ショートショート『真昼の月』
ショートショート
『真昼の月』
あの人に連れられてこの部屋にやって来たのは桜が終わり、新緑の季節に移ろう頃だったわ。
小さな公園にたくさん植えられた灌木の側で、いつもぼんやりと空を見上げて真昼の空に浮かぶ白い月を眺めていたっけ。
私はひとりで居るのが好きだった。
だって自分が醜いとわかっていたから。
公園に遊びにくる男の子達がいつも私に向かって「気持ち悪いヤツ」「本当だ! キモー」などと囃し立て、とりまきの女の子達も一緒になってきゃあきゃあ騒いで随分私を悲しい気持ちにさせたっけ。
だから、ね。ひとりで居たくなる気持ちもわかるでしょう?
その日はいつものように木陰からぼんやりと空を見上げながら大好きな空想をしていたの。キレイに生まれ変わりたいなぁ。とか、空を飛べたらなぁ。とか。
だから人が近づいてきていたこと、ちっとも気がつかなくて。
それに「なんて綺麗な子なの」だなんて言うものだから、まさか私に話しかけて来ているだなんて思いもしなったわ。
お姉さんは私に向かって「空いた部屋があるから、家にいらっしゃいな」と言ってくれたわ。
こんな醜い私がこの世から消えた所でだれも気にもしない事はわかっていたし、お姉さんはとても綺麗で優しそうだったから、私は差し伸べられた手に導かれるがまま、ただうっとりとその人について行ったの。
お姉さんは清潔で綺麗な部屋を私にくれて、居心地の良いベッドや美味しいご飯を用意してくれたし、ことある毎に私の事を「綺麗」「可愛い」と褒めてくれたわ。
それからたくさんの話をしたわ。私はずっと幸せだったし、お姉さんもずっと楽しそうだったけれど「大人になったらもっと綺麗になるわね」と私の将来の話をする時だけとても悲しそうな顔をした。
私の心を救ってくれた大事な人。貴女を悲しませるくらいなら私ずっと大人になんかならないわ。
そう思っていたというのに、それでもどうしても変化ってやってくるのね。
この家にきてどのくらい経ったかしら、急に食欲が増してきて食べるのが止まらなくなったの。食べても食べてもお腹かすいて、身体つきも急に大人びてきたみたい。
苦しいくらいに食べて、ついに気分が悪くなって口から大量に白いものを吐いて私はついに気を失った──。
随分長く眠っていたみたい。私は恐る恐る寝床から手脚をだして、伸びをしたわ。
ふと気がつくとお姉さんと目が合った。
「とても綺麗よ」そう言って悲しそうに微笑むと部屋の窓を開けてくれた。
私はお姉さんによく見えるよう、星みたいに羽を瞬かせると四角く切り取られた青い空に浮かぶ白い月へと向かって飛び立った。
(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?