【21. お出掛け1】


「楽天の試合って…観てみたいと思う?」
「観たこと無いから一回は観てみたいっては思うけど…?」
「じゃあさぁ…今度観に行ってみようよ?」

彼が仕事先から貰ってきた福岡ダイエーホークスvs.楽天イーグルスの観戦チケット。
明確な理由は不明だが、何やら色んなしがらみだか仕事の付き合い上の問題があるらしく、
『必ず観に行くこと!』
という条件付き。
その日付に合わせて彼は仙台に戻って来た。
しかし時間までは間に合わせることが出来なかったようで、彼女の部屋に着いたのが試合開始時刻の10分前。
「ごめん…遅くなっちゃって…」
「おかえりっ」
「ただいま」
…チュッ…
ここからスタジアムまでは、道路の混み具合にもよるが、車で30分弱の距離。
彼女は支度も済んで出掛ける準備は万端なのだが、彼のほうは昼過ぎに急いで向こうを発った時の仕事着のまま。
「とりあえずシャワー浴びてきたら?」
「うん…」
とバスルームに消えてから着替え完了まで約5分。
「髪…乾かしたら?」
まだ濡れたままの彼の髪を彼女は手櫛を使い解かす。
「いい、どうせすぐ乾くし。もう出ないと…」
出発したのがちょうど試合開始時刻。

ホームゲームのある日は、球場廻りが車でごった返し、仙台駅東口からスタジアムまで一直線に延びる大通り。
その歩道をユニフォームを着た群れが歩く。
これまでは通り過ぎるのが殆んどだったこの通り。
若干の渋滞に嵌まった分、新しく出来たお店や店頭の幟[のぼり]などが目に止まる。
「こんなとこにこんなお店出来たんだね?」
「楽天バーガーだって。なんかでっかそうじゃない…?」
「ここ入ったとこにお刺身の美味しい呑み屋さんがあったと思うんだけどなぁ…あ、あった、ほらあそこ…」
「俺、昔あのビルの真ん中辺りのとこでバイトしてたんだよ?」
そんなやり取りを交えながら、やっと駐車場に車を停め、場内へ。
手を繋ぎながら階段を上って行くと、大歓声で2人を迎え入れた満員のスタンド。
もとい…ちょうどホークスの強打者にタイムリーヒットを打たれたところ。
「何やってんだ~!」
「もう変えろ変えろ!!」
「草野球見に来てんじゃねぇんだぞ!!!」
あちこちから見事なヤジが飛んでいる。
怒号と言うべきか…。
2つだけ並んで空いてる内野席を目指す。
試合は3回の表。
既に3点ビハインド。

当時イーグルスは連敗に連敗を重ね、所定の位置を独走中。
勝つ試合を見れた人は、“強運の持ち主”と呼ばれるぐらいの弱小球団。
近年のスタートダッシュは認めるが、最終順位は今でも大して代わり映えがしない…ような気がしないでもない。
果たして今年の成績もどうなることやら…。

応援してもムダ…とはわかっていても、応援したくなるのが地元民の性。
周りの雰囲気に飲まれ、2人も一緒になって声を張り上げる。
「がんばれ~!!」
と…心の中で…。

「あの人TVで見たことある…」
「楽天の選手って、大学病院の近くのスーパーで、よく買い物してるらしいよ?」
「へぇ~、その辺に寮でもあんのかなぁ?」
「あ、あれ!見て見て…」
楽天の非公認キャラ、Mr.カラスコがバギーに乗って登場。
チアに、選手にちょっかいを出し 、居なくなったかと思えばいつの間にか2人のすぐ後ろに…。
スタンドの観客にまでイタズラ開始。
その様子がプレイの合間にバックスクリーンの大型モニターへと映し出される。
─もしかしたら、うちらのとこにもやって来て、あんなでっかいモニターに映ったりしたら…─
想像して、恥ずかしくなって、ちょっとドキドキした。

