助けたい症候群と無力感の癒やし方
このnoteは下のブログを元にvoicy / youtubeでお話しした内容を文字起こししているものです。
この話の元記事はこちら!
「助けてあげたい気持ちは愛だけれど、そこに無力感が出てくると助けたい症候群となって関係がうまくいかなくなるもの。」
***
どうもこんにちは。
カウンセラーの根本でございます。
いつもお聞きくださいましてありがとうございます。
ということで、なんか最近ちょっと飛び飛びになってしまっておりますけども、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
今日は、大阪はすごい良い天気ですね。
ということで、今日は「助けたい症候群」っていうお話をしていきたいと思います。
けっこうあるあるなテーマかもしれませんが、ぜひ最後までよかったらお聞きください。
そして、チャンネル登録とかフォローとかも、よかったらよろしくお願いします。
「助けたい症候群」っていう言葉がありまして、簡単に言うと、すごく助けが必要な人をいつも求めてしまう。
そして、そういう人に恋をするケースが多いですけども、そういうパターンを持つ方。
常に助けが必要な人を探して、なんとか助けようと頑張るけども、なんかやっぱりうまくいかなかったりとかして、無力感っていうのに苛まれていくっていうパターンだったりします。
で、この助けたい症候群を持つと、困った人を放っておけないとか、なにか人の力になりたいっていう、そういう愛の側面っていうのを持つんですけども。
ただ、その助けたい気持ちっていうのが強すぎたりする一方で、この後にお話する問題が出てくるもんですから、結局助けられなかったりとか。
それから、助けられないが故に、どんどんどんどんその助ける対象っていうものが遠くなったり、大きくなったりして、それがハードワークになったりとか、すごく犠牲・補償行為になったりとかっていうことで、結局自分自身がどんどんどんどんボロボロになっていくなんていうケースっていうのもよくあるわけですね。
これが、助けたい症候群っていうのを簡単に説明すると、そうなるんですね。
で、実はこの助けたい症候群というのは、たとえばパートナーシップにおいても、なにか問題のある人とか、傷ついた人っていう人を選んで、その人を助けようとするわけです。
癒してあげたいとか、救ってあげたいとか、支えになりたいとか、そういう気持ちで動くんですけども、ただ助けたいっていう気持ちからいくと、当然ながらこれは与える気持ちなので、それは愛ではあるんですけども。
実は、そこに2つのある問題っていうのが隠れてるので、うまくいかなくなるんですね。
その2つの問題っていうのの、1つ目っていうのはなにかっていうと、パートナー・恋人を助けようとするんだけど、実は恋人を助けるその後ろ側には、お母さんとかお父さんとか兄弟とか、いわゆる「家族」っていうものがあるっていう場合ね。
これはどういうことかっていうと、たとえば家族に問題のある親がいました。
それはどんな問題でもいいんですけど、その人を自分はすごく助けてきて、支えてきましたと。
弱いお母さんをずっと支えて生きてきましたとか、すごく暴れん坊で、傷ついて、暴れてるお父ちゃんをなんとか救ってきましたみたいな。
そういった幼少期っていうのを過ごしてきたケースなんかに多いんですけども。
そうすると、その自分の愛し方っていうのは、そうやって「助けること」っていうふうになるんですね。
ところが、じゃあそのお父ちゃん・お母ちゃんって助けられましたか?っていうと、ほとんどの場合、そのミッションって失敗に終わるわけですね。
ってなってくると、自立していくたびに、今度は親じゃなくて、親の代わりに「傷ついたパートナー」っていうのを選ぶようになったりとか。
あるいは、傷ついた人っていうものを常に探していくような、そういう人間関係っていうのを築きやすくなってくるんですね。
これは、「親を助けたかったんだけど、助けられなかった」っていう無力感、この無力感っていうのは、罪悪感の一種として捉えていいと思うんですけど、無力感っていうのがあって、「自分は力になれなかった。助けられなかった。役に立てなかった」っていう思いがベースになるわけですね。
だから、なんとかその思いを払拭するために、助けが必要な人に助けを与えていくということをやっちゃう、というのも1つありますし。
それから、ずっとそういう役割を家の中でしてきたので、どうしてもそれが習慣化してしまって、「助ける役」っていうことに執着してしまう、固執してしまうっていうこともある。
「それが自分にとって自然だから」っていうふうな言い方もできますね。
でも、それって本当はその恋人とかではなく、「親を助けたかった」っていう、ある種の代理戦争的なところがあって。
それ故に、その恋愛関係っていうのがうまくいかなくなったりします。
で、もちろんその恋愛パートナーシップっていうのは対等なはずなのに、自分は助ける側・救う側ばっかりに意識を向けているもんですから、「受け取るっていうことができなくなっちゃう」ということも、1つの特徴としてあります。
受け取れない。
自分ばっかり、一方的に与える。
