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花嫁に悔いなし

思えば、楽しい人生だった。たった30年だけど好きなように生きた。今死んでも残念とは思うけど悔いはない。

そんなに降ってはいないけれど、周囲に遮るものが無く、巻き込むような強風に雪が舞う。窓の外は真っ暗な闇と真っ白な吹雪が、すごい速さで左へ流れてゆく。綺麗だ。

お父さん、お母さん、最後まで自由すぎる娘でした。先に逝く事になってごめんなさい。楽しく生きたから、あまり悲しまないでね。って言っても無理か。友達も悲しんでくれるかな。私のお通夜は宴会みたいに飲みながら思い出でも語ってくれたらいいな。私の分もお酒置いておいてね。ビールとワインと日本酒。一応お通夜だからシャンパンは遠慮しておく。

最後に思い残す事って何かあるかなぁ。猫を一撫でしたかったな。一人暮らし始めてから猫を撫でたい為だけに車走らせて家に帰ってたなぁ。今日も撫でたかった。だからこんな暗い田舎道を雪の中走ってたんだ。結婚して、遠くに引っ越したら飛行機に乗らないと猫を撫でに帰れなくなる。

結婚式って花嫁が亡くなった場合もキャンセル料取られるのかな。「こんな時ですけど、」と申し訳なさそうに請求書出されるんだろうか。

私は来年結婚式を挙げる予定だった。好きに生きてきたし、子供も欲しいし、いいタイミングかな、と結婚する事にした。結婚に強い憧れがあった訳でもない。それでも今日ウェディングドレスは何度も試着して選んだ。写真しか撮らない予定のカラードレスも選んだ。その帰り道、猫に会いたくなって一人暮らししている部屋ではなく、両親の家へと車を飛ばしていた。

雪が降っていて、気温も下がり、道が凍っていた。あ、と思った時はもう車は私の意思に従う気を無くし、前輪を右へ、後輪はそのまま、斜めに走り出した。

もうダメだ。私はここで事故で亡くなるんだ。悔いはあるかな、と過去を思い出しつつ、もしこのまま死んだらどうなるだろうかと考える。この田舎道は“呪われた花嫁道路”とか呼ばれちゃうかも知れない。

「あの道出るらしいよ」

「ウェディングドレス着た血塗れの花嫁が追いかけてくるらしいよ」

なんて知らない人達にネタにされるかも知れない。ドレスは試着しただけで普段着で死んでるのに、ウェディングドレス姿で化けて出るとか言われるの嫌だな。何より、どう考えても悔いなんか無いのに、きっと無念だったろうと同情されるの嫌だな。

ちょっと待って。

そうなると、「別に結婚願望無いとか言ってたけど、本当は結婚したかったよね。」とか言われる。これは本当に嫌だ。お通夜は宴会どころか、無念の花嫁扱いされる!絶対に嫌だ!今ここで死ぬわけにいかない!

右へ流れ続ける車のハンドルを少し左へ、全く効かないブレーキは何度も細かく踏む。右側に用水路がなく少し広いスペースを見つけ、そこに向けてまた少しハンドルを右へ。やっとブレーキが効いたけど強く踏むとまた滑る。何度も離して踏んでを繰り返す。横転しないように、ハンドルも左右に少しづつ動かし続け……やがて。

止まった。

突然の、静寂。暗闇。いつのまにか吹雪はやみ、チラチラと木々から落ちる白い雪。

良かった、生きてる。血塗られた花嫁の都市伝説にならずに済んだ。

私は大きく深呼吸して、気持ちを整えた。

帰ったら猫撫でよう。あと、こんなに悔いがなく彼のことを全く考えなかったのだから、結婚については考え直した方が良いのかも知れない。

月明かりの中、静かな田舎道を今度はゆっくりと走り出した。




え!?サポートですか?いただけたなら家を建てたいです。