見出し画像

『サバイバー〔新版〕』チャック・パラニューク 著(早川書房)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2022年02月

 主人公は集団自殺により壊滅したカルト教団の生き残りで、ハウスクリーニングで生計を立てている。定められたスケジュールどおりに働くだけの鬱屈とした生活は、未来を予言する謎の女・ファーティリティと出会ったときから変わりはじめた。他の元信者たちが次々に不審死を遂げる事件の背後にちらつく、死んだはずの兄の影。ついに最後の生き残りとなった主人公を使ったビジネスを以前から計画していたというエージェント。ファーティリティとエージェントという二人の予言者によって拝金主義の新宗教の教祖に祭り上げられた主人公のリアリティは次第に崩壊へと向かう。

 本作の軸となっているのが「予言」である。ファーティリティは近々起こる事件や惨劇、主人公が取る行動を言い当ててみせ、エージェントは主人公が所属していたカルト教団の集団自殺も歴史的に見れば存在を予想できる程度の事象にすぎないと語り、すでに定まっている未来という絶望的なヴィジョンを主人公と読者に突きつける。しかし主人公は、物語の最終盤で初めて自らの意志でファーティリティの予言に逆らう選択をし、死という破滅に突き進む中で逆説的な救いすら感じさせる結末を迎える。本作が提示する希望は、いまや世界中を覆い尽くし、そこからの脱出が現世からの脱出と同義であるような資本主義社会に閉塞感を抱いている者に、強い共感を呼び起こすだろう。

 そして本作は、そんな資本主義社会に厳しい視線を向ける作品でもある。主人公が長年の労働で身につけたという体で次々に披露される知識は、どれも体系的でなく一時的に消費されるだけのもので、昇給につながるスキルを身につけることができないプレカリアートの状況を象徴している。さらに、エージェントが打ち出す商品や企画は、整形によって作り出された救世主の偶像、「使える!」と題された祈?集、ポルノの廃棄場など、どれも露悪的なまでに商業主義的であり、現代の消費のあり方を痛烈に皮肉っている。
 
 確固たる思想に基づいて書かれた本作が、そうであるにもかかわらず説教臭さや読みづらさとは無縁であるのは、前作『ファイト・クラブ』でも見られた、語りかけとも独白ともつかない心情描写やリフレインを多用するパラニューク節のためだろう。読者は主人公の苦悩を痛切に感じ、物語に没入することができる。

 本作は確かにカルト小説である。そして、カルト小説に留まらない繊細さとメッセージ性を備えた傑作である。
(如来)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?