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都市の「移動体験」を豊かにするためのキーワード──補助線のデザイン、ORGWARE、バウンサーとは何か? NewHere Mobility Meetup Vol.2レポート

JR東日本・モビリティ変革コンソーシアムとロフトワークが共催する「NewHere Project」。これからの暮らしを豊かにする移動体験を考え、社会課題の解決に向き合うためのユーザー視点のアイデアを公募。ユーザーリサーチやアイデアのブラッシュアップを繰り返し、社会実装を試みるプロジェクトだ。

そのNewHere Projectが、「モビリティ」を軸としたコミュニティ醸成を行なうべく立ち上げたイベントシリーズ「Mobility Meetup」の第2回が開催された。

「モビリティ」という言葉からは、近年議論が活発化する「MaaS」や、電車やバスなどの公共交通機関などを思い浮かべるかもしれない。しかし、モビリティが本来もつ「人間の移動性」という意味を鑑みるに、その中心にあるのは「人」である。

MaaSを軸にした「移動体験」などモビリティの中核にあるテーマを扱った第1回からは視点をずらし、今回は都市における新しい人の動きをつくり、その移動性に注目している実践者が集った。

登壇したのは、音楽で場所を探すサービス「Placy」代表の鈴木綜真氏、株式会社グランドレベル 代表取締役社長で喫茶ランドリー オーナーの田中元子氏、電動キックボード・電動自転車などの低速小型モビリティのシェアリングサービスを展開する株式会社mymerit 代表 中根泰希氏だ。彼/彼女らとともに、都市における移動体験の未来を思考した。

レビューを忘れ、においとリズムで都市をハックせよ

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https://placy.city/

鈴木綜真氏が運営する「Placy」は、ユーザーが好きな音楽を入力することで自分の嗜好にあった場所を検索できるサービス。例えば、入力項目に「YMO」と入力すれば、YMOを好む嗜好のユーザーがよく行く場所を検索できる。

日本とイギリスを拠点に、都市に点在する情報を用い場所の特徴・多様性を数値化し分析する都市モデリングや数学、コンピュータサイエンスなどのバックグラウンドをもつメンバーとともに開発を進めている。

「感性や趣味・嗜好に基づいて場所を探す体験」は、大規模な都市開発の一方で、その街のらしさ・雰囲気が都市の均質化によって失われることへの危機感が着想の起点となっていると鈴木は語る。

「街の価値の指標に『感性』が抜け落ちていると感じるんです。生産性・犯罪率・利便性はわかりやすいので指標にしやすいですが、楽しさ、美しさ、その街らしさなどは指標になりにくい。レビューという客観的指標だけでなく、趣味嗜好などの主観的指標で場所を探す。それがPlacyで実現したいこと。異なる変数(音楽)で街の雰囲気を可視化すれば、街の見方が変わり、場所のポテンシャルの発見にも繋がると思うんです」

鈴木はレビューをはじめとした限定的な都市の評価軸について、海外メディア『VICE』によってロンドンで行われた、とあるエッジの聞いた試みを例に出し、「レビューはビジネスにハックされている」と指摘する。

「ロンドンに実在しないレストランを口コミサイトの『TripAdviser』でつくって好意的なレビューを書き続けた結果、半年間予約のとれないランキング1位のレストランになったんです。つまり、それくらいレビューには意味がない。一方、実空間はまだハックされていないと考えています。僕らは“感性”という評価軸を街に増やすことで、レビューやランキングだけでは汲み取れない、“においやリズムで都市をハックする“ことを目指しているんです」

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Placyのアルゴリズムは、音楽の特性データと、プレイス/ストリート/エリアのレイヤーで画像解析した空間特性データを掛け合わせモデリングすることで、音楽とマッチングする場所をレコメンドする。

音楽の特性データは、SpotifyがAPIで提供する楽曲の月間再生数やテンポ、踊りやすさ、エネルギーなどのパラメータ(変数)がある。また空間特性データは、画像認識を用い、温かい場所・冷たい場所などの雰囲気を数値化・定量化したもの(プレイス)、国土地理院が公開しているデータをもとに「道」の特徴を画像認識で抽出したもの(ストリート)、場所ごとの人口のデモグラフィックなどのベーシックなデータ(エリア)などだ。

