見出し画像

僕の記憶 第一話 出会い

 「お前なんて死んじまえ!」
 空から土が降ってきたのはその時だった。口や目や鼻の穴。穴と言う穴をすべてふさぐ土はまるで僕を圧迫させて殺してしまおうとしている気さえした。チャイムが鳴ると、僕に土をかけていた人間が一斉に教室に戻った。僕はようやく立ち上がって砂を払っていると、僕の背中に手を当てて一緒に砂を払っている女の子がいた。
「あ、ありがとう」
「大っ嫌い」
と言って彼女は走り出した。

 小学校四年生の春、僕は父の仕事の都合で東京から父の実家に引っ越すことになった。
「智也、元気でな」
「うん、ありがとう。また戻ってきたら遊ぼうな」
「当ったり前じゃん! 俺たちずっと友達だからな」
と言って東京の友達と別れたのが最後だった。父の実家には祖母がいて、優しい人だった。

 いつも庭の手入れをしては、僕にいろいろな遊びを教えてくれた。たまに遊びに来るぐらいだが、そんなときは僕の好物のおはぎを出してくれたりしていた。父は東京の理化学研究所で働いていたが、この度、父の実家の近くに転勤になった。そのため、母と死別した僕を置いて単身赴任が出来ず、僕も転校せざる終えなかった。初めて学校に行くことになり、校長室に挨拶に行く。
「初めまして、黒川智也君」
「初めまして」
「東京とはちょっと違うけど、卒業まであと二年だからね、うちは制服があるが私服登校でも構いませんよ。それにランドセルも決まりはありませんから」
「大丈夫でしょうか?」
「はい、みんな良い子たちですから、すぐに打ち解けますよ」
と校長先生は言った。挨拶を済ませて全体朝礼が始まる。
「今日は新しいお友達が転校してきました。みんなで大きな拍手!」
と言って前に出される。僕はこれが一番苦手だ。
「よろしくお願いします」
と挨拶をして朝礼は終わる。でもまたクラスに行ってもしないといけない。僕はため息をついた。そのあと、クラスを見て回るが、東京と違って各学年一クラスしかない。早々に挨拶を済ませると、僕は指定された席に腰かけた。
「よろしくお願いします」
と横にいた子に声をかけた。

 すると彼女は恥ずかしそうにペコっと頭を下げる。その日は、クラスの子たちが僕にありったけの質問をぶつけたが、大して変わらない同い年の子どもに変わったことなどない。すぐに飽きてしまったのだ。

 家に帰ると、祖母がカレーライスを作っていた。
「お帰り、学校楽しかったかい?」
「ただいま、まだ一日目だしね」
「そうだね、徐々に慣れていくといいよ。昔、幼稚園ぐらいの時だったかな。渡辺さんの家の頼子ちゃんと遊んだのは覚えてないわね?」
「そうだね、誰だっただろう?」
「同じ学年だから同じクラスなんじゃない?」
「話してないから分からないな」
と言ってカレーライスを食べて、宿題に取り掛かる。自分の部屋というものもあったが、リビングで編み物をする祖母の近くで勉強をするのが一番はかどった。
 次の日から、僕はあまり話すほうではなかったし、休み時間を外で遊ぶほうでもなかった。だからぼんやりと本を読んだり、寝ていたりしてた。するとクラスのガキ大将のような顔つきの男の子から声をかけられた。
「おい! ちょっと来いよ!」
「何?」
「お前、東京から来たんだろ?」
「そ、そうだけど」
「なんか変な髪形してるよな」
と言って僕の髪を指さして笑った。
「キノコみたいだよ! キノコ」
と笑う。確かに僕の髪はさらさらとしたストレートで目のあたりまで髪を伸ばして、よく女の子だと言われていたが、東京では結構そういう髪型が許されていた。
「そうかな?」
と聞くと、
「そういう態度、腹立つんだよ!」
と言っていきなり、お腹を蹴られた。
「うっ……」
「いい加減にしろよ!」
と言って笑ってその場を後にした。僕はすぐには立ち上がれなかった。同じクラスのガキ大将の水野浩太、狩野修也、小林大地だ。三人ともソフトボール部に所属していて体格は大柄で、力も強かった。それからは三人に呼ばれていじめられたり、クラスでもいじめはエスカレートしていった。クラスのみんなは三人に逆らえず、一部の目立つ女子も加わるようになった。
「気持ち悪い! 近寄らないでよ」
と言ってクラスでも目立っていた吉永佳代子に後ろから押されたりもした。だが、祖母や父には言わないようにしていた。いらない心配をかけたくもなかったし、そのせいで家庭がギクシャクするのも嫌だった。
 そんな頃、校外学習の季節がやってきて、二人一組になってレポート作成をすることになった。僕はなかなか輪にも入れず、最後に余ってしまった。すると、三人組が出来たグループがあった。
「渡辺さん、三井さん、浜田さん。三人になってるから」
というと、一人の女の子が手を挙げた。
「私、黒川君と組みます」
という。
「良いの? 黒川君だよ」
と隣にいた子は彼女を心配そうに言った。
「良いの。それに美津子ちゃんと和香子ちゃんは一緒になって。私には大丈夫だから」
と言って微笑んで隣に来た。それは僕の隣の席の子だった。
「はい、渡辺さん、ありがとう。黒川君も大丈夫よね?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、今から何を調べるか各自班で決めてください」
と言って散らばった。僕らは机をくっつけて話す。
「よろしくね、黒川君」
「うん、よろしく」
「黒川君が隣の席なのに、話すことなかったから」
「そうだよね。でもありがとう」
「全然」
と言って微笑んだ。