そんなのもちょくちょく挟みながら、楽天はいい見せ場もなく試合は進み、最終的に彼も彼女も強運の持ち主ではないことが証明された。
皆んなの応援も虚しく、9回裏の攻撃は3人できっちり抑えられゲームセット。
ボードの下段には綺麗に9個、0が並んでいる。
「お疲れさん!次は頑張れよ~!」
さっきまでボロクソにヤジを投げていた観客と同じ声が選手達に労いの声を掛ける。
ヤジもある意味応援のひとつということか…。
「また来てみたい?」
「うん。楽しかった。TVで見るのとじゃ全然違う…」
臨場感を満喫出来た。
ルールなんか殆んど知らなくたって、新鮮な体験に熱くなれたし、何より2人一緒…とても楽しむことが出来た。
「今度は、勝つ試合見たいねっ」


また、何もせずともじわっと額に汗が滲む季節がやって来た。
一緒に部屋で寛いでいると、彼は
「来月の連休…旅行行かない?お盆はもう仕事入ってるからちょっとズラして取るからさぁ…」
「どこ行くの?」
「どこ行きたい?」
「どうしよっかなぁ…」
8月の第4土曜…といえばピンとくる人も多いかも知れない。
決めたのは秋田、大曲の全国花火競技大会[※1参照]。
2人共、一度も行ったこともないし、ずっと行きたいと思っていたイベント。
行くと決めたら即電話、宿泊場所を探す。
彼はホテルや民宿など、片っ端から手当たり次第掛けてみるものの、
「あー、空いてないですね…」
…ガチャ…
とか
「ごめんなさいね~…たぶんその日はもうこの辺は…」
どこも予約で一杯。
試しに、優しそうな対応をしてくれたおばちゃんや、可愛い声のお姉ちゃんにあの話しを訊ねてみる。
〈大曲の花火を見に来た宿泊客は、チェックアウトする時点で来年の予約をしてから帰る…〉
という大袈裟な噂…。
どうやら単なる噂では無く、全く以て事実に基づく話しのようだ…。
翌年の大会当日の宿泊予約は、花火大会が終わった翌日には、ほぼ8割方が埋まってしまうのだそう。
混み合うのは元から解っていたつもりだったが、まさかこれほどまでとは…。
─会場の近場は無理…─
と諦めて今度は隣町の宿泊施設に電話を掛けまくる。
結果は…やはり同じ…。

50軒近くは電話しただろうか…ようやく
「ついさっきキャンセルになったばっかりなんですよ?」
彼は思わずガッツポーズ。
会場からは少し遠いけれど、田沢湖の近くで予約が取れた。
「取れただけ、まぁいいよね?」

で、当日。
朝8時過ぎには部屋を出た。
彼が走り馴れた東北道を北進し、ちょっと寄り道して美味しいものでも食べていこうと、北上JCTを通り過ぎ盛岡ICで降りる。
岩手と言えば…わんこそばや前沢牛、焼き肉、冷麺で有名。
立ち寄ったのは、盛岡駅近くのビルの2Fにある人気の焼肉屋さん。
普段から繁盛しているお店のため、特に夜などは“数十組待ち”なんてこともざら。
しかしまだ昼時前、オープンして間もない時間。
「いらっしゃいませ~、お好きな席へどうぞ~…」
2人がその日最初のお客さんとあって、貸切状態。
「あそこの席がいい…」
窓側の席を選んで彼女が座った。
彼は彼女の隣へ座る。
付き合い始めた頃は向かい合って座っていたが、いつの間にかこうなって、それからはずっとそう。
そんな2人を見た店員さんは大抵訊いてくる。
「何名様ですか?」
─やっぱり訊かれたね?─
と顔を見合わせ、
「2人で~す♪」

「ここ…冷麺が美味しいみたい…」
─やっぱり…─
彼女のその言葉で彼は確信した。
駅ビルの駐車場に車を停めた時点からこの席に着くまでの彼女の雰囲気を見る限り、カレと来たことがある店ではないかと睨んでいた。
車で3時間近く…そう滅多に来るような場所ではない。
しかし…初めて来るお店にしては、足取りに迷いがなかった。
─たぶんカレと来た時もこの席に座ったんだろうか…─
彼は何だかモヤモヤした気分…。
しかし、にこやかに気付かない振り。
せっかく楽しみにしていた旅行を最初から台無しにするのはもってのほか…。
─カレには負けたくない…─
という男の競争心理が働いたからか、
─こんな時ぐらい贅沢するのは悪くない…─
と思ってか、彼は彼女に向かってメニューの中から普段は食べ馴れない高級お肉を何個か指差した。
「これとか…これなんかどう?」
「いいの?」
「たまには…いいんじゃない?」

