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テッド・チャン 著『あなたの人生の物語』 五十音レビュー「あ」

五十音レビュー
 東大新月お茶の会のメンバーが、あいうえお五十音になぞらえて、ミステリー、SF小説を中心におすすめの作品を紹介します。毎週金曜更新予定。

「あ」 あなたの人生の物語

あなたの人生の物語」は米国のSF作家テッド・チャンが1998年に発表した短編小説、及び2002年に発表した同短編集のタイトルである。表題作がネビュラ賞をはじめ非常に高い評価を受け、『メッセージ』という邦題で映画化もされた。

 表題作はエイリアンと人類のファーストコンタクトを描く物語だ。ヘプタポッドと呼ばれるその異星人たちとコミュニケーションを取るために、人類はかれらの言語を研究する。しかしそれは人類の言語体系とはまったく違う世界観で書かれたものであった。
「あなたの人生の物語」に登場するアイデアはシンプルにして強烈で、場合によっては読者の世界認識をも揺るがすほどの威力を持っている。過去から現在、そして未来に至るまでの「人生の物語」が、ひとかたまりになって眼前に現れるダイナミズムは、魔術的な小説技工だといって良い。
 人間の思考はふだん使っている言葉や文字に強く縛られている。だからこそ、その表現形態が変われば思考の様式も変化しうる。「あなたの人生の物語」にて扱われた問題は、作者が2019年に発表した第二短編集『息吹』に収録されている「偽りのない事実、偽りのない気持ち」という短編でも触れられている。「偽りのない──」では未開部族が西洋人から文字を習ったことにより、ありとあらゆる出来事を映像的に記録できるようになっていく様が描かれている。すべてが記録される未来においては現在も過去も等価になる。それがどれだけ異常なことなのか、どんな変化を人類に及ぼすのか。文字媒体によって文明を育てきた人類のその向こう側を見据え、そんな世界でのひとびとの暮らしを思い描いていくところにチャンのロマンチシズムが表れている。

「あ」から始まる作品のうち、チャンと併せて読みたい作品を挙げるとするならば、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『愛はさだめ、さだめは死』を推しておきたい。チャンと並べても劣るところのないSF短編集だが、両者を分けるのは人間観察のスタンスではなかろうか。チャンのロマンも楽しいが、ティプトリーのニヒルな人生観で語られる破滅的で悲劇的な物語もまた蠱惑的だ。
 チャンとティプトリー。それぞれ別の方向から人間と自由意志に切り込む書き手に思いを馳せる。そんな新年はどうだろう?

(夜来風音)


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