコン集団の元へと戻っていった。
僕はもらったミカンをちょっと握ってみて柔らかくなっていることを確認した。やっぱり腐ってるな、と思った。そして、早く帰ってミカンの隠し場所を考えないといけない、その上で急いでポケモンを育てないといけないのだ。
やることがたくさんあるので、急いで立ち上がって早く帰ろうと走り出すと、昨日のおじいちゃんたちに呼び止められ、
「ミカンいるか?」
と言われた。
中学生たちもこのおじいちゃんたちにミカンをもらっているのだと知ったので、”恥ずかしい”という気持ちは全くなくなり、
「ありがとう!」
と言いながらもらった。
後ろから聞こえるおじいちゃんたちの笑い声を聞きつつ、左右両方のポケットに入ったミカンをわっさわっさ揺らしてスキップをしながら家へと向かった。
僕はまだ10歳、千鳥橋で暮らす小学5年生。
さぼてん堂/SABOTEN MUSIC
こすけ