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何度でも観たい! スコセッシ映画の危険なヤツら

ヒーローやヴィラン、目が離せなくなるバイプレーヤーなど、映画やドラマに登場する愛すべきキャラクターたちをご紹介するシリーズ企画第一弾! 今回ご紹介いただくのはライターのてらさわホークさん。マーティン・スコセッシ監督作品に登場する、危険な魅力を放つ男たちをご紹介します。

文:てらさわホーク
ライター。著書『シュワルツェネッガー主義』(洋泉社)、『マーベル映画究極批評 アベンジャーズはいかにして世界を征服したのか?』(イースト・プレス)。共著『アメコミ映画40年戦記』、『映画のディストピア』(洋泉社)。

ネットフリックスでは『ザ・シェフ・ショー 〜だから料理は楽しい!〜』や『深夜食堂』などを観て、いい湯加減になったところで寝るというのが毎日の習慣になっている。おじさんと料理ばかり観ている気もするが、何しろ気楽でいい。
 とはいえいい具合に心がささくれ立った真夜中などには、いっそ何か危険な奴が出てきて好き勝手するような映画が観たくなる。決して心温まることもないような、危ない男が出てくる映画。たとえばマーティン・スコセッシなら間違いなかろう。だいたい全部観たことがあるから外しようもない。安心だ。と探してみれば『タクシードライバー』があるじゃないか。

わかるようでわからない男、
トラヴィス・ビックル(ロバート・デ・ニーロ)

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タクシードライバー

 もう何度観たか知れないが、主人公トラヴィス・ビックルのことがいつもわかったようでわからない。精神を病んだベトナム帰還兵が、誰とも人間関係を築けずに孤立して、いずれ暴力に囚われていく。そういう話である。と、単純で強引なまとめ方もできなくはない。しかしそういうことではないな、と常に思う。

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 孤独なトラヴィスがタクシー運転手の職を得るところから物語は始まる。休まず黙々と仕事をするが夜も眠れない。常に悶々として、何者かにならなければならないと思いつめている。かと思えば、街で見かけた美女ベッツィ(シビル・シェパード)を首尾よくデートに誘い出してみせる。選挙事務所で働く彼女はいかにも気が強く有能そうだ。そんな女性に何となく興味を抱かせるのだから、トラヴィスもまるで冴えない人物というわけではない。ところがそうしてこぎつけた最初のデートで彼女をどぎついポルノ映画に連れ出して、そこで関係は終わる。トラヴィス本人としてみればいったい何が悪かったのか、まるでピンとこない。人間とのつきあい方が絶望的にわかっていない。

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 ニューヨークを毎夜流すうちに、薄汚れた街のさらにド汚い部分ばかりが目につくようになる。何かが間違っている。タクシー会社の先輩に助言を請うてみるが、女でも買ってスッキリすりゃいいんだ、とまるで参考にならない。

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『タクシードライバー』の風景には心を鷲掴みにされっ放しだが、わけても非常にグッとくるのは非番のトラヴィスが44マグナム拳銃を片手に、何とはなしにテレビを観ている一場面だ。木箱に置かれたテレビに足をかけ、前後に揺らす。白黒のメロドラマを無心に眺めていると、テレビが台ごとぐらりと揺れて向こう側にひっくり返り、煙を吐いて壊れてしまった。トラヴィスは両手で顔を覆って俯き、絶望する。とうとう防波堤が決壊してしまった。こうなったらやるしかない……、と言われても困ってしまうが、どういうわけだかその気持ちがわかる。明日も仕事だし早く寝なければならないのだが、いつしかトラヴィスに自分を重ねている。

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 彼がそれから起こす行動、およびその結末についてはここで説明しない。だが今一度、改めて作品を観れば、理解しがたい思考と行動、それに相反してなぜか「わかる……」と思わされてしまう謎の説得力を実感していただけるのではないかと思う。
行きあたりばったりで何ら一貫性のない行状のなか、それでもいずれ来る発火点に向かって少しずつ、確実に自らの温度を上げていく男。どこで爆発するかわからない火薬庫を眺めているような、そんな緊張感が『タクシードライバー』には常にある。

