見出し画像

MICRO BLACK HOLE 2022年02月

新作を熱く語るBLACK HOLEと並行して、面白かった新作を広く紹介していきます。小説に限らず、映画やマンガ、アニメなど、更新月含め二ヶ月間で発表された新作を手広くレビュー。毎月末更新。敬称略。

<国内文芸>

『姫騎士様のヒモ』白金透(電撃文庫)

 主人公の職業はヒモ。姫騎士の家に居候し金をたかり、挙句その金で酒屋と娼館に入り浸る筋金入りのロクでなし。図体ばかりデカいくせにゴブリン一匹殺せないほどの非力で、周りからは姫騎士を狂わせる役立たずのクズだと蔑まれている。……無論、ラノベの主人公が本当に非力なばかりのクズなわけもなく、大方の読者の予想通り彼には隠された裏の顔があって姫騎士を影から支えている。この点、本作はれっきとしたライトノベルだ。しかし、電撃大賞らしくそれに留まらない強烈なインパクトがある。それは描かれる世界の陰惨さだ。舞台となるグレイ・ネイバーは悪徳の栄える異世界のソドム。暴力や詐欺、追い剥ぎは日常茶飯事で、違法ドラッグや人身売買さえ当然の顔で蔓延っている。冒険者は金に目が眩めば殺しもやる荒くれ者の集まりだし、ギルドは大抵の事件に知らん顔をしている。そんな街で「暗躍」するのだから主人公のダーティーさは推して知るべし。ラノベの主人公としてどうかということを平気でやる。そんな感じで基本的に正義も道理も無い作品だ。好き嫌いは分かれるだろうが、「異世界ノワール」の看板に偽りはない。常に新しいものを作りにいく電撃の姿勢に感服する。

『あれは子どものための歌』明神しじま(ミステリ・フロンティア)

 ちょっとばかし異質なミステリ短編集が出た。それが第七回ミステリーズ!新人賞で佳作を受賞した明神しじまによる『あれは子どものための歌』である。本作の舞台は異世界。魔法が存在するファンタジー世界でのミステリといえば、昨今話題の特殊設定ミステリを思い浮かべる人も少なくはないだろう。もちろんその向きで読むこともできるし、それで十分楽しめる。しかしながらこの作品の面白さはそこに留まらない。特殊設定ミステリといえば、もちろん全ての作品がそうだというわけではないが、基本的にはトリックやロジックのためにその特殊設定(超能力や魔術など)がしばしば用意されている。つまりはミステリのために世界が用意されている節がある。一方本作はその逆で、魔法がある世界があって、そこで起こりうる事件をミステリとして描いてあるように読めるのだ。特に表題作は白眉で、今年を代表する短編のポテンシャルがある。

<海外文芸>

『NSA』アンドレアス・エシュバッハ(ハヤカワ文庫SF)

 ドイツ第三帝国——ワールドネットが誕生したこの国には、世界中のコンピュータにアクセス可能な組織があった。ヴィルヘルム二世の時代に創設され、政権を掌握したヒトラーとナチスにさえ存在を把握されず、制度と制度の狭間で密かにドイツの対外諜報と国内監視を支えていたその機関の名は|国家保安局〈NSA〉。戦争で組織縮小の危機に晒された彼らは親衛隊全国指導者ヒムラーに自らの有用性を示さんとするが……。メール、通話記録、位置情報、口座残高の動きと商品購入歴、SNSへの書き込み……情報化時代に生きる者は日々無数の足跡を世界へと残している。膨大な情報の波の中で意味を失うだろうという勝手な安心感の元に垂れ流されるそれを、NSAは収集し構造化する。単体では無意味な情報は構造の中で他の情報と連関して意味を描き、我々の生活が丸裸となって現れる。ナチス×電子コンピュータという筋書きだけだと何だかB級エンタメの匂いがするが、そういうチープさ、ポップさとは無縁のダークでシリアスな、そして何より現代的な風刺小説だ。電子の海に情報を垂れ流しているのはこの小説の登場人物たちも我々も同じなのだから。

『森から来た少年』ハーラン・コーベン(小学館文庫)

