見出し画像

言語接触ことはじめ①

はじめに

こんにちは、かっぱちゃんです。

前回の記事(ためにならない屈折語の話)では、例えば、屈折語であるはずの英語がその屈折的特徴を失っていき、前置詞を使用したり語順を固定化したりといった歴史的な文法上の変化を起こしたという話などをしました。覚えておいででしょうか。

英語の歴史をみていくと、語彙にはじまり、音韻や文法に関する本当に多種多様な言語変化があることを皆さんは知ることになるでしょう。そして、これは英語にかぎらずですが、こうした言語変化には実はさまざまな要因があるとされ、そのそれぞれをひも解いていけば、ときには言語外の事実に辿り着くことすらあるのです。

さて、言語の歴史には、外面史内面史という2つの側面があります。前者は言語そのものの歴史であり、後者は言語にも関わりを持つ社会や文化といった言語外の歴史です。

今回の記事で扱った「言語接触」(英:language contact)というテーマは、まさに言語を取り巻く社会や文化といった外的な要因と密接に関係しています。以下では「言語接触」についてのごく基本的な内容をご紹介していきたいと思います。

キーワード:言語接触、言語連合、バルカン言語連合、基層、上層、傍層

そもそも言語の「接触」とはなにか

異なる文化および民族間の交流は、ここ数十年での技術革新によって、いっそう容易となり劇的に増えてきています。そして人や文化の交流があるかぎりは、異なる言語が交わることも当然ながら生じることになります。ラテン文字や外来のカタカナ語を見ない日はないですし、むしろ今ではそれが当たり前とさえ思っている人も多いのではないでしょうか。

われわれが言語接触というとき、「接触」しているのは言語だけとはかぎりません。言語を使用する人間どうし、さらにはその人間を取り巻く社会や文化もまた接触していると考えられるのです。

また、似たような言い方としては「混淆(混交)」という表現があります。むしろこちらの言い方のほうが直観的なイメージに近いかもしれませんね。言語接触とはまさに言語と言語、人と人が混ざり合って起きる現象なのですから。

それでは、次に言語接触とはなにかということを辞書的な定義から確認してみましょう。

異なる言語を話す集団が交流する時、文化・社会面だけでなく言語面でも一方が他方に影響を与えることがある。また、1つの集団が2つ以上の言語を使用することもあり、その場合にも言語どうしが影響を与えあう。これらの現象を言語接触と言う(市之瀬 2015)。

なるほど、どうやら言語接触では、異なる言語や人が交わるだけでなく、一方が他方に影響を与えたり、お互いに影響を与えあったりするという点が特徴的なようです。

空間的な「接触」と時間的な「接触」

言語どうしの接触の仕方には、主として空間的または時間的の2つの区別があります。それぞれについてみていきましょう。

空間的な「接触」

「空間的」という言葉は、ここでは「地理的」と言い換えることもできます。つまり、言語と言語が、人と人とが地理的に隣接して生じる接触のことをいうのです。

これについては多くの例を挙げることができるでしょう。かなり大雑把でテキトーになりますが、ドイツ語とフランス語、スウェーデン語とフィンランド語、チェコ語とドイツ語、とか。日本語とアイヌ語などもそうでしょうね。歴史的にみれば、さまざまな地域で言語の空間的な接触があったということは想像に難くありません。

このような地理的な言語接触のうち最も代表的なものとしては、バルカン半島の諸言語があります。すなわち、アルバニア語、ルーマニア語、ブルガリア語、マケドニア語、ギリシア語、セルビア語などです。あるいはトルコ語をここに含める場合もあります。アルバニア語とギリシア語はそれぞれ独立の語派をなしますし、ブルガリア語、マケドニア語、セルビア語はスラヴ語派、ルーマニア語はロマンス語派といったように言語の系統もバラバラです。バルカン半島のような民族接触が複雑かつ激しい地域にあっては、言語と言語の関係もまた入り混じっているというわけですね。

これらバルカン半島の言語は、言語学的には「言語連合」(英:language union;独:Sprachbund)とよばれる一つのグループを形成すると考えられています。簡単に説明すると、系統関係のない複数の言語どうしが地理的に隣接することで互いに文法的特徴を借用しあい、結果としてそれらのあいだで類似性が高まっているような場合、その一定の言語群をここでは言語連合といっているわけです。また、言語と言語とが地理的な連続体をなしていることから「言語圏」という言い方をすることもあります。

したがって、今回の場合はバルカン半島の地名をとって「バルカン言語連合」とか「バルカン言語圏」という名称が一般的に用いられています。

この言語連合についてはまた別の記事でもう少し詳しく扱いたいと思っています。どうぞ期待せずにお待ちください。

時間的な「接触」

では次に時間的な接触に話を移してみましょう。

「時間的」という言葉は、歴史的とか、あるいは言語学わかる人には通時的(英:diachronic)という表現に言い換えたほうがわかりやすいでしょうか。そうすると空間的な接触のほうは、これとは対照的に共時的(英:synchronic)な接触といってもよいかもしれません。

