鍵~episode1~[短編]

誰にも  見せたくなかったんだ

誰にも 触らせたくなかったんだ

たいせつなものほど  損ないやすいのは どうして? 
鍵をかけて  それっきりの箱が 心臓のとなりにあるよ 
失くした鍵を これから  探してみようと  思ったんだよ


////5歳////

「ねえ、それちょうだい」
とゆみちゃんに言われて、わたしはいいともいやだとも言えず、靴の先で砂をジャリジャリ集めて散らした。
「じゃあ、見せてよ」
とゆみちゃんはわたしの手から、銀杏の葉っぱをとろうとする。
「さっき、見せた」
と言ったのに、ゆみちゅんはもう一回と言うが早いか葉っぱをとりあげた。
泣いてみようかと思ったが、「うーそなきー」と言われるのがこわくて、体の奥の方に力をこめた。
ゆみちゃんの手のひらにのった銀杏の葉っぱは、やっぱり本物のアゲハチョウみたいな形だった。
「こんな形の落ち葉見たことないでしょ。きっと天然記念物だよ」
天然記念物というのが何かわたしはわからなかったが、銀杏の葉っぱをいっそう特別なものに思わせた。
大きくて、中心線に深い切れ込みが入り縁は左右対称にひらひらとして、それは黄色い綺麗なアゲハチョウだった。
「まほうのちょちょうだね」
とわたしは言った瞬間、ゆみちゃんがもうそれを返してくれないのが分かった。
「あきちゃんにも見せたい」
それがわたしの精一杯の抵抗だった。
「あきちゃん、来るの?」
「おやつ食べたら来るって約束した」
「じゃあ、あきちゃん来るまで秘密の場所にかくすからね」
ゆみちゃんは神社のお社の裏へ駆けて行ってしまった。
「ついてこないでねー」と叫びながら。
降り積もった落ち葉からも、銀杏の大木からも、手からもギンナンの匂いがする。
落ち葉の中にしゃがみ込んでもう一度、アゲハチョウの姿を探したがどれもこれも、ただの黄色い銀杏のはっぱだった。
それでもきれいな色形のものを集めたのは、ゆみちゃんがそれらとアゲハチョウの葉っぱを交換したいと言ってくれることを思ってだ。
あきちゃんがいつものように、けりんちょに乗ってあらわれると、ゆみちゃんはすぐ手をひいて連れて行ってしまった。
お社の裏から、「わーすごーい」「しずかにして。だれかにきかれるとマズいから」とヒソヒソと高い声。
「なんで」「まほうの世界からきたちょうちょうなんだよ」。その後の声は、ぐっとかすれて聞き取れなかった。
ふたりが戻ってくるころには、わたしの手にはにぎっていられないほどたくさんの落ち葉が集まっていた。
「あきちゃんにみせたから、もういいよね」
と言われたわたしは、たまらなくなって駆け出した。
ただ駆けて、目の前にあった神社の鳥居をくぐったところで、
「帰っちゃうのー」
と呼ぶあきちゃんの声を聞いたような気がした。
でも勢いがついて止まらず、そのまま坂をくだり駆けて駆けて、駆けながら手に持った銀杏を道に全部ばらまいた。



それからだと思う。
見せなければ、守れるものがあると知ったのは。


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