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1818年12月23日(シナリオ形式)


 登場人物

・フランツ(31歳)
・ヨーゼフ(26歳)
・語り(フランツのM)

※カール
楽器職人

※ヒルンレ
孤児だったヨーゼフを引き取って育てた。
教会の聖歌隊責任者。

■1

 

フランツM
1818年12月23日のことだった。
ああ、寒い……また、雪が降ってきている。
私は、礼拝堂に入ると、
かじかんだ両手を口元に持ってきて、息を吹きかけた。
私は、礼拝堂のオルガンの所まで来ると、
椅子に座って、ペダルに足を置いた。

あれ? 踏み込んでも、なんだかスカスカな感触だ。

こんな時に……

この積雪じゃ、カールを呼んで直してもらうわけにもいかない。

どうしたものか……

しかし、考えてもしょうがない。

楽器を直すのは職人の仕事。
私の仕事は、主の手足となり、主と人々を繋ぐことだ。

自分の役割ではないことを考えても仕方がない。

明日、楽器無しで、どんな曲を歌うか考えながら、
ストーブの薪(まき)を運んだりしていたが、
それも、いったん止めた。

明日の説教の内容を考えることにした。そのうち、夕方になった。

ヨーゼフが帰ってきた。

 

フランツ

お帰り。

雪の中大変だったな……なんだ? 浮かない顔をしてるな?

 

ヨーゼフ
浮かない顔に見えました? 

今日、祝福しに行った、母親と赤ん坊を見ていたら、
いろいろと思い出してしまって……

 

フランツM
私は、ストーブに手をかざしながら聞いていた。

 

ヨーゼフ
今まで見た中で、
一番、子どもを喜んでいる母親に見えたんです。

僕もあんなふうに、生まれてきたことを喜ばれたんだろうかって……

 

フランツ
考え過ぎだ……

我らは皆、神に祝福されたから、生まれてきた。
そして、こうやって生きている。違うか?

 

ヨーゼフ
神よ、もうちょっとは、母に楽をさせてくれても良かったんじゃないか……って、思ってしまうことがあるんです。

聖職者失格かなあ……

 

フランツ
お袋さんのことは、気の毒だったとは思うよ。

だが、ヒルンレさんのお陰で、お前は、神学校にも通えた。
だから、こうやって副司祭をやれてるんじゃないか!

これこそ、主の導きによるものだ!

 

ヨーゼフ
そうでしたね……

 

フランツ
それより……困ったことになった……

 

ヨーゼフ
え? どうしました?

 

フランツM
私は両手を広げて言った。

 

フランツ
オルガンが壊れた。

 

■2

 

ヨーゼフ
ええ? よりによってこの日にですか? 

ああ、なんてことだ! 
明日のクリスマスのミサが…… カールに修理を……

 

フランツ
この雪だぞ! カールの工房は遠い。呼びに行くのは無理だ。

 

フランツM
私はあごに手を当てて、首をひねった。

 

フランツ
それで……伴奏無しで、どんな讃美歌にしようかって
考え込んでいる……

 

ヨーゼフ
オルガン無しで歌うのは  厳しくないですか?

 

フランツM
ヨーゼフもうつむいて首をひねっていたが、何かを思いついた様子で顔を上げた。

 

ヨーゼフ
……………………新しい讃美歌を作ってみませんか?

 

フランツ
新しい讃美歌?

 

ヨーゼフ
そうです!

 

フランツ
何言ってるんだ。言っていることがわからないぞ!

 

ヨーゼフ
フランツさん。
あなたは、ぼくが、ぐちゃぐちゃ考える癖があるのは知ってますよね。

 

フランツ
ああ、そうだな……

 

ヨーゼフ
僕が詩を書いているのは知ってましたか?

 

フランツ
いや? 今、初めて知った!

 

ヨーゼフ
おこがましいですが、主についての詩もあるんです。
これを歌詞にして、曲を作りませんか?

 

フランツ
歌詞だけあっても、メロディが無いと!

 

ヨーゼフ
フランツさん、あなたが作るんですよ!

 

フランツ
私が? 無理だ! 
私は、作曲家じゃない! 
オルガンは壊れてるし。

 

ヨーゼフ
あなたは、ギターを弾けるじゃないですか?

 

フランツ
趣味程度だ。
コードだって、そんなに知らない!

 

ヨーゼフ
シンプルにすればいいんんじゃないでしょうか。
そうすれば歌いやすくもなります。

歌もメロディもシンプルな方がいいこともあると思います。
フランツさんでも、三つのコードくらいならわかるでしょう?
それにあなたが、ときどき弾いている即興の曲、聞きながらいいなあって思ってたんです……

 

フランツ: あれは、ただのおふざけだ! 
……作曲……しかも讃美歌の作曲というのは……

 

ヨーゼフ
でも、明日、何か歌わないわけにはいかないじゃないですか。

とにかく、詩を持ってきます!

