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MaaS時代のプロダクト開発では、「PoC(概念実証)」が重要になっていく。「モビリティの未来」を専門家と考える、Mobility Meetupレポート

ロフトワークがJR東日本・モビリティ変革コンソーシアムと共催する「NewHere Project」。これからの暮らしを豊かにする移動体験を考え、社会課題の解決に向き合うためのユーザー視点のアイデアを公募。ユーザーリサーチやアイデアのブラッシュアップを繰り返し、社会実装を試みるプロジェクトだ。2019年6月には、オープニングイベントを実施。8月には、5つのチームがアイデアをプレゼンテーションし、審査員やメンター、参加者を交えての議論を行う中間報告会が行われた。 


この度、NewHere Projectでは「モビリティ」を軸としたコミュニティ醸成を行なうべく、イベントシリーズ「Mobility Meetup」を立ち上げた。プロジェクトの参加チームのみならず、モビリティに関心層に幅広くリーチするイベントだ。

第1回目のテーマは「移動体験」だ。登壇したのはMaaS Tech Japan 代表取締役の日高洋祐、株式会社ドッツ スマートモビリティ事業推進室 室長の坂本貴史、「NewHere Project」でのサービス立ち上げを目指すチーム「Deep4Drive」の今井心だ。生活者視点からモビリティを取り巻く変化やモビリティサービス設計の潮流とあるべき姿を、ゲストとともに考えた。

統合型MaaSの考え方が、日本のモビリティサービスには必要

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日高洋祐
株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役CEO。2005年、新卒で東日本旅客鉄道株式会社に入社。鉄道運営の現場で車掌や車両メンテナンスを経験したのち、ICTを活用したスマートフォンアプリの開発や公共交通連携プロジェクト、モビリティ戦略策定などの業務に従事。現在は、株式会社MaaS Tech Japanを立ち上げ、MaaSプラットフォーム事業などを行う。国内外のMaaSプレーヤーと積極的に交流し、日本国内での価値あるMaaSの実現を目指す。共著に『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP刊)がある。

MaaS Tech Japanにて代表を務める日高洋祐はメディア発信やコンサルティング事業、プラットフォーム開発、MaaS実証実験等を通じて、MaaS(Mobility as a Service)の社会実装を促してきたキーパーソンのひとりだ。

日高はMaaSを「利用者が多様なモビリティサービスに対して『1つのサービス』として自由に選択できる」と定義し、モビリティサービスとは、自動車(四輪、二輪)、鉄道、バス、トラム、タクシー、フェリー、航空、自転車などの移動に関するすべての乗り物を指すという。

特に欧米圏では、各移動手段の「輸送のモード」の違いを補い合い、ユーザーのニーズに応じてモビリティサービス自体を配分・最適化させる統合モデル型の考え方が浸透しているという。

「それぞれのモビリティは時間的・空間的・物理的に制約があり、輸送モードが異なります。例えば、鉄道やバスは需要集中に対して耐久性があるけれど、終電の時間を伸ばすことはできずオンデマンド性(柔軟性)が低い。一方で、タクシーやカーシェア、レンタサイクルは、いつでも、どこでも使えるというオンデマンド性の高さを備えるも、需要集中に弱く、タクシーやカーシェアの場合は料金が高くなりやすいという問題があります。

『鉄道が運行していないならその他の最適な移動手段をユーザーに提案する』といったように、モードの違いを補い合い、多様な交通手段の組み合わせのなかからユーザーの選択に最適化して提供する、というのが欧米圏でのMaaSの発想です。インテグレーションとオンデマンド性がキーコンセプトになります」

一方、日本のモビリティ業界で近年浸透してきたMaaSの考え方は、主に売上数が最大のKPIとなる製造・販売(売り切りモデル)からサービス化への転換という考え方が強く、統合サービスモデルの考え方は浸透していないという。

これは、車両(Vehicle)の外にある社会や人の動態からモビリティを考えるという点において、今回の他の登壇者とも考えが共通している。一方で、ひとつの車両は社会の機能のなかのひとつに過ぎず、あるべき移動リソースにユーザーを分散/配分するべきだという点はドラスティックな考え方かもしれない。

