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愛子さまの成年会見に寄せて

先日テレビで、天皇皇后両陛下の長女、愛子さまの成年会見を見た。
新聞やネットニュースで愛子さまの写真を目にすることはあっても映像はひさしぶりだったため、とても驚いた。えっ、いつのまにこんな立派なお嬢さんになっていたの、という感じ。
ユーモアを交えつつ、穏やかにていねいに話す姿は天皇陛下にそっくりだったが、聡明さがにじみ出ていて雅子さまの面影もしっかりある。
初々しくやわらかい雰囲気でありながらあの落ちつき。二十歳とはとても思えない。
翌日の新聞によると、会見は三十分に及んだが、その間ほとんど原稿を見なかったそうだ。

短いエンピツ線

あれから二十年経つんだなあ……。
そのニュースを知ったのは梅田の百貨店で買物中のことだった。ウィンドウに「慶祝 新宮さまのご誕生を心からお慶び申し上げます」の垂れ幕が張られるのを見て、店内がざわめいた。
外に出ると号外を配るおじさんがもみくちゃにされており、私もなんとか一部入手。目に飛び込んできたのは「雅子さま 女児ご出産」の特大見出しだった。

その瞬間、胸に広がったのは二種類の感情だ。
当時、三十七歳で初産というと、いまよりずっと“高齢出産感”が強かった。しかも、雅子さまは流産を経験されていたため、「母子ともにおすこやか」と聞いてよかったなあと心から思った。
そしてその安堵と祝福のあと、「そうか、女の子だったんだ」と複雑な気持ちになった。

二十年前だって、「赤ちゃんはまだ?」がデリカシーに欠ける質問であるという認識は誰もが持っていた。
しかし、雅子さまに対してだけは、国民は「一日も早くお子さまを」という要望を無邪気に、露骨に表してきた。「皇位継承者を生むことが皇太子妃の最大の公務だ」と言ってはばからない人さえいた。
それゆえ、妊娠がわかったとき、雅子さまにとってもっとも気がかりだったのは高齢出産ということより、「男の子かどうか」だったのではないだろうか。母としては元気な子であればどちらでもという気持ちでも、皇太子妃としては皇子であることを願わずにいられなかったのではないか。
「皇室の存続は皇太子妃の肩にかかっている」とまで言われ、雅子さまがどれほどの重圧を感じていたかは想像に難くない。
だから、生まれてくる赤ちゃんが男の子であったなら、雅子さまは“お世継ぎ問題”の苦悩からようやく解放されるだろう------私はそんなことを思っていたのだ。

若い人はよく知らないと思うが、雅子さまは並みはずれた経歴を持つ女性である。
父親の仕事の関係で幼少期から海外で過ごすことが多く、ハイスクールでは全米の優秀な学生を評価する「ナショナル・オナー・ソサエティ(全米優等生協会)」に選ばれた。ハーバード大学の卒業論文は優等賞を受賞、帰国後は東京大学法学部に編入し、在学中に倍率四十倍の外交官試験に一発合格。五か国語を話し、外交官時代には首相の通訳を務めることもあった。
お妃候補の筆頭として騒がれていたとき、マスコミの前で、
「私はお妃問題には一切関係ございません。外務省の省員としてずっと仕事をしていくつもりでおりますので」
と毅然とした態度で皇室入りを否定した小和田雅子さんは、誰の目にもバリバリのキャリアウーマン。はっきりとものを言い、颯爽と歩く姿は自信に満ち溢れ、本当にすてきだった。

学校でも仕事でも、周囲の期待をはるかに超える結果を出してきた。それまでの人生、その優秀さで人を驚嘆させることはあっても失望させたことなどあるはずがない。
雅子さま自身、「これほどの能力とキャリアを持つ女性が皇室に入るなんてもったいない」とさえ言われた自分が十年後、「皇太子妃としての務めを果たしていない」と国民からバッシングを受けるようになるとは想像もしなかっただろう。
それだけに、出産まで八年半かかったこと、皇位継承者を生めなかったこと、皇室という環境になじめなかったこと、適応障害を発症し公務ができなくなったこと------どれも努力ではどうしようもないことだ------で自信とプライドはこっぱみじんになり、挫折感は大変なものだったにちがいない。

しかし、私は愛子さまの会見を見て、感心を通り越して感動を覚えた。
「国民と苦楽を共にしながら、務めを果たしていきたい」
「少しでも両陛下や他の皇族方のお力になれますよう、私のできる限り精一杯務めさせていただきたい」
がまったく白々しく聞こえない。意志を感じる。いったいどうしたらこんなふうに育つんだろう。
かつて、小和田雅子さんは「外交官の職を捨てることに悔いはないか」という記者の質問に、
「いま私の果たすべき役割というのは殿下のお申し出をお受けして、皇室という新しい道で自分を役立てることなのではないかと考えましたので、悔いというものはございません」
と答えた。その言葉通り、雅子さまは大役を果たされたのだ。

親子三人でたくさんの困難を乗り越えてきたのだろう。
立派に成長した愛子さまの姿と「生んでくれてありがとう」の言葉が雅子さまの自信と希望になり、回復につながることを願っている。


【あとがき】
愛子さまの会見、「あれは丸暗記で臨んだだけ」と言う人もいるけれど、三十分の内容を暗記できるのがまずすごいじゃないですか。しっかり前を向いて、自分の言葉で話していて、すばらしい会見でした。
ふだん、皇室の方々への歯の浮くような誉め言葉には気持ち悪さを感じる私ですが、あの眼差し、表情、話し方、物腰には愛子さまの人柄と皇族としての資質が感じられ、安心しました。