こちらの代表的な例としてよく挙げられるのは、ガリア語—(俗)ラテン語—フランス語です。この辺りは具体的な説明が必要ありそうですね。少し掘り下げてみましょう。

かつてガリア地域(大雑把には現在のフランス、ベルギーなどの辺り)ではガリア語(ケルト系の言語)が話されていましたが、ガリア人がローマ帝国の支配に入ったことを機に、征服者であるローマ人の言語、ラテン語がこの地に流入することになります。しかし、ガリア語はすぐにラテン語に取って代わられるということはなかったようで、ガリア人のローマ化が進むなかでも、ガリア語は民衆の言語として紀元5世紀頃まで話されていたといいます(ヴァルトブルク 1976)。

そしてガリア人の言語は、被征服者の言語でありながら、征服者の言語である(俗)ラテン語のなかに入り込み、さらには今日のフランス語にも残っているものがあるんです。実はフランスの地名にもガリアの部族名に由来するものがあります。

例えば、Paris(< パリ―シー族)、Reims(< レーミー族)など。

また、ガリア人が農耕・狩猟民族であったということもあり、農耕に関連する語彙に由来するものも残っています。

例えば、bran「ぬか」ruche「蜂の巣箱」(< 元は「樹皮」の意味。当時は「樹皮」からつくられていた)、raie「畝」(今は「縞」とか「線」かな?)、soc「鋤」など。

このようなフランス語(ないし俗ラテン語)とガリア語の関係は、言語学的には「基層」(英:substratum)という概念で説明されます。ガリア語は言語としてはすでに消滅してしまいましたが、あとから上に覆いかぶさってきた(俗)ラテン語およびフランス語の土台としてその影響を後世に残したわけです。なので、このことをガリア語はフランス語にとって基層の関係にあるといったりします。

画像2

図1:フランス語とガリア語の関係(出典:下宮 1978)

「基層」に対立する概念には「上層」(英:superstratum)というものがあります。こちらの例としては、フランク語(ゲルマン系の言語)とフランス語(時期的には俗ラテン語)です。フランス語、堂々の2回目の登場。

フランク語はすでに3世紀頃にはガリアに侵入し始めていたとされるフランク人の言語です。したがって、フランク語は征服者側の言語としてフランス語(俗ラテン語)の上に乗っかったことになります。しかし、ガリア語に対するラテン語の例とは反対に、文化的に威信の高くなかったフランク語はしだいに廃れていってしまいます。ただし、その際には多くのフランク語が流入しており、それは今日のフランス語にもかなり残っていることが知られています。

このような関係を指してフランク語はフランス語の上層の関係にあるといったりします。

ちなみにフランク語起源のフランス語には軍事用語がけっこうあります。好戦的なゲルマン民族っぽいですよね。

例えば、guerre「戦争」、heaume「かぶと」、épieu「矛」、broigne「鎖かたびら」など。

あとは狩猟や農耕に関する語彙などもあります。

例えば、blé「小麦」、jardin「庭」(元は「囲い地」の意味)、regain「2番草」など。

さて、ここまで、時間的な言語接触のあり方として「基層」「上層」という2つの考え方を説明しました。「時間的」という考え方からは脱線するのですが、やっぱり「基層」と「上層」ときたら「傍層」(英:adstratum)の話もしないと決まりが悪いですよね(?)

実は「傍層」はすでに述べた空間的、つまり地理的な接触の関係とほぼ同じです。したがって、地理的および共時的に接触している言語は互いに傍層の関係にあるということになります。そして地層のように時間の経過によって積み重なってできる上や下といった関係性がないわけですから、傍層に位置する言語どうしは同時代においてお互いに影響を与えあうという点を覚えておきましょう。

※語源については可能なかぎり小学館の『ロベール仏和大辞典』で確認したものを挙げていますが、地名のみヴァルトブルク(1976)からそのまま例を引用しています。

画像2

図2:バルカン諸語の傍層的関係(出典:下宮 1978)

おわりに

はい、お疲れさまでした。少し駆け足でしたが、今回の内容はここまで。

今回の記事では、言語接触についての基本的な内容として「言語連合」「基層」「上層」「傍層」というキーワードを中心にご紹介しました。

今回はタイトルが「言語接触ことはじめ①」でしたから、②もそのうち書きたいと思っています。内容としてはですね、①が「言語接触がどのように生じるか」という観点だったとすれば、次の②は「言語接触によって何が生じるか」という観点からの記述とでもいいましょうか。

とにかく期待せずにお待ちください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。以下には参照文献を挙げておきました。

参照文献

本文中で引用されていたものの出典はこちらをご確認ください。

①市之瀬敦(2015)「言語接触」斎藤純男ほか(編)『明解言語学辞典』67-68. 東京: 三省堂.
②下宮忠雄(1978)「言語接触とはなにか」『言語』7 (4). 68-69.
③ヴァルトブルク, ヴァルター(著)田島宏ほか(共訳)(1976)
『フランス語の進化と構造』東京: 白水社.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?