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タクシードライバー
ベトナム帰還兵のトラヴィス・ビックル。精神を病んで夜も眠れない孤独な男は、タクシー運転手の職を得る。一日中休まずに働いても心は晴れず、誰ともまともな人間関係を築けない。孤立だけを深めていく生活のなか、トラヴィスはこの社会は間違っている、腐っている。それを正すことが自分の使命だと狂気じみた思い込みを胸に動き始める……。


可愛気のかたまり、
ジミー・ホッファ
(アル・パチーノ)

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アイリッシュマン

 スコセッシ/デ・ニーロといえば、何度めかの『アイリッシュマン』を観てみよう。デ・ニーロ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテルらスコセッシ組のスーパースターが総結集。そこへアル・パチーノまで加わり、およそ50年に渡るアメリカの裏面史を描く3時間半の満漢全席だ。実在のヒットマン、フランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)、およびその雇用主であり「親」でもあるやくざの大物ラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)が荒涼とした怖さを存分に発揮。この時点でもうお腹いっぱいだが、本作の肝はもうひとりの主役、ジミー・ホッファに扮したパチーノにある。

ホッファ(部下を引き連れる)The_Irishman__1657541__01_02_45_12__3765520

ホッファはやはり実在の人物で、米国最大の労組IBT(全米トラック運転手組合)のトップを務める大物中の大物だった。組合の勢力と、そのなかでの自らの権勢を拡大するためにはいっさいの手段を選ばず、バファリーノら暗黒街の住人との癒着も辞さない。フランク・シーランはそんなホッファの暴力装置として長年働き、互いに親友とも兄弟ともいえる関係を築いていく。

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何しろ史実の本人は1975年に行方不明になっているし、そのことを観客の大多数は知っている。破滅することがわかっていて、なお男の人生を追わなければならない。
 しかし来るべき最期に向かって、ホッファは全力で吠える。切れる。怒鳴る。その姿が可笑しくもある。やくざと揉めた、その手打ちの場で激しくもしつこい難癖をつけ始めて、まとまる話もまとまらなくなる(その場を取り繕おうとするシーランの涙ぐましい努力がまた微笑ましい)。または大物やくざのお歴々を壇上から睨みつけつつ、ひたすら無言で飯を食い続けるホッファの眼力に思わず爆笑させられる。

睨みながら食事をとるホッファThe_Irishman__1657541__02_09_05_07__7745312

現実の日常生活においては絶対に関わり合いになりたくない男だし、映画だとしても(史実においてホッファが迎えた末路を知っていようといまいと)絶対にろくな死に方はしないタイプだとわかる。そう思いつつ、画面から匂い立つこの可愛気はいったい何だろう? フランク・シーランの物語はどこまでも殺風景で、観ているこちらの心も思わず冷える。だがホッファには思わず笑顔になってしまう。

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 協調性など知ったことかと無茶なことだけしていれば、誰しもいずれは孤立する。そんなことは観ているこちらも、おそらく本人もわかっているはずだ。だが暴走せずにはいられない。同じように悪いことばかりしてきた男たちが身体も動かないような老人となり、映画の終盤に向かってショボショボと死んでいく惨めさを考えれば、やりたい放題のさなかでふと死んだホッファはまだ幸せだったのかもしれない(周囲からしてみればいずれも迷惑な話でしかなく、それが『アイリッシュマン』のテーマの一つだったようにも思うが)。

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 製作費1.5億ドルとも言われ、上映時間約210分の『アイリッシュマン』は幾度かの企画消滅の危機を迎えつつ、最終的にはネットフリックスの出資によって完成した映画だ。同社にはこの勢いで毎年2億ドルほどスコセッシに渡し、悪い男たちが大暴れする3~4時間の映画をもっと観せてほしい。そう切に願うものである。
 それにしても危ないやつらの大活躍に見入っていたら完全に朝になってしまった。しかしどういうわけだかモチベーションだけは無闇に上がったので、このまま仕事でもしようと思う。

アイリッシュマン
トラック運転手のフランク・シーランはある時、マフィアの大物ラッセル・バファリーノと出会う。戦争帰りのヒットマンとして頭角を現すシーランに、バファリーノはある男を引き合わせた。男の名はジミー・ホッファ。全米最大の労働組合、チームスターの大物指導者だった。ホッファが権力の頂点に登りつめる過程で大きな役割を果たすシーラン。だがホッファの野望はいつしか綻びを見せ始め、揺るぎないと見えた男たちの関係にも思わぬ亀裂が走り始める。

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