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右ならえを辞めて、心地よい継続をしようと思った

「表現がしたい」
これはきっと、人間の誰しもがはるか昔から感じてきたこと。
それは生命の活動であり、コミュニケーションであり、文化となりました。


表現を円滑に行うため、世には実に色々なツールが生まれたもので。それなりにちょこちょこと試してみました。色んな人に知ってほしい事業が生まれたことをきっかけに、食わず嫌いは勿体無いぞと思ったからです。試してみた先にはもちろん、新しい出会いも嬉しい展開もたくさんありました。

そんな中ふと昔むかし、暇で仕方なかった留学時代にひたすら描いていた絵日記、ひたすら撮っていたフィルムの写真が出てきて、当時を思い出しました。

そうしたら、そのあまりの心地良さにびっくりしたのです、
とても。


2011-2014、イギリスに3年住んでいた間。ノートとジャンク品のフィルムカメラをいつも持ち歩いて、いいなと思ったものはぜんぶ描いて、撮っていました。

上手い下手、とかはどうでも良くて(これをどうにかしようとなんて思ってもいないから)、
ただ気持ちが良かった。
手を動かしてる時、とてもしっくりきた。


そうしてこの数ヶ月、いや数年を振り返ると、
随分と「右ならえ」になってる所が多くなっていたなあ、と気付きました。年柄とかご時世柄も相まって、「世間では今これが主流らしいから見ておこう、やっておこう」が選択の基準になっていた。食わず嫌い克服はよかったけれど、その先に意思が無くなってきていた、というか。

例えば慣れないヒールを履いて背伸びした先、見える景色もきっとあるんだけど。
どんな表現が自分にとって心地良いか、素直になろう。
ポイントは「楽なら良し」じゃなくて、
その中でちゃんとオシャレするよう心がけて、そして続けることが大切なのだ、と思ったのです。


というわけで、
私も時代の波に乗ってnoteで素敵な文章を書いて、日々更新していきたいなと気合を入れて始めたけれど、
つまりのところ、ちょっと違ったみたいです。ちょっとというかだいぶ、違った!恥ずかしいけれど、仕方ない。

じゃあやめるか、というとそうではなく、
赤裸々な絵日記と下手くそなフィルムカメラを復活させて、それをここに載っけていこうと思います。

それでどうなる、どうしたいということは全くないのだけれど、
自分の表現を人に見てもらうことはやっぱりすごく嬉しいのと、
おばあちゃんになった時に自分の生き様を振り返って笑いたいから、そう思うとこうしたSNSは、とてもありがたいものです。

そうやって生活を、人との関わりを、そして表現する喜びをなるべく丁寧に楽しみたいなと思います。

ツヅケ!

ありがとうございます!!
「多世代・多業種の協働」をモットーにデザイン・アートプロジェクトを実施する会社です。 障害を持つイラストレーターとのデザインチーム「想造楽工」を主催しています。 ニューモア→https://newmor.net 想造楽工→https://sozogakko.com