Placyのサービスそのものは音楽で場所を探すものだが、その裏側で走っているアルゴリズムやデータをもとに、不動産デベロッパーにコンサルティングを行っている。現在「音楽」にフォーカスを当てたサービスだが、今後は「本」「映画」「服」など、感性の入力項目も拡張することを視野に入れているという。

ひとの能動性を促す、「補助線のデザイン」

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http://kissalaundry.com/kissa.html

「1階づくりはまちづくり」を標榜し、墨田区に洗濯機やミシンなどを備えた“まちの家事室”付きの喫茶店「喫茶ランドリー」を運営する田中元子は、多様な市民が集いさまざまな活動に使われる場所をつくるプロジェクトを全国へ展開している。

田中は活動を行うなかで、「受動的な生活をせざるをえない中、能動性を発露させるきっかけとなる活動が大きな価値になると気づいた」という。

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「喫茶ランドリーは、両国・森下エリアに建つ築55年の3階建ての建物の元町工場だった1階を利用しています。周辺エリアは、この10年の間に、倉庫や工場がマンションにどんどん建て替わっていく現象が起きてきました。その結果、人口も人口密度も如実に高まったのですが、街を見渡すと、人の姿が増えているどころか、見えなくなってしまった。ハードとソフトが揃っても、ひとが能動的に街と関わり合わなければ意味がない。真っ白なキャンバス(自由)を与えられても、実際何をしていいかわからないでしょう? すぐにルールで規制されてしまう社会ですから、『本当にそれってやっていいの?』と二の足も踏んでしまうんです」

田中は、ひとの自由や能動性を促し地域の人々がやってみたいことを実現するには、「許可」ではなく「応援」の実践、「補助線のデザイン」「自家製の公共」が不可欠であると強調する。


「補助線のデザインには、3つのウェア(Ware)が必要だと考えています。SOFTWARE(サービス/コンテンツ)、HARDWARE(建物)、そして両者を取り持つORGWAREです。コミュニケーションや組織化によって、許可ではなく応援すること、それがなければハードもソフトも意味がないんです。

重要なのは“マイパブリック”です。これまで社会で形づくられてきた、誰からも文句を言われないように配慮して作られた大きな行政よりも、至極私的な“自家製の公共”が市民の『やりたい!』という思いのセーフティネットとなり、自由を促すきっかけとなると考えています。ひとの能動性が発揮されること、自家製の公共をつくること、この二つを表したのが喫茶店ランドリーですが、オープンから半年で100以上のアクティビティが行われてきました。こうした一つひとつの『やりたい』が街のらしさとして発露していくのではないでしょうか」

日本での電動キックボード普及を目指す「ema」

NewHere Projectの参加チームから登壇した中根泰希は、“街とコミュニケートするモビリティ”を掲げ展開する「ema」についてプレゼンを行った。本サービスは、電動キックボードの車体にあるQRコードをスマートフォンでスキャンして借りることができ、使用した後はステーションで返却する電動キックボードのシェアリングサービスだ。

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「ひとが街で出合うコンテンツや景色は常に違います。電動キックボードのような低速モビリティは、手軽さとスピードのバランス、乗り降りのし易さが特徴で、乗るよりも拾う感覚に近い。ソフトウェア上でスピードを調整できるため、位置情報をとってエリアごとにスピードの制御も可能です。のんびりとしたスピードで街を回遊し、ふと立ち寄りたい場所に寄るなど、ひと・もの・場所の接点を増やすことができます」

emaのサービスは、ema(電動キックボード)、emaステーション、emaサポートと、大きく3つの要素で構成されている。emaステーションは街中、観光地などの発着地点に設置する簡易な貸し出し拠点。emaサポートは、emaの走行によって得たデータを使い、観光地の課題解決のハブになることを目的としている。

「単なる移動手段だけでなく、街の楽しみ方や、場所が抱える課題の解決法提案することが目的です。なので、emaステーションは有人なんです。emaサポートも、『モビリティ』と『移動データ』を掛け合わせることで、地域の新しい価値を発見できる。データをもとにしたコンテンツやマップ情報、アプリケーション作成などのサイクルを生み出すモビリティハブを目指しています。インバウンドが伸びるとはいえ、都市部で賄えなくなっている。地方都市の観光資源に対して電動キックボードはこれから価値を発揮していくでしょう」

emaは地方でのMaaSのユースケースとして、宮崎県・日南市で行われる、プロ野球球団広島カープの春期キャンプにあわせ、バスを改装したモバイルハウス「BUSHOUSE」と連携したサービス展開を予定しているという。

