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ナイアガラドロップ(VRZONE SHINJUKU)

 今年もうだるような暑さがやってきた。
 ここ何年もの間、毎年のように「記録的暑さ」が更新されているような気がしてならない。西新宿にある客先からの帰り道。汗をダラダラと書きながら、新宿駅に向かって歩いて行く。先程まであったビル風もパッタリと止み、舗装された道路からの体用の照り返しが、50歳に近い人間の体力をどんどん削り取って行く。

 こんな日は、自然の中で思いっきり水浴びしたい...

 だが、仕事帰りの人間が、水着などを持っているわけもなく。それ以前にこの町中に、そんな水浴びを出来るような場所はない。ない。いや待てよ。

 気分だけで良いなら1箇所心当たりがある。

 新宿駅北口のガードをくぐり抜け、歌舞伎町に向かう。ゴジラが目印の映画館のすぐ近くにそれはある。今年の夏に出来たばかりの「VRZONE SHINJUKU」だ。

 まだオープンしたばかりの施設なだけあって、土日ともなると予約で満員になっている日もあるが、今日は平日だけあってまだ当日券を販売していた。入場券を購入して館内へ。心地よい空調と、入館してすぐ目の前に広がるセンターコアのプロジェクションが映し出す風景で、ここが真夏の新宿であることを忘れさせてくれる。

 VRZONE SHINJUKUは、今話題のVR(バーチャルリアリティ)によるアクティビティを楽しめる最先端のテーマパークだ。HMD(ゴーグル型のディスプレイ)を装着して、人気アニメを実体験できるものや、高所体験、ホラーなど様々なアクティビティが揃っている。だが、今日の目的はこれらではない。

 プロジェクションで演出されたセンターコアを抜け、1Fフロアの奥に向かうと、そこは「バーチャルリゾートエリア」。ここにはリゾートをテーマにした飲食施設や、本物の砂浜に映像演出が加わった海岸テラスなどがある。そして、映像や様々な仕掛けが組み込まれた壁面を登るボルタリング「トラップクライミング」の隣にある「ナイアガラドロップ」。これが今回の目的だ。

 早速エントリーカウンターに向かう。数名の待機者が居たが、彼らは受付が共通の「トラップクライミング」の待機者だったので、すぐに案内の順番が来た。スタッフからの説明を受け、承諾書にサインする。
 チケットと引き換えに受け取る新しい靴下に履き替え、レンタルのジャンプスーツとヘルメットを装着すれば準備完了。

 「ナイアガラドロップ」は、一言で言ってしまえば、滝の映像が投影された巨大な滑り台である。だが、最上部までは自身の体力のみでクレーンにぶら下がり、吊り上げられなければならない。万一途中で落下してしまったらそこで終了となってしまう。

 「よし。」

 気合を入れてスタート地点で仰向けの体勢に寝転がる。腕を上に伸ばしクレーンのアームをしっかりと握る。

 「それではナイアガラドロップ出発します!」

 スタッフの掛け声とともに、ゆっくりとクレーンが上昇する。水平だった床が次第に傾き、最初は背中で感じていた体重が、段々とアームに移って行くのを感じる。そしてついには背中には、ただ軽く垂直な壁が当たっているだけの感覚になった。

 「まだ、半分の位置ですよ」

 かなり高くまで登ってきたような気がしたが、実際はまだまだ途中のようだ。アームを掴む握力にはまだ十分な余裕があることを確認してから、ゆっくりと辺りを見渡す。
 左隣を見ると、懸命に「トラップクライミング」の壁をよじ登っている人が見える。これもなかなか体力が必要なアクティビティだ。
 正面はちょっと味気ない。黒い壁とプロジェクターの光が見えるだけだ。だが、自分自身がこのVRZONEの建物の2Fフロア、恐らく一番高い位置まで登っていることは分かる。
 少し視線を下げると、いつのまにか多数のギャラリーに注目されていた。実はこのアクティビティはVRZONEの多数のアクティビティの中で、一番「ギャラリーが楽しめる」アクテビティなのだ。
 少し照れくさい気持ちを抱きながら、視線を更に下げる。
 真下は…

 ちょうど落下地点に映し出されていた滝壺を見た瞬間、自分のいる場所が屋内ではなくなった。ここはまさしく激流の滝の最上部なのだ。

 「3,2,1…」

 激流の向こうからカウントダウンの声が聴こえる。そうだ、ここから飛び込むのだ。そのためにここに来たのだ。

 「0!」

 最後にちらっと、真下の滝壺を見て、両手を離す。つい目を瞑ってしまいそうになるのを堪えながら、落下。
 一瞬の浮遊感の後、ぐるんとまるで宙返りしたかのような感覚を経て、滝壺の先にあるひんやりとした、そしてふんわりと軽い、白いボールプールに突入。

 ざぶーん

 本当はプラスチックのボールゆえに「ガラガラ」という音だったのだろう。だが、「滝つぼ滝壺に向かって飛び込んだ」と認識している私には確かに水の音に聞こえていた。
 しばし放心状態となる。気持ちいい。

「大丈夫ですか?」

 スタッフの声で、ボールプールから上がり、改めて飛び降りてきた滝を見上げる。そこには雄大な滝の姿があった。


 ジャンプスーツを脱ぎ、「ナイアガラドロップ」を後にする。腕の疲労感とまだ体に残る不思議な感覚をそのままに、バーチャルリゾートエリアのテーブルで少しだけ一休み。

 そして、VRZONEを一歩出ると、そこは変わらず猛暑の新宿。だが「ナイアガラドロップ」のおかげでリセットできた身体は、またしばらくこの猛暑に耐えられるだろう。
 こうして気分を入れ替えることができた私は、また過酷な現実の世界に戻っていくのだった…。

[END]

ナイアガラドロップ:https://vrzone-pic.com/activity/bouldering.html



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