美味しそうな霜降り肉の乗った大皿や牛骨出汁の効いた盛岡冷麺がテーブルに並べられると、
「美味しそぉ…」
彼女はニコニコ。
その表情に釣られた彼もニコニコに…。
「いっただっきま~す♪」
…ジュ~~~~ッ…

盛岡を発った後、国道を東に田沢湖方面へ。
湖畔の県道に逸れて暫く走ると
「あ、今んとこだった…」
彼はすぐにUターン。
エンジンを切ると、普段は煩わしく感じる筈の大勢の蝉の鳴き声。
湖畔の深緑の間からは夏の終わりを感じさせない木漏れ日が射し、少しだけ穏やかな風が木々を揺らしながら心地よい自然を奏でていた。
そんな場所に佇むパンション風な今宵の宿泊先を、確認序でに一旦立ち寄る。
「ちょっと早いかも知れないんですけど…今日の宿泊で予約してた…」
「あ~、お待ちしてました。構いませんよ?どうぞどうぞ…」
快く迎えられ、チェックインを済ます。
着替えやら何やらを詰め込んだ結構大きなバッグを手に通されたのは、ロッジ風の大部屋。
─ん?なんか間違えた?─
そう思うほどの広さ。
訊くと、
「電話でお伝えした通り空いてるのはこの部屋だけなんですよ…」
「こないだ予約した時、言ってましたもんね…」
「料金はどの部屋も変わらないんですよ?人数分しか頂きませんから…でももしお気に召さないようでしたら他のお客様に交換して頂けるかお伺いしてみますが…」
彼の顔色に対して、まさに的確な言葉を選ぶスタッフ。
「いいですいいです、この部屋で大丈夫です!」
ざっと見廻すとベッドルームは別室だし、ミニキッチンにロフトまである。
スタッフがまだ部屋にいるため、2人は心の中だけで大はしゃぎ。
ふと壁に掛かる写真が彼の目に留まる。
「どうぞごゆっくり…」
と部屋を出ようとしたスタッフを呼び止め、
「この写真って…?」
と訊いてみた。
「以前、この方が田沢湖を訪問された際に、御休憩に使われたお部屋なんです。その時の記念に撮られた写真なんですよ?この椅子、一緒でしょ?」
「へ~、だって…」
「凄いね…」
この方…誰もが知るあのお方…。
「座ってみる?」

ちょっとだけ部屋で小休止した後、フロントに鍵を預け、
「じゃあ行って来ますんで…」
「お気を付けて。どうぞ楽しんできて下さいね」
向かったのは大曲ではなく男鹿半島。
口を大きく縦に開けた面長の人の顔の形をした秋田県の、ちょうど鼻先部分にあたる場所に次の目的地がある。
キラキラと水面が眩しい日本海を背にした通称鉛筆タワーが左手を通り過ぎる。
続く八郎潟の一本道が終わると再び海沿いに。
運転席から眺める群青色の日本海の景色に
「綺麗だから見て見て…」
彼が言う。
ところが、寝ぼけ眼の彼女は
「うん…」
と答えただけでまた瞼を閉じた。
すると彼は怒り出す。
「せっかく来てんだから、ちゃんと見てよ!」
その景色さえも2人の旅行の記念にしたかったから。
でも、
彼にとってはその時の彼女の寝顔が…
彼女にとっては彼の怒った顔が…
些細な、けれど大切な想い出。
途中から半島をグルッと反時計回りに迂回して立ち寄った入道崎灯台の梺のドライブインで海鮮物の串焼きを食べると、2人の機嫌はガラッと良くなった。
それを考えると、彼が機嫌悪くなった原因は、単に早めにお昼ご飯として食べた焼き肉が胃の中で消滅しまったから…それだけのことだったのかもしれない。
「気持ちい~…」
岬に立ち、両手を水平に挙げて全身で風を受ける。
そんな彼女の後ろからお腹に手を廻して抱き付く彼。
お決まりの“バカップル”振り…。