補助線のデザイン、ORGWARE、バウンサーの重要性

それぞれのプレゼンテーションのあと、「都市の“グランドレベル”と”隙間”から、人々の『モビリティ(=移動性)』を考える」をテーマに、編集者・岡田弘太郎をモデレーターに加え、田中と鈴木によるトークセッションが行われた。

鈴木はいくつかの事例を挙げ、移動速度や利便性の外にある移動体験──「停止時間の豊かさ」とグランドレベルの豊かさの関連性について言及した。

「移動はネガティブなイメージが強いですよね。しかし、移動は本来楽しいもののはず。Googleマップに表示される最短経路での通勤の退屈さがきっかけで作られた、通って楽しくなる経路をレコメンドするボストンの『ハッピーマップ」』や、その街の『におい』を可視化してマッピングした『スメリーマップ』などは速度の点では非効率ですが、ひとの豊かさに繋ると思うんです」

また都市のグランドレベルからボトムアップでまちづくりを実践する田中は、移動体験は「どれだけ速いか」より「どれだけわたしにあっているか」が大事だと指摘する。

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「速度だけではなく個々の主観に寄り添う体験となるか。ひとは年齢や世代ではなく価値観で集うもので、だからこそ混ざり合っていくんだと思います。私の活動でいうと、喫茶ランドリーの支店などさまざまなかたちの“私設公民館”があるなかで、それぞれの店の態度を許せるひとがターゲットであり、年齢ではありません」

さらに田中は、ひとつの価値観によってひとが束ねられることで、その価値観の外にある共通項で秩序が生まれることが興味深いと語る。

「フィギュアスケートの高橋大輔選手好きが集うマンションを知っているんですが(笑)、そこに集まったひとたちには、高橋大輔以外の共通項と秩序があるんです。高橋大輔選手がそれぞれを束ねる中心にある価値観だったのが、食、消費感覚、モラルにまでゆき届く可能性があると思うんです」

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音楽という感性や価値観で場所をタグ付けし、ひとと街をつなげるPlacyは、田中の「補助線のデザイン」の考え方と共通すると鈴木は言及し、定量的な数値はあくまでも「ひとの能動的な気付きの補助であるべき」だとも語った。

「Placyも、音楽で場所を探すことによってひとが能動的に街の価値に気づくことを促す、ひとと場所を繋ぐORGWAREであり、田中さんがおっしゃる補助線のデザインもPlacyの設計思想のなかに組み込まれています。僕たちは『バウンサー』という言い方をしているのですが。

感性や多様性の数値化・定量化を叫んでいる自分たちが言うと矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、わたしたちは世界のすべてが計算可能で、数値化可能だとは思っていません。人間の主観はコンピュータで完全に定量化することはできない。Placyは、あくまでも限定的な街の評価軸に選択肢を加えようという試みであって、都市モデリングやコンピュータサイエンスなどのテクノロジーは価値を探すための補助的なものでないといけないと強く思います」

今回、登壇者たちの「補助線のデザイン」「ORGWARE」「バウンサー」などの言葉から見えてきたのは、移動体験の豊かさとひとの媒介となるミドルウェアの重要性だ。モビリティに関する議論は、えてしてサービス(ソフトウェア)や車両(ハードウェア)などにテクノロジーを用いることをゴールにした議論に終始しがちだ。ボトムアップの実践者のこうした視点が、モビリティ、ひいては都市のあり方を更新していくために不可欠であることが示された回であった。

Mobility Meetup #3 Living Anywhere時代の「モビリティ」。あるいは都市と地方の新しい関係性

これまでのMeetupでは、都市部におけるMaaSのサービス構想や、都市における人間の移動性について扱ってきました。最終回となるVol.3では、一般社団法人Livinganywhere 副事務局長の小池克典さん、 Address Hopper Inc. 代表の市橋正太郎さんをゲストにお迎えし、「そもそも人間にとって『移動』はどんな意味をもつのか?」といった問いから「Living Anywhere時代のMaaSのあり方」まで議論を繰り広げます。

開催日:2020年2月17日(月)
時間 :19:00~21:30(18:30開場) 
場所 :FabCafe Tokyo
   (東京都渋谷区道玄坂1丁目22−7 道玄坂ピア 1F)
参加費:無料

Text:Takuya Wada
Edit:Kotaro Okada
Photo:Uhi Sen

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