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秋の夜にうってつけの映画〜『ミステリー・トレイン』を観て


『ミステリー・トレイン』(1989)を観た。
作品全体にジム・ジャームッシュの独特なユーモアと哀愁が漂っていて、こんな雨の降る夜なんかにみる心地よい気分になる。
いわゆる特定の主人公は据えられていない。エルビス・プレスリーをはじめとるすアーティストを輩出した街メンフィスを舞台に相互にゆるく関係する3組の人物たちの物語が群像劇風に語られる。


パート1:Far From Yokohama
ジュン(永瀬正敏)とミツコ(工藤夕貴)はロックンロールの熱狂的なファンで、はるばる横浜からエルヴィスの街メンフィスへと観光にくる。赤いスーツケースを 貴人が乗る駕籠(かご)のように運ぶ2人が印象的だ。エルヴィスがレコーディングをしたサンスタジオを訪れるが、どこか思っていたのと違う印象を抱きながら、アーケード・ホテルに行き着く。

パート2:A Ghost
ローマから来た女性ルイーゼ(ニコレッタ・ブラスキ)は、夫の遺体をイタリアへと運ぶ途上、飛行機のトラブルに見舞われ、メンフィスの街に一日滞在することになる。キオスクで新聞や雑誌を売りつけられたり、カフェで集(たか)られたりしながらメンフィスの街を歩き回り、アーケード・ホテルに足を踏み入れる。そこで出会ったディディ(エリザベス・ブラッコ)と相部屋で宿泊する。

パート3:Lost in Space
職場をクビになったディディの彼氏ジョニーは、バーで飲んだくれて銃を振り回していた。友人ウィルとディディの兄チャーリーは、ジョニーをバーから連れ出し、夜のメンフィスの街を車であてもなく走り回る。偶然入った酒屋でウィルがバカにされたことに腹を立てたジョニーは、酒屋の店員を銃で撃ち殺してしまう。三人は隠れ家を求めてウィルの義理の兄が働くアーケード・ホテルへ向かう。

次作の『ナイト・オン・ザ・プラネット』1992

3つの物語は同じ時間軸で語られる。パート1と2はそれぞれジョニーが打った銃の発砲音で終わっており、3つの物語は緩く結びついている。『ナイト・オン・プラネット』以前の作品にはいわゆる主人公が存在していること。そして本作の次に撮られた『ナイト・オン・プラネット』が場所すらもバラバラな5つの物語から成り立っていることを考えると、『ミステリー・トレイン』はちょうどその中間に位置する作品だと言える。
またジム・ジャームッシュが初めてカラーで撮った作品でもある。色彩へのこだわりが随所で感じられるが、とりわけ目を惹くのは作品のなかで特に印象的に使われている「赤」だ。パート1でジュンとミツコが運ぶスーツケース。パート2でルイーゼが着ているワンピース。パート3でジョニーたちが乗る車。そしてアーケード・ホテルのフロント係(スクリーミン・ジェイ・ホーキンス)が着る鮮やかな赤のスーツ。
特にホーキンス演じるフロント係が着る赤いスーツは、三つの物語を視覚的に結ぶ効果を持っていると思う。

3つのパートに登場する人物たち目によって、エルヴィスの街メンフィスがさまざまに立ち現れる。登場人物たちは喧しくならない程度に戯画化されており、見ていて不快感はない。確かに、アメリカの文化にミーハーで英語の喋れないジュンとミツコはステレオタイプ的ではあるが、例えば同じく1989年に公開されたリドリースコットの『ブラック・レイン』など多くの映画に観られるような偏見は見られない。ジム・ジャームッシュの外国人を描く巧さにはいつも感心してしまう。

2回目のコロナワクチンを打って持て余した時間で観たのだけど、いい映画だった。つくづく池袋でやっていたジム・ジャームッシュ特集いけばよかった。

90点。

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