そこから秋田市方面へ南へ少し進むと、崖の上に建つ建物が見えてきた。
男鹿水族館GAO。
そう大きくもなく、多少古びれた感は、小さい頃に連れて行って貰ったっきりの地元の水族館にどことなく似ていて、やけに懐かしさを感じる。
入口の脇ではペンギンが、館内に入れば男鹿の海を再現した巨大な水槽の魚たちが出迎えてくれた。
その奥の水中トンネルを潜るとまるで海の底にいる気分が味わえる。
秋田、男鹿の日本海の生物が数多く展示され、しょっつる鍋の具材としてもメジャーなハタハタを見付けると、食いしん坊の2人は
「美味しそうかも…」
「だね…」
活きた食材をその目で充分に堪能した2人。

「三大花火大会、全部見に行ってみたいね?」
「俺は、長岡の花火は見たことあるよ。ちょうどその時仕事で新潟行ってて、ビルの屋上から皆んなして見てた」
「いいなぁ…」
「でも遠かったから小っちゃかったけどね…ってか、大曲と長岡とあと一個…どこだっけ…?」
「検索してみる………あ、茨城の土浦だって…」
「そっか、そっか、そうだよねぇ。それは見たことないや…。ここのは、どんな花火上がるんだろうね?」
「どんなだろうね?花火競技大会って言うくらいだから凄いんじゃない?」
「TVでチラッと見たことはあるけど…」
期待を胸にいざ大曲へ。

思ったよりも幾らかスムーズな秋田道の下り線。
大曲ICを降りたのは暗くなってすぐくらい。
入り口に立つ地元民の臨時収入を払い、会場からは少し遠くの、山と田んぼに挟まれた駐車場に車を停める。
…ドーン…パラパラパラッ…
「もう始まってたみたいだね…」
光と音のする方、誰もが進む方向へと2人も足並みを揃えた。
屋台が立ち並ぶ小さな橋の上に差し掛かり
「この辺で見よっか?」
の彼の声に足を止め、2人仲良く並んで欄干に寄り掛かる。
「あ、ニコちゃんマーク!」
「今のドラえもんじゃない?」
「こんな花火もあるんだね?」
子供のように喜び、はしゃぐ2人。
かと思えば、視界いっぱいに拡がる尺玉の煌めきに
「わ~…きれい…」
と目を潤ませながら彼に寄り添う彼女。

音楽に合わせ、それぞれの花火師によるスターマインが断続的に打ち上げられる迫力に、老若男女問わず誰しもが目を輝かせる。
そこに居るだけで獲られる感動や充実感、優越感は見たことのある人にしか解り得ない。
しかし今日の彼にとっては、目の前で咲く花火よりも彼女の横顔のほうがそれをより感じることが出来た。
─連れて来た甲斐があった…─

「今どの辺?」
彼の問いに彼女が一枚の紙をバッグから取り出した。
駐車料金を払った際にお釣りと一緒に渡された非公式のプログラム。
「あと30分はあるみたい…え?何これ?」
彼女の指差す部分を見ると…
「昼花火??…なんだろうね?お昼に花火って聞いたことないんだけど…?」
「だよねぇ…?」
「じゃ、今度は早くから見に来ようね!」
「うん、またゆっくり見に来ようねっ!」


2人は逢う度にいつも、Hなことばかりしてる訳じゃない。
こんな風に旅行やお出掛けをしたり、ただ部屋でTVを見ながらゴロゴロ過ごすだけの日だってある。
一緒に過ごすのは例え短い時間であっても、2人の距離は別れる前よりももっとずっと…近付いてゆく。
そして離れて暮らしている分、たまにしか逢えないことが、逢えた時の楽しみや嬉しさを何倍にもしていた。
そんな風に感じている彼女を…
たまに“彼のノーマルじゃないの”が刺激する。
それは単なる露出ドライブだけでなく、時には別れる前よりももっとずっと…“ノーマルじゃない”お出掛けだったり…。

2019/08/03更新
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※大曲全国花火競技大会(大曲の花火)
…秋田県大曲市の雄物川[おものがわ]河川敷きにて、毎年8月の第4週土曜日に開催される全国から花火師が集いその技術を競い合う花火大会。
尚、何故か2019年に関しては、8月の最終土曜日である31日に開催されるそうです。
詳細については【大曲の花火】で公式HPを検索願います…m(_ _)m

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