だから、たとえばすごく相手を砂糖漬けのような感じで甘えさせてしまったりとか、相手の依存をどんどんどんどん引き出してしまって、自分がハードワークをしなきゃいけなくなったりとか。
もし相手も与えたい人であれば、お互いに与え合う競争みたいな、どっちがどっちの面倒を見るんだ!?みたいな感じの自立の競争っていうのが生まれて、それがパワーストラグルっていう、「主導権争い」っていうかたちに変わったりとか。
で、結局やっぱり親の代わりにパートナーを助けようとするもんですから、やっぱり親を助けられなかったのと同じように、そのパートナーのことも助けられないっていう問題に出てきたりします。
これが、大きく「本当に助けたいのは誰なの?」っていう部分なんですね。
そしてもう1つ、これは非常によくあるんですけども。
たとえば、「助けたいな」と思う相手を多分助けてるんだけど、本当は「自分が助かりたいんだよね」っていう心理なんですね。
自分は本当は助けてもらいたい、自分が助かりたいんだけども、そういうことをしてくれる人がいなかった。
家族でも、自分を助けてくれるなんていう人がいないから、「じゃあ自分が相手を助けよう」という心理でもあり、また、自分が傷ついてる分だけ、パートナーになる人がすごく傷ついてるように見えて助けるっていう、そういう「投影の法則」も絡んでたりする部分なんですね。
で、そうやって助けたい症候群っていうのが出来あがっていくんですけど、本当に助かりたいのは自分だから、その相手に見る傷っていうのが自分の傷の投影だとするならば、自分が助からない以上、ずっと相手がもう助かってるように見えないんですね。
だから、やっぱりここでも非常に強い無力感っていうのを重ねるし、逆に相手が助かってしまったら、自分が相手に興味を失ってしまうっていうような不思議な現象もあって。
そこでも、うまくいかなくなってしまう。
自分から手放してしまうなんていうことをやるケースもあったりします。
で、こういった助けたい症候群を持つ人っていうのは、その親であったり、自分であったり、目の前にいるパートナーとか、いろんな社会とか、そういう人たちを助けたいっていう気持ちで出るんだけど、実は「その親とか自分っていうのが、本当に助けたい人・助かりたい人」っていうところが、1つのポイントになってきて。
ただ、そう思っても才能ではあるので、ここでパートナーシップだとやっぱり癒着してしまったり、背負い込みすぎたりするってことが出てくるんですよね。
だから、そういう傾向がある方は、僕は「それをお仕事にしましょう。線引きがしやすいお仕事にしましょう」と。
カウンセラーとかっていうのもその1つだし、なにか癒していくような仕事。
そもそも仕事って、なにかを与えるものですから、どんなお仕事でもいいんですけども、「そういった仕事っていうところで、線引きをするようにしていきましょうか」っていうのを、1つの目標にすることっていうのが多いんですね。
ただ、自分は傷ついてるとか、親を助けられなかったっていう無力感っていうのがあった場合、これはやっぱりある程度処理しておいた方がいいことは間違いなくて。
たとえば、無力感っていうものって、皆さんもいろんなところで感じられますし、我々の仕事なんていうのは、「もう無力感との戦いだよ」なんていうぐらい、無力感がつきまとうお仕事なんですけども。
そういう中で、どうしていったらいいか?っていうと、「ベストを尽くしたっていうふうに思い込みましょう」っていうふうな対処の仕方をしていきます。
「その時の自分はベストを尽くしたんだ」と。
ベストを尽くして、親を助けてきたし、恋人を助けようとしてきたと。
今から思うと、まだできたこともあったかもしれないって思うんだけども、「その当時の自分、その時の自分は、ベストを尽くしたんだよ、やれることをやったんだよ」っていう部分。
これを、認めていくっていうことが、1番重要なことになってくると思います。
そして同時に、実は無力感というのはややこしいんですけども、「自分の無力さを受け入れる」っていうことに対して、抵抗する場合が多いんですね。
なので、そこに「謙虚さ」っていうのが必要になるんです。
これは、自分がベストを尽くしたっていうふうに思えるようになるためにも、その謙虚さっていうのがすごく大事で。
「自分が無力であることを受け入れる」って、すごい大事なことなんですね。
これを受け入れられないと、力の証明って言って、競争状態になってしまうということが、よくあったりするわけです。
それと同時に、やっぱり与えたい気持ちが強い。
これは素晴らしいことだし、確実にそういう生き方っていうのは、愛も強いんですね。
だけど、与えることばっかり意識すると、受け取ることがやっぱりできなくなってしまうと。
助けようとするんだけど、助けさせることができない。
これは「自分を助けたい」っていう欲求がある場合も強いんですけども。
だから、「自分を誰かに助けさせてあげる」っていう意識を持つことっていうのも、この無力感とか、助けたい症候群から抜け出すっていう秘訣になります。
誰かに自分を助けさせてあげる、与えさせてあげるっていうことですね。
そうやって無力感を抜け出して、助けたい症候群も抜け出していけるよっていうのが、今日もお話でございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?