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綿矢りさになれなかった。でも、綿矢りさも私には、なれない

いまのわたしは、私になりたい。ずっと夢を叶えるのが怖かった。文学賞に出して、一次選考にも通らなかった高校生の頃。それから、自分だけの小説を書き続けている。25歳になった。もう25歳になってしまったんだ。

綿矢りさになりたかったな。高校1年生の頃、本屋さんに並んでいた『蹴りたい背中』の冒頭を見た。こんな作品を書きたいと切に願った。この世の中に希望を見いだせた。当時のわたしと同い年ぐらいなのに惹きつけられる文章を書く、天才が存在するんだと。わたしも、書けるようになりたいと。

そうすれば、生きる意味が見つかるかもしれないと思った。ずっと死にたい気持ちが消えない。この世の中で、生きていく意味はどこにあるの? いままで、一度も死にたいと考えたことすらない人間と、わたしの違いって何なの?

こういう風にnoteを書いていると、冷やかしのコメントがやってくる。
「私は恵まれてて良かった。この前も大学進学のお祝いを両親からもらったし、これからも家族仲良く過ごしていきたいな」
何のつもりなんだろう。いや、きっと、何も考えてないから、コメントできるんでしょうね。いつ境遇が変わるか分からないんだよ。家族全員が死んだら、その言葉が自分に返って来るかもね。あの子が不幸のどん底に落ちることを密かに願っている。

できるものなら、こんな性格になりたくなかった。
素直で明るくて、一度も死にたいと考えたことがない人間に、なりたかった。なれなかった。誰かを目指しても、しょうがないのは分かっているけれど、じゃあ、この醜い感情は、どうすれば、死にたい気持ちは、どこにやれば、あの子みたいに、綿矢りさみたいになれるの?

生きづらさを抱えながら、わたしの脳内を書き続けていた。想定していたより、たくさんのひとに読んでもらえて「これだけのひとが同じことを思ってくれていたんだ」と、考えると嬉しかった。

自分の脳内を公開するのが怖い日もあった。感想が来る。わたしだけの、わたしに宛てたエッセイ。たくさんのひとに読まれることを想定していなかった。あいまいな言葉を並べて、それらしき文章にしていた。具体性はない。そうしたら伝えたいことが出てこなくなった。書き尽くしたから、なくなっちゃったんだ。

でもね、そのおかげで確実に自分の感情と向き合うことができた。これを読んだひとがどう思うかなんて知らない。ただ、つらくてしんどい体験を悲しい出来事にするのは癪に障る。どうせなら何らかのコンテンツに昇華してやる。それを続けて、小説家やエッセイストになる。

書くことがなくなった今、死にたい気持ちは薄れている。まだ完全に消えていないけれど、少しだけ生きやすくなった。ようやく、誰かになることを諦めて、私を探しはじめた。

綿矢りさになれなかった。でも、綿矢りさも私には、なれない。まだまだ文章は拙い。文章の上手いだけなら、たくさんいると思う。それ以上に感情がこもっていて、読者のこころを揺り動かすような文章を書ける人は少ない。私の言葉で書き連ねていく。自分軸を手に入れた私は、これからどうなっていくのだろう。

いまのわたしは、私になりたい。

深夜の眠れない鬱々とした気持ちで書いた。朝になると躊躇しそうだから、勢いで公開ボタンを押す。

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