ショートショート『視線の星』
ショートショート
『視線の星』
或る星で大規模な疫病が流行った。
私を含む一握りの生存者たちは已むなく生まれ故郷の星を棄て、余所の星へ移住すべく旅立った。
――チキュウ。
目的とすべき星は彼らの文明よりもだいぶ遅れをとっていたが、彼らが住む星とあまりにも環境が似ていた為、文明が成熟するまで侵略せずにおいたのが功を奏した。
這う這うの体でチキュウに降り立った十人に満たない男女──私たちは、その瞬間から好奇の視線が降り注いでいる事や先住人たちの「気配」を感じてはいたが、先ずはチキュウジンの長に挨拶をするべく探し回った。
しかしながら私たちの気遣いは無駄となった。
チキュウにチキュウジンは一人も住んでいなかったのだ。
自分たちにまとわりつく気配や計器類が示す生命反応に疑問を持たないでは無かったが、住居を構え、飲食物を確保し――という生活を安定させる方が先であった。
生き残った者たちの結束は深く、チキュウは住みやすく、私たちの日々は忙しくも穏やかに過ぎていった。
**
やがて恐れていた事態が起こった。私は感染していたのだ。
――皆に感染すわけにはいかない。
私は独り、たった独りチキュウの裏側へと移り住んだ。
仲間にはもう会えない。世話をしてくれる者も居ない。孤独が私の心身を蝕み、衰弱に拍車をかける。
死が近づいているのがわかる――それに呼応するかのように「気配」は、より一層濃く、存在感を増していく。圧倒的な孤独が尚も私を覆い、「気配」の方も息づかいを感じられるほど色濃くなる。
愈々最後かというその夜。
──蛹の中の蝶のようだな。
シュラフにくるまりながらそう感じた。何かが終わり、何かが始まる予感に身体が火照る。かつてない熱さに感覚が蕩け出す。
核のようなものだけを残し、肉体と意識がドロドロに撹拌される。
目をつぶっているのに見え、遠くの仲間の声が聞こえる。
熱に浮かされた故の悪夢か、孤独な心が作り上げた幻か――やがて私は例の「気配」がそっと褥の内に入ってくるのを感じた。そうしていつか幼い日に母がしてくれたかのような労りと情愛の抱擁と額の熱を吸い上げるかのような接吻を受けた刹那、在りし日のチキュウ――地球人の記憶が流れ込み、そして全てを理解した。チキュウにヒトが居ないのも、この「気配」たちの正体も。
**
――度重なる戦争。チキュウ規模の災害。そして繰り返される死に至る疫病。
限界であった。チキュウジンの心身も、チキュウ自体も。
健康寿命という言葉に照らし合わせた時、我々は生きて居ないに等しい。
我々は疲弊している。チキュウも疲弊している。
だが、チキュウを疲弊させ、崩壊の危機へと追い込んで居るのも我々自身である。
ヒトとチキュウを休眠させるのはどうか?
メンテナンスをするのだ。
先ずは限られたヒトビトだけ試験的に肉体と精神を分離し、肉体を休ませる、ヒトが活動を抑制すればチキュウも休まる――そのはずだった。
「気配」は云う、愈々決行というあの日、チキュウジン全てに附与されているデバイスから異常事態を報せる警報が鳴り響き、身体を投げ飛ばされるような強い浮遊感と眩暈を感じたと。そして気がついた時には魂が宙に浮き、自分の身体を見下ろしていた。と。
元に戻る術を知らない私たちは――自らの肉体が、腐り、溶け、チキュウの一部になる様を見届けたが、物悲しさは無く、いっそ清々しく、肉体という束縛から解放され精神体として永遠の自由と健やかさ、心の安寧を手に入れた事に感謝し祝福しあった――そして今、同じ境遇に陥らんとする者にも祝福の接吻を与えにきた――のだそうだ。
**
――私の視せられていた記憶はここで終わった。
そして「私」もまた「彼ら」の一部となった。大勢の魂がひしめき合い、一つになっている。肉体という壁。人と人をを隔てるものが無く、心と心が直に寄り添い合う。こんな素晴らしい事があろうか。
高揚した精神をもって「私」は、「彼ら」を伴い、チキュウの裏側。かつての仲間たちの元へと舞い戻った。
近い将来、肉体を亡くした彼らと、再び仲間になることを夢見て、「私たち」は日がな一日うっとりと熱い視線を送り続けるのであった。
(了)
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