「これまでは事業者や資本関係が異なることでモビリティサービスの統合は難しかった。しかし、今はデジタル技術によって、予約、決済、オペレーションなどを第3者でも連携できるようになったと考えています」

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(イベントはWeWork池袋メトロポリタンプラザビルで行なわれた。当日は立ち見客が出るほど盛況だった)

日高が事例として挙げたのは、フィンランド・ヘルシンキの経路検索アプリ「Whim」だ。同アプリを通じて経路検索、チケット購入が可能。公共交通とオンデマンド交通が乗り放題になる定額制のサービスを提供し、お金をMaaSエコシステムへ流すことを試みている。

そのKPIは、フィンランドの各家庭が自家用車を手放し、カーシェア、タクシー、公共交通に移行するというユーザーの行動変容だ。日高によると、まだ試行段階であり見通しは厳しいが、MaaSエコシステムに広告モデル、不動産、損害保険などの導入が進めば、さらにユーザから見たコストが下がり、ユーザーの行動変容が加速する可能性があると指摘している。

ほかにもHERE Technologiesのモビリティ部門であるHERE Mobilityが発表したソーシャルライドシェアリングサービス「SoMo」(アメリカ)や、「環境にやさしい移動経路」をとることで商品やクーポンなどと交換可能な「マイル」を付与し、ユーザインセンティブと運賃を切り離した「Miles」(アメリカ)など、ユーザーの行動変容を促すためのインセンティブ設計に工夫がなされているサービスを日高は紹介した。

MaaS時代のプロダクト開発では、PoC(概念実証)が重要になる

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坂本貴史
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。UXデザインの分野でも講師や執筆などがあり、2017年から日産自動車株式会社に参画。先行開発の電気自動車(EV)におけるデジタルコックピットのHMIデザインおよび車載アプリのPOCやUXリサーチに従事。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関における MaaS 事業を推進。

大手企業のWebやアプリを介したデジタルマーケティング戦略を経て、自動車業界に転籍。日産のUI/UXデザインに携わった後に株式会社ドッツのスマートモビリティ事業推進室 室長を務める坂本貴史は、MaaSとしての乗車体験がどのように設計されるべきかを、UXデザイナーの視点から語った。

「車のコックピットにおけるUXを考える際、ソフトウェアだけではなくてボタンやダイアルなどのハードも合わせて考える必要があります。例えば、『カチッ』と物理的な触感をもつボタンやダイアルが、グラフィックのUIに代わる場合がある。最近では音声やセンサーが発達していますから、その体験までを考えないといけない。スマホの機能をすべて使いきれないのと同じで、運転中には限られた操作しかできませんよね。運転の姿勢や視点もあわせると、ソフトとハードどちらが正解なのかを検証したうえで提案することが重要です」と、ハンドルの横にタッチスクリーンが表示されるTesla Model 3を例に挙げながら坂本は語る。

乗車体験におけるUXを考えるにあたり、乗車する前──車外からユーザーの行動を可視化してシナリオをつくり、車とプラットフォームをシームレスに連携することの重要性を坂本は強調する。

「車に乗る前の“検索”というユーザーの行動から考え始める必要があります。たとえば目的地に行くためにGoogleマップで経路検索をしますが、米国の場合、UberやLyftも移動手段に表示されるようになりました。これはMaaSを考える上での大きな節目です。なぜなら、GoogleマップのようなプラットフォームにAPI連携して表示されなければ、移動手段として選ばれにくくなるからです。連携すればGoogleマップから経路検索を調べ、移動手段を選べばあとは乗るだけというシームレスな体験が可能になる。車に乗車する前から乗った後までのシナリオを考えることが、モビリティやMaaSにおけるデザインの重要ポイントになっています」

しかし、車というハードウェアにおけるソフトウェア開発は、デジタルプロダクトのようにスピーディーに開発が進むものではない。Webサービスやアプリケーション分野との差異を、坂本は次のように指摘する。

「車の新車開発スケジュールは一般的に5年と言われています。デジタルの領域は長くても1年半なので、『のんびりしているなぁ』という印象でした。ただ、TeslaやSpaceXのようにはやく開発できるよねと。企画を発案し、PoC(proof of concept /概念実証)を重ねながらコンセプトを具体化していく。これは、今後の日本のMaaSの分野において重要な考え方になっていくと考えています」

