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多島斗志之 著『〈移情閣〉ゲーム』 復刊希望!ノベルス作品レビュー no.9

 書店から次々と姿を消しつつある新書判の小説「ノベルス」。全盛期には各社から様々なジャンル、多彩な作品が刊行され、中にはノベルスでしか読めない傑作もある。今、改めて読み直したい。そんなノベルス作品を追いかけて、リレー形式でノベルスの傑作群を紹介していきます。毎週金曜更新予定。

 宇宙規模のコンゲームが絶賛の『三体Ⅱ』が発売され、コンゲーム小説に注目が集まっている(諸説)今だからこそ紹介するべき作品がある。それが多島斗志之の実質的なデビュー作である『〈移情閣〉ゲーム』で、これまた紛れもない傑作コンゲーム小説だ。

 1985年に講談社ノベルスで発売され、その後『龍の議定書』という名に改題し講談社文庫に入ったこの小説は、我々が第一回で扱った『消失!』と同じタイミングで、つまり綾辻・有栖川復刊セレクションとして、2007年に『〈移情閣〉ゲーム』と再改題されて講談社ノベルスから復刊された。しかし残念ながら今は在庫切れといった状態である。(復刊されたことによって図書館で借りやすくなったとは思うが、さらなる復刊が望まれる)

 この小説は、タイトルを見ればわかるように、今は孫文記念館としてのほうが名の通っている「移情閣」にまつわる物語だ。舞台は1984年前後の日本。巨大広告代理店に、犬猿の仲にある中国と台湾の代表を神戸の「移情閣」で握手させてほしい、といったとんでもない依頼が舞い込んだのだ。当然一筋縄ではいくはずもなく、なんと裏では世界的秘密結社であるフリーメイソンまでが暗躍し、日本、中国、台湾にとどまらず、アメリカやソ連、イギリスにその各々の歴史までもが関わっていて......といった何とも大規模な内容だ。

 上のあらすじからも察せられるかもしれないが、この小説には二つの側面があるように思える。一つは孫文の、特に「倫敦被難記」時代の歴史にまつわる秘密を暴く歴史ミステリの側面。もう一つは一番最初に紹介したように、様々な人物の様々な思惑が絡まりあって起こるコンゲームとしての一面である。

 歴史を暴くミステリといったジャンルにおける面白さの一つに、同じ講談社ノベルスから出ている「QEDシリーズ」でみられるような、史実と信じてしまいかねない「ハッタリ」といったものがあると思う。もちろん、この小説はこういった類のミステリが好きな人には垂涎モノのハッタリをかましている。多くは語らないが、現代の中国でも「国父」とまで呼ばれる孫文が、なんとイギリスの手先だったのではないかというのだ。そしてそれが論理的に説明されてしまう。

 初めてこの本を手に取った私は、この歴史ミステリの側面だけでめちゃめちゃに楽しく読んでいた。しかし読み進めていくと現在における依頼のほうに暗雲が立ち込めていることが徐々に察せられ、コンゲーム的側面が強まっていく。もうここまできたら読み終えるまでページをめくるは止められない。最後まで読んで、まさに「一本背負いで投げられる快感」(これは帯文の有栖川先生のコメント)を味わい、そしてこの二つあると思われた側面がメビウスの輪のように表裏一体となっていたことに気づいたときには、傑作だと、文句をつけようがないほどに完璧だと、空を仰いでいた。

 大満足な読書経験ではあったが、この小説を読んだことによる副作用として、大きな政治的動きの裏には何か隠された陰謀があるのではないだろうかと疑うようになってしまった。あんなことやこんなことにも何らかの秘密結社が関わっているのかもしれない。(月見怜)


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