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8時45分

「8時45分になったら起こしてほしい~」


と言い残し、僕の妻は寝室へと向かった。
リビングの時計を見ると午後8時10分だった。


あの大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のスペシャル番組の放送が迫っていた。番組が始まるまでの間に、少し仮眠をとるようだ。


妻は、時間にストイックだ。

友人との待ち合わせには30分前行動が当たり前で、相手を待たせることをしない。旅行に行くときには、完璧なスケジュールを組み、観光地での滞在時間、JRやメトロの乗車時間まで正確に管理する。


僕は、時間にルーズだ。

友人との待ち合わせには5分遅刻が当たり前で、相手を待たせてしまう。旅行に行くときには、行きたい場所に行ければいいと思い行動するものの、スケジュール管理がなってないので、たいてい何個か目的地には行けない。


つまるところ、そんなストイックがルーズにアラームの役割を依頼したのである。理にかなってなさすぎるのである。


というか、最近のスマホのほうがよっぽど正確だ。「8時45分になったら起こしてほしい~」と伝えれば、音声認識してアラームをセットし、時間になれば喚き散らして起こしてくれるわけだ。もちろんシステムエラーの可能性もなくはないが。


つまり、僕にとって、8時45分に起こすということは、とても難しいことなのだ。


完全に目を覚ました状態でいたいなら、40分には声をかけなければならない。ストイックな妻のことだ、45分と言いながらも数分前に起こしてもらうことを期待している可能性がある。


いや、待てよ、考えすぎか。8時45分ちょうどに、何がなんでも起こすのが最適か。僕のスマホでアラームをセットし、アラームがなったら僕がアラームになって喚き散らすのが最善か。いや、どうみても圧倒的非効率やん。


8時40分になった。


寝室のドアを開け、妻に小さく声をかける。


「8時40分ですけれども~」


返答はない。まだ起きないということだと解釈した。


ちなみに語尾が「けれども~」なのは、昼に対決したマリオパーティー(ゲーム)で妻に大敗し、罰ゲームとして語尾に「けれども」をつける決まりになっていたからだ。「~」の部分は、あれだ。年始でちょっとテンションが高いからである。おふざけが過ぎているのである。


8時45分になった。


僕は自分のスマホのアラームをとめ、再び寝室のドアを開け、先ほどより大きく声をかける。


「お時間になりましたけれども~」


返答はない。非常に困った。どうすればいいんだ。


妻の側に行った。顔を見ると、ぐっすりと眠っていた。
とても、ぐっすり。


ちょっと皆さんも想像してみて欲しい。目の前にぐっすり眠っている人がいる。その人を起こす勇気をあなたはお持ちだろうか。

正直に言おう、僕は持っていない。妻のからだを揺すり、起こすことは僕にはできなかった。


妻は、疲れていたのだ。

年末には朝早くからおせち料理をつくり、年賀状には丁寧に長文のメッセージを書き、年始には慣れない親戚への挨拶まわりを済ませ、新春初売りナノユニバースの紙袋争奪戦を制したのだ。疲れていないわけがなかろう。


僕は寝室のドアをそっと閉めた。ルーズなアラームにできることは、黙って妻を寝かせてあげることだけなのだ。


日付が変わるまでリビングで静かに過ごした僕は、日付が変わったところで寝室に行き、妻の隣で寝た。


翌朝になった。


僕はからだを起こして妻を見る。まだ爆睡していた。僕は妻に声をかける。


「そろそろ起きたらどうですかけれども~」


妻はうっすら目を開け、こうつぶやいた。


「み、み、みずを…」


からだの内部にシステムエラーを感じた妻は僕にそう懇願した。僕は冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎ、妻に手渡す。妻はそれを一気に飲み干した。


ごくっごくっ。


キンキンっに冷えたビールを飲んでいるかのようだった。そうして一通りのエラーを解除した妻は僕にこう尋ねた。


「うわあ、朝じゃん…。ねえ、昨日の夜、ちゃんと起こしてくれた…?」
「…。起こしましたけれども~」


僕は苦笑いをしながら、空になったコップを持って寝室を去る。
逃げるは恥だがめちゃくちゃ役に立つな、と思った。


何気なくリビングの時計を見ると、8時45分をまわっていた。



新年あけましておめでとうございます。いつもありがとうございます。初めましての方もありがとうございます。新年早々、くだらないnoteを書いてしまいました。本年もどうぞよろしくお願いいたします!



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。お代(サポート)は結構ですので、スキやコメント、シェアしてもらえると嬉しいです^^