「退屈で耐えがたい移動」を、旅のように五感を刺激する体験に

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今井心
JapanTaxi株式会社インターン及び英国ダラム大学マーケティング卒業後、2018年アクセンチュアに入社。PoC専門のチームにて、デジタルコンサルティング業務に従事。Deep4DriveではNewHere Project及びコミュニティ全体のマネジメントを担当。

NewHere Projectの参加チームである「Deep4Drive」は、コンサルティング会社に勤める今井をはじめ、自動車機器サプライヤーにて自動バレー駐車システムに携わるメンバーや大手自動車会社で自動運転開発に携わるメンバーなど、約40名のメンバーによって構成される。本業以外の時間で集まる有志のコミュニティだ。

2018年にAWS(Amazon Web Services)が発表したラジコンカー「DeepRacer」を強化学習させ、レースリーグに参戦する活動や、それらの資金面でのマネジメントを行いつつ、「ゼロからイチ」でモビリティの未来に貢献できるサービスを生み出したいという思いから「NewHere Project」に関わった。

「満員電車におけるストレス体験を起点に、これらのストレスを気温・湿度・振動などのパラメータで可視化し、ストレスフリーな移動の選択肢を提供するサービスが当初のアイデアでした」と語る今井。しかし、これまでに多くの鉄道会社や事業会社が満員電車の根本的な解決に奔走する中、企業・大学の枠を超えた有志団体として活動しているDeep4Driveだからこそ生み出せるサービスがあるのではないかと判断。ワークショップやメンターからのアドバイス、中間報告での議論を経て、今井らは「Mobility Inn」というサービスに方針変更した。

車両にあるサイネージに専用アプリをかざすと、ちょっとした「非日常」「未来感」を味わえるARを用いた広告サービスを目指すのが「Mobility Inn」だ。「体験」を軸に「ストレスフルな移動空間」をデジタルテクノロジーで拡張しつつ、JRのアセットである電車の空間を広告ビジネスモデルに組み込む方法まで考えていくという。

「満員電車のなかで、いかに非日常を体験し、アクションを起こせるか。視覚や聴覚などの五感からアプローチし、同じ人が密集している空間でも、『混雑』という感覚から『賑わい』という感覚へ変化を促したいんです」と今井は語り、プレゼンテーションを締めた。

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プレゼンテーションの後、「MaaSが生活に浸透するのはいつ頃か?」という会場からの質問に対し、過去の「実装されてきたテクノロジー」を例に挙げながら日高は次のように答えた。

「利便性とは急に体験できるものではなく、いつの間にか便利になるものです。当初は障がい者向けだったエスカレーターやエレベーター、処理の不安定さが叫ばれたSuicaも、今では我々の生活になくてはならないものとなっています。近い将来、当たり前のように各モリビティサービスが連携し、便利になる未来がやってくると良いなと考えています」

モビリティの乗車体験の向上やモビリティサービスの連携、それに紐づく都市計画などはドラスティックに変えていくことが難しいかもしれない。しかし各プレイヤーの取り組みによって、それが「当たり前」となる未来は少しずつ近づいている。

次回のMobility Meetupでは都市計画や街づくりの観点からモビリティ(=移動性)を問い直していく予定だ。 

Mobility Meetup #2 都市の「グランドレベル」と「隙間」から、人の移動を考える

Mobility Meetup vol.2は都市の視点から考える移動体験。
「1階づくりはまちづくり」を標語に都市のグランドレベルをデザインする田中元子さん。空きスペースのマッチングプラットフォームや音楽×都市解析などのサービスを手がける都市研究家兼起業家の鈴木綜真さん。おふたりを招きして、都市の「グランドレベル」と「隙間」から、人の移動(=モビリティ)とウェルビーイングを考えるトークセッション。

開催日:2019年12月19日(木)
時間 :18:00~20:30(17:30開場) 
場所 :WeWorkリンクスクエア新宿  
参加費:無料

Text:Takuya Wada
Edit:Kotaro Okada
Photo:Sakura Koyama

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