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僕の記憶 第三話 離れ離れ

 僕らは小学校六年生になった。
 僕と頼子は相変わらず仲良くやっていた。  
 卒業式を間近に控えたある日、部屋で本を読んでいると、父から話しかけられた。
「智也、学校は楽しいか?」
「うん、渡辺頼子さんって子が、仲良くしてくれるから楽しいよ」
「そうか、それは良かった」
「どうかしたの?」
「それが、また転校しないといけないかもしれないんだ」
と言い出した。僕は唇をかんだ。
 せっかく頼子と仲良くなったのに……と思っていると、
「東京に戻る」
「東京に?」
「ああ、こちらのプロジェクトが成功したからね。東京の本社に戻って来いって」
「そうなんだ……じゃあ、いつから?」
「多分、中学の入学式は向こうだな。前まで行っていた私立の学校にね」
「じゃあ、健司にも会える?」
「あぁ、健司君はずっと東京にいるんだろう?」
「うん、転校してないはず」
「じゃあ、大丈夫だ」
と言った。
 僕は内心、嬉しかった。前まで行っていた小学校では友達も沢山いたし、話の合う子が沢山いた。
 だが、頼子のことを思うと気が気じゃなかった。
「頼子ちゃんと……離れなきゃいけない」
「そうだな……その渡辺頼子さんと最後の思い出を作ったらどうだい?」
「思い出?」
と聞くと、父曰く、父が勤めている会社の近くにある山から見る冬の星空は澄んでいるらしい。天体観測に頼子も誘えと言うのだ。
「頼子ちゃんも誘って、三人で行こう」
「良いの?」
「あぁ、引っ越すまでは少し休みになるからね」
「ありがとう。頼子ちゃんを誘ってみる」
と言って約束をした。
 次の日、教室に行くと、頼子は他の女の子と話していた。
「おはよう」
というと二人とも振り返って挨拶をしてくれた。
「頼子、智也君にどんな本を借りるの?」
「例えば銀河鉄道の夜? とか」
「それって宮沢賢治じゃない?」
「うん、私もあんまり読んだことなかったんだけど、とてもいい本だったから買ったの」
「そうなんだ!」
と話している。
 そしてチャイムが鳴る五分前には着席をした。
「頼子ちゃん、今度の土曜日、空いてる?」
「うん、空いてるよ」
「お父さんが休みが取れたから、天体観測に行かないかって言うんだけど、一緒に行かない?」
「良いの?」
「うん、頼子ちゃんも誘っていいよって」
「嬉しい! 行きたい。お父さんとお母さんに聞いてみるね」
と言って微笑んだ。
 そして天体観測の当日、綺麗に空が晴れていた。
「良い天気!」
「本当だね」
「今日はよろしくお願いします」
と言って玄関から頼子の母が頭を下げながら出てきた。
「いいえ、こちらこそお誘いしてすみません」
と父は車から出て挨拶をした。
「いえ、頼子、ちゃんと智也君のお父さんのいうこと聞くのよ」
「はい、行ってきます!」
と言って車に乗り込んだ。
 頼子は楽しそうだった。僕らは星の本をたくさん持ってきていた。
「頼子ちゃん、今日はよろしくね」
「よろしくお願いします。おじさん」
「智也と仲良くしてくれてありがとう」
「いいえ、智也君に仲良くしてもらって、勉強とかも教えてもらっています」
「そうか、智也、良い子と仲良しだね」
「うん、頼子ちゃんは優しいから」
と言って微笑んだ。
 父も交えて仲良く話をしていたらあっという間に、キャンプ場に着いた。
「今日はここで天体観測をして、一泊して帰りはご飯を食べて帰るよ」
「キャンプとか久しぶり」
「そうなんだ。あんまりいかない?」
「うん、母が嫌うの」
「どうして?」
「ほら、ずっと山ばかり見てるのに、また山って」
というと僕らは笑った。
 頼子はキャンプに必要な野菜やお肉を手早く切っていく。どうやら料理はしているようだった。
「頼子ちゃん、上手に切るね」
「おばあちゃんが手伝わせるんです」
「そっか、うちのおばあちゃんと一緒だな」
「みっちゃんおばあちゃんも?」
「うん、だから智也も色々僕より上手になってね」
「そうだったんですね」