 

フランツM
ヨーゼフの奴は、私の答えを聞く前に、自分の詩を取りに行ってしまった。やれやれだ。

 

■3

 

ヨーゼフ
これです!

 

語り
ヨーゼフが持ってきた詩を私は見た。

 

フランツ(詩の朗読)

 静かな夜 聖なる夜

すべては静寂(せいじゃく)で すべては輝いています

あそこに聖母と御子(みこ)がおられます

聖なる御子 柔らかに穏やかに

深く平和に眠っておられます

深く平和に眠っておられます

 

フランツ
これは……

 

ヨーゼフ
聖なる夜にぴったりでしょう?

 

フランツM

シンプルでいい詩だと思った。

平和で神聖な眠り。

たぶん、ヨーゼフには、何十年も、平和で静かな夜が無かったはずだ。

彼が毎日、欠かさず夜中にうなされているのを私は知っている。

ヨーゼフの母が、どこの馬の骨かもわからない兵士の子を身ごもり、

生まれたヨーゼフは、父無し子と周りから呼ばれ蔑まれ(さげすまれ)、

時には暴力を受け、
母親が極貧(ごくひん)のうちに死んだことも私は聞いていた。

大聖堂合唱隊責任者のヒルンレさんは、
まだ子供だったヨーゼフの歌の素晴らしさを知り、
養子にした。

それがなければ、ヨーゼフは、どんな人生を送っていたことか。

それでも、お前は、まだ人並みに魂の安らぎを得てないんじゃないか? 

私は別のことも思い出していた。

自分は神に選ばれていると思いあがっている教会の大幹部たち。

誰が一番偉いかで、争っている様を。

彼らは、いったい聖書から何を学んだのやら。

「偉くなりたい者は、皆に仕える者となりなさい」

というあまりにも基本的な聖句も忘れてしまったのだろうか……

矛盾を抱えていることを素朴に認めている者こそ、
主と……我々を繋ぐメッセージを伝えられるのではないか。

 

フランツM
私は、ギターを持ってくると、軽く弦をつま弾いた。

 

★(SE) (讃美歌っぽいメロディのギターっぽいつまびき)

 

語り
この旋律じゃないな。

深夜になっても、曲が定まらなかった。
ヨーゼフの歌詞に負けないくらいの曲にしなきゃな……

明け方近くになって、ようやく曲ができた。

ヨーゼフの奴、椅子によりかかって寝ていた。

よくこんなに寒いのに眠れるものだ。

……いや、そういえば……
ヨーゼフが、うなされずに深く眠っているのは、初めてじゃないか?

 

フランツ
おい、寝坊助(ねぼすけ)。曲ができたぞ!

 

フランツM
私は、ヨーゼフをゆり起こした。

 

ヨーゼフ
うーん……え? できたんですか?……聞かせてください!!

 

フランツM
私は、できた曲の触りをつま弾いた。

 

(SE) (きよしこの夜の一部、ギターっぽい音でのつまびき)

 

ヨーゼフ
……いいじゃないですか!

 

語り
私は、再び、最初から、その曲を奏でた。

そして、もう一度。

一回聞いただけなのに、ヨーゼフは、私のギターの伴奏に合わせて、素晴らしい歌声で、新しいその讃美歌を歌い始めた。

BGM:
きよしこの夜の楽曲を流す、歌うなどの演出……

※『きよしこの夜』の日本語の歌詞は、まだ著作権が切れてないことに注意してください。

曲のメロディ及び
英語とドイツ語の歌詞は著作権が消滅し
パブリックドメインになっているので、演奏や歌っての配信は問題ありません。

 

 

 

語り:1818年12月。
オーストリアのオーベルンドルフ聖ニコライ教会のオルガンが壊れた。

クリスマスが迫っているのにも関わらず、オルガンの修理の目途が立たなかった。

それがきっかけで、
聖ニコライ教会所属のヨーゼフ・モールと、フランツ・グルーバーは
ギターを使い「きよしこの夜」という新しい讃美歌を作った。

そのシンプルで美しい歌詞と曲は、
多くの人々を魅了し、世界中に広まり、今日でも歌い続けられている。

 

※この作品は史実をもとにしていますが、フィクションです。

 

参考文献

https://www.family.gr.jp/christmas/story/stories/silent_night.html

◆愛媛大学工業会会誌

http://www.eukogyokai.jp/wpcontent/uploads///ffbfddbcafcfb.pdf

2011年11月 藤井晴夫

きよしこの夜の歴史

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