 今回、広島に校外学習に行くことになっていた。そのため、原爆についてのレポートをまとめないといけない。
「原爆についてだから少し怖いよね」
「そうだよね。分かりやすく伝えることが大切だから」
と言って話し合う。
「渡辺さんって、頼子って名前なの?」
「そうよ。あっ! そっか、全然伝えてなかったっけ?」
と笑った。屈託のない笑顔が可愛らしかった。

 するとまた水野たちがこちらに歩いてくる。
「なんだよ、頼子。お前こいつのこと好きなのか?」
「そうだ、そうだ! こんな気持ち悪い奴と一緒の班とかないわぁ~」
「こら! あなた達! やめなさい! いじめてるの?」
「ちょっとからかっただけです! なぁ~黒川君」
と言って自分の席に帰っていく。
「黒川君……」
というと静まってしまった。
 日曜日、父は仕事でいなかったため、祖母と校外学習に持っていくおやつを買いに行くことになった。

 車に乗り込もうとしたときだった。
「さっちゃん!」
と玄関のほうで声がする。
「あら、ひろちゃん! あら、頼子ちゃんも一緒」
「はい、こんにちは」
「はい、こんにちは」
と言って微笑んだ。
「あら、頼子から聞いてるよ。智也君」
「こんにちは」
「今から、頼子と本屋さんと校外学習のおやつを買いに行くんだけどね」
「私もそうよ。この子と行くところ」
「じゃあ一緒に行って、お茶でもどう?」
という。僕はドキッとしたが頼子は何も思っていないようだった。

 頼子はティーンエージャー向けの本を手に取って自分の祖母のところへ持っていった。すると何も言わず本を買ってくれていた。
「渡辺さんも本をよく読むの?」
「うん、昔から本だけは何も文句言われないの。ゲームとかおもちゃはクリスマスだけって言われてるんだけど、本はいくら読んでも怒られないから」
と微笑んだ。
「僕もそうなんだ。だからよく本を読む」
「そうだよね、だって教室でもよく読んでるもんね」
と話す。そして喫茶店に入ると、私たちにはケーキと紅茶をつけてくれた。
「珍しいんだよ。おばあちゃんがケーキを頼んでくれるなんて」
「こら、頼子」
と祖母に怒られるとペロッと舌を出した。

 祖母たちが話している間、僕らは本の話で盛り上がった。自分が読んでいる本のあらすじを言ったり、勧め合ったりしている時間はとても楽しかった。
「こっちに来るの、嫌だったんじゃない?」
「えっ?」
「だって、東京ではたくさん友達もいたんでしょ?」
「うん、でもお父さんの仕事もこっちだし」
「そうよ、頼子。人にはいろいろあるの!」
と祖母が口出しした。
「そう……」
「だから仲良くしてあげなさいね。それに智也君も頼子のこと、よろしくね」
「はい、頼子ちゃんには優しくしてもらってます」
「そう、頼子は自慢の孫だからね」
と笑った。
「ごめんね……」
「ううん」
という。それから僕らは学校帰りや休みの日に遊ぶようになった。主に僕の家に来ることが多かった。

「頼子ちゃん、この本はどう?」
「これ、借りてもいい?」
「うん、じゃあ頼子ちゃんの本も借りて良い?」
「良いわ。どうぞ」
と言って夜まで話していた。ちなみに祖母同士の話が盛り上がれば盛り上がるほど、夜遅くまでいても怒られることもなく、頼子と僕は一緒に居る時間が長かった。クラスでは茶化しているやつもいたが、それを何も気にしないのが頼子だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?