と微笑んだ。僕はテントを張ったり、寝袋を用意したりした。
 頼子は父と一緒にトマトカレーを作っている。
「智也はお母さん子でね、母を亡くしたときは悲しそうだった」
「そうなんだ……」
「ごめんね、そんな話して、でも明るくなってくれて良かったよ」
「そうですね」
と微笑んだ。僕はテントを立てて、望遠鏡を用意し終え、頼子たちの手伝いに来た。
「何を話していたの?」
「ううん、頼子ちゃんに学校のことをね」
「えっ……あぁ」
「智也君は一番勉強もできるって話よ」
「頼子ちゃんは褒め上手だな」
と笑う。僕は否定しつつも笑顔だった。カレーも炊き上がり、三人で食べていよいよ天体観測の時間がやってきた。
「ほら、みんなね転がって観てみよう」
と言って三人で寝そべる。
「うわぁ~こんなに星がたくさんある」
「あれが、冬の大三角形」
「すごい、本当だ!」
と感動している頼子の横顔を見て少し寂しくなった。
「智也、少しお手洗いに行ってくるから離れちゃだめだよ」
「はい、気をつけてね」
と言って二人っきりになった。父らしい粋な計らいだ。
「あのね、頼子ちゃん。話があるんだ」
「何?」
「僕、同じ中学校にはいけそうにないんだ」
「えっ? どういうこと?」
「僕、もうすぐ転校するんだ」
「どこに行っちゃうの?」
「東京に戻るんだ。お父さんの仕事でね。だから春からは向こうの中学に行く」
「そ、そうなんだ……」
と寂しそうに言った。
「ぜ、絶対に手紙を書くね」
と涙を堪えながら頼子は笑顔で言う。
「うん、僕も絶対書くよ。頼子ちゃんのこと忘れないから。本当に頼子ちゃんに出会えたこと、忘れない。僕は……頼子ちゃんが好きだ」
「ありがとう。私も絶対忘れない」
と言ってくれた。僕らは泣きながら微笑んだ。それが最後だった。
 それから、卒業式を迎え、みんなは泣いていたが、頼子と僕は泣いていなかった。
 卒業式も終わりを迎えて、母親も交えて謝恩会が開かれる予定になっていたが、僕の家は祖母が卒業式に来ていて、参加する予定ではなかった。頼子は参加するものだと思っていたが、頼子の家も参加は見送っていたようだった。家に帰ると、一足先に帰っていた頼子が家に来ていた。
「これ、もしよかったらと思って、まだいるだろうけど私からの気持ち」
頼子はステンドグラスで出来た本の栞を手渡した。
「ありがとう。大切に使うね」
「ありがとう。私とお揃いなの」
と栞を見せた。
「あのね、僕も渡したいものがあるんだ」
「何?」
「これ、気に入ってもらえるかな?」
と言って僕が手渡したのは、銀河鉄道の夜のモチーフになっているブローチだった。
「これ、とってもきれい」
「うん、良かった。僕も同じものを買ったんだ」
「本当だ。ずっと大切にするね」
と言って頼子は嬉しそうだった。頼子に紅茶とお菓子を出すと、頼子は少し暗い顔をした。
「もうすぐ、行っちゃうんだね」
「うん……寂しくなる」
「この間ね、私のこと好きって言ってくれたじゃない」
「うん……」
「私も好きだよ。私は人を好きになったことって言うか、みんな友達だって思ってたけど、これはきっと好きなんだよ」
「僕も好きって分からなかったけど、これは頼子ちゃんが好きなんだって気づいた」
と言って二人は微笑んだ。
 紅茶を飲むと、借りていた本を眺めながら手渡してきた。
「ありがとう。色々本を貸してくれて」
「ううん、僕もありがとう。頼子ちゃんに借りた本は全部面白かったよ」
というと頼子はそっと立ち上がった。
「今からね、あゆみの家に行ってみようと思うの」
「飯田さんの家?」
「うん、卒業式にやっぱり来なかったからね。中学校から来れるようになったら嬉しいなって。でもなんて声をかけたらいいか悩んでるの」
「一緒に行こうか?」
「えっ? でも会ったことないんだよ。大丈夫?」
「僕は平気だよ」
「じゃあ、一緒に行ってくれる?」
と言って僕たちは外に出た。
 もう春だ。あたたかな日差しの中、僕らは自転車をこいであゆみの家まで来た。インターホンを鳴らすと、あゆみのお母さんが出てきた。