 ある日姿を消した、いじめられっ子の少女。テレビでキャスターも務めている弁護士のへスターは、少女のクラスメイトで孫のマシュウから彼女の行方を捜してほしいと相談を受ける。そんなへスターが助けを求めたのは、幼少期を一人で森で過ごした経歴を持つ捜査員ワイルドだった。このあらすじとタイトルを見ると、狼に育てられた少女の話のように、ワイルドをメインに話が進んでいくようにも思える。しかし読んでみたら意外や意外。あるアメリカの町を舞台にした少年少女の逃走と闘争、それが意外なところで全米を巻き込むある事件との接点を持っているという、群像劇的なサスペンスに仕上がっている。それぞれのキャラクターもとっつきやすく、スピード感のあるストーリーテリングによって、読む手が止まらない。機会があれば手に取ってほしい一作だ。

「白蛇吐信」十三不塔(不存在科幻)

 中国のSF誌「不存在科幻」に収録された中国語短編。日本語版は本邦未掲載だが、著者様のご好意で特別に読ませていただいた。

 陽明学の祖・王陽明が幼少期に蛇型宇宙人とファーストコンタクトしていた……という改変された逸話を、陽明の弟子・曰仁が語りつぐモノローグ調の伝奇幻想SF。明代の時代背景にふさわしい、きわめて格調高い語り口が圧巻。著者の古典教養を元にしたみごとな逸話改変はもちろん、蛇や竹といった身近な物体をSF的に飛躍させる発想は、現実へのハック力に富んでいる。擬古文や重層的な語りの技巧の駆使は、デビュー作『ヴィンダウス・エンジン』からの大きな進化だ。陽明と曰仁の数奇な師弟関係が物悲しく、しかし美しく、ストーリーも完成度が高かった。アジアンSFの可能性を感じさせる逸品。完全邦訳版が出版された時には、また読みたい作品だ。

<映像作品>

『デリシャスパーティープリキュア!』

 言わずとしれた国民的魔法少女シリーズの最新作。今回は食べ物がテーマ、「オイシーナタウン」を舞台に和・洋・中、3人のプリキュアが、料理の妖精“レシピッピ”を奪おうとする怪盗団“ブンドル団”との戦いを繰り広げる。

 主人公・和実ゆい/キュアプレシャスがとにかく素直でかわいい。おにぎりを頬張って「デリシャスマイル!」な笑顔は、視聴者の心を温めてくれる。

 作画は変身、戦闘、日常シーンともにぬるぬるの高クオリティ、何より、食べ物の作画は非常に気合が入っていて、朝8時半からお腹が空いてくる。一番の見所は、ゆいの回想シーンで登場する、おばあちゃんの金言だろう。「この世でいちばん強いのは、誰かのために頑張る心」、「美味しいは笑顔」……世界が色々不安定なこの頃だが、プリキュアの言葉を胸に、日々を生きたい。

『鹿の王 ユナと約束の旅』

 上橋菜穂子原作、本格ファンタジーのアニメ映画化。古代中国~東南アジアをイメージした異世界を舞台に、アカファ王国とツオル帝国の2つの国の争いが描かれる。物語冒頭では、アカファはツオルに完全に服属しており、ツオル皇帝の征服地への親征が間近に控える。だが、先の戦争でツオル軍を壊滅させた未知の伝染病、アカファの呪いとも呼ばれる黒狼熱(ミッツァル)の影が近づいており……。妻子を失い、牢獄で失意に沈んでいたアカファの元英雄・ヴァンは、黒狼の群れが牢獄を襲撃した事件を契機に脱獄。身寄りのない少女・ユナとの二人たびを続ける。だが、二人には両国から追っ手が差し向けられていた。

 交錯する両国の陰謀を、短い尺で丁寧に描き出しているのがみごとだ。評者は原作未読だが、アカファ=赤い服、ツオル=青い服、で配役が視覚的に理解できるよう配慮が効いている。戦争終結後、歩み寄ろうとする二つの民族と、燻るアカファの不満とに、現代的なメッセージ性を感じた。そして何より、文化人類学の見地に基づいた緻密な生活描写と、雄大な自然の描写が美しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?