「こんにちは、あゆみちゃんはいますか?」
「こんにちは、頼子ちゃん。いつもありがとうね。あら、今日はお友達も一緒?」
「はい、小学校四年生の時に転校してきた黒川智也君です」
「黒川智也です。飯田さんのことは聞いています」
「そう、ありがとうね。ごめんね、良かったら上がって」
「はい、お邪魔します」
と言って家の中に招かれた。リビングで待っているとジュースとケーキが出てきた。すると階段からトコトコと聞こえて眼鏡をかけた女の子が降りてきた。
「久しぶり、あゆみ」
「頼ちゃん、久しぶり」
「ごめんね、怖がらないで。私がお願いしてきてもらったの」
「黒川智也です。飯田あゆみさんだよね。よろしく」
「よ、よろしく」
と言って恐る恐るリビングに入って、僕らが座るソファに座った。
「あゆみちゃん、頼子ちゃん来てくれて良かったね」
「うん……」
と言った。
「今日は卒業式だったから、あゆみにも本当は来てほしかったんだ」
「そうだったね。でも……もういけないかも」
「どうして?」
「怖くなっちゃってね」
「そっか……中学校はどうするの?」
「うん……一応、制服は買ったんだけど」
「そうだよね。でも一緒にまた行こうよ」
「クラス替えで一緒のクラスになれるか分からないし」
「いつでも行くよ」
と話す。
「あの、僕は小学校四年生の時に転校してきたんだけど、頼子ちゃんと出会って本当に助けられた。僕、虐められてたんだ。だけど二年間ずっと頼子ちゃんが寄り添ってくれた。だから、大丈夫だよ」
「そうだよね、頼ちゃんは優しいから。でも私のせいでいじめられたりしたら可哀そう」
「そんなのことないよ」
「僕、また転校するんだ。だから頼子ちゃんたちと中学はいけない」
「そうなんだ……」
「だけど、君はずっと頼子ちゃんと一緒に居られる」
「でもクラスも……」
「違っても頼子ちゃんならずっと友達でいてくれるよ。だから、一歩踏み出してみるってのも手だと思う」
「えっ……」
「ここで諦めたら、ずっと今のままだよ」
「じゃあ、春からは頼ちゃんと一緒に学校に行ってみる」
「うん、でも無理はいけないから、休みたいときはきっと休んでいいんだと思う」
「そうよ。あゆみがしんどいって思ったら言って。相談にも乗るし、休むってときは勉強も持っていくから」
と微笑んだ。
 するとあゆみはゆっくりと頷いた。
「あゆみちゃん、良かったわね」
「うん、春から行ってみるよ」
と固く約束をしてくれた。そして僕らは飯田さんの家を後にした。
「ありがとう。智也君がいてくれなかったら、あゆみを説得できなかったと思う」
「良いんだ。僕も頼子ちゃんに助けられた。あゆみちゃんも来れたらいいね」
と言って帰っていった。
 引っ越しの日、頼子はおばあちゃんと一緒に見送りに来てくれた。
「行っちゃうんだね」
「うん、でもずっと友達だよ。夏休みや春休みは必ず来るから」
「本当?」
「うん、それに手紙も書くから」
「ありがとう。こっちに来たら絶対連絡ちょうだいよ」
と言って微笑んだ。そして車に乗り込むと頼子は僕の頬に手を当てた。
「今度は楽しい学校生活を送ってね」
「うん、頼子ちゃんも元気でね。嫌になったらいつでも……」
と涙ぐむ頼子の顔を見た。
それが最後だった。
 僕らは少しの間、手紙のやり取りもしていたし、連絡も取り合っていたが、ある日、祖母の体の具合が悪くなった。施設に入ると祖母は言っていたが、父は面倒を見る人がいないと言って、東京に呼ぶことになったのだ。
 それからは頼子の住む町へは行かなくなった。いつしか頼子の話題もしなくなった。それから数年して、優しかった祖母は亡くなった。
 僕は私立でエスカレーター式だから楽だったが、大学受験は死に物狂いだった。予備校に行って帰って勉強をしてを繰り返した。父は学部を決める際に、何も言わなかった。T大学の医学部に現役合格できたのは奇跡にほど近かった。何も言わなかった父もこの時ばかりはとても喜んでいた。

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