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2022年J1第18節 札幌1-0G大阪 所感

■布陣と試合概略

 リーグ戦の連敗を脱出したことが、札幌にとっては何よりの良薬。G大阪が晒したあからさまなツッコミどころは割り引かざるを得ないとしても、これで勝点を23に伸ばしたことをまずは称えたい。7月には京都と名古屋、8月には湘南と、近い立場の相手と対戦する。彼らからしっかりポイントを奪い、9月になる前にポイントを30以上積んでおくことを目標とすると、その一歩目としては上々だ。試合内容も、3~4月にかけて披露できていた「ミシャナッチョ」の再現。もちろん、敵に数度の決定機も与えはするのだが、それについては待望久しい菅野が防いでくれた。

 札幌は前述の通り菅野が復帰。興梠とシャビエルが組む前線から駒井が離脱、CMFに下がった。これにより宮澤と深井との双方をベンチに控えさせることができたことは、試合中盤以降の強度低下を彼らの投入で補えるという策を可能にした。他方、フェルナンデスの負傷離脱がアナウンスされており、金子はしばらく右WBへ固定されるだろう。尤も、彼のプレイスタイルが、この試合での敵の振る舞いや、興梠の位置取りなどによって大きなスペースを享受したシャビエルの特徴を引出してもおり、今後の伸びしろ(と同時にリスクでもある)として注視したい。

 一方、G大阪のパフォーマンスは、未だにチームが明確なアイデンティティを獲得していないという印象を強く与え、余計なお世話と言われることを承知で言えば、心配になった。前任地で、財政的に大きく劣る大分に明確なカラーを植え付けてきた片野坂監督の仕事ぶりを考慮すると、あまりにも意外だ。尤も、カラー以前に、安定的に試合を運ぶに際して欠かせないいくつかの要素が欠乏しているようにも見えてしまった。

■前半:見事にスベったG大阪「特注」のハイプレス。後方のガタつきが露呈

 前節対戦した、先期のリーグ覇者が、個々の選手の能力の高さにしろ、その運用方法を含めたパッケージとしての戦力の高さにしろ、手持ちのリソースを余すところなく使った贅沢なチームだったことと比較すると、この試合におけるアウェイチームは、実にツッコミどころが多かった。関西地方を拠点とするチームだからだろうか?少なくとも個々の選手の能力については、ホームチームを凌駕しているはずだが、具体的な使い方次第で、成果を得るためにこうも苦労するものか。

 直近の2試合において、ボール非保持のフェイズにおけるG大阪は、明らかにマンツーマンの原則に則って動いているように見えた。ハイプレス時における前方ユニットのアクションはもちろん、後方ユニットにおけるそれまで、一貫してだ。ただ、個々のアクションの発動が遅れるきらいはやはり見受けられた。これは、局面ごとでアドリブを利かせる必要があるマンツーマン原則の守備には否応なしに付きまとう性質のものであって、言わば成長痛のようなものだ。もし、この状態のままで札幌ドームに乗り込んできてくれるのなら、歓迎すべきと捉えていた。

 ところが、いざ蓋を開けてみると、そこに現れたのはまた少し色合いの違うチームだった。

 まず、2トップは4バック変形後の札幌の両CBに対しては正面からアプローチしていた。"1"の選手に対しても、ダワンか奥野が飛び出す。ここまでは所謂マンツーマンだ。ところが、彼らより後方の選手は、スペースを埋めることを重視しているように見えた。少なくとも、倉田・山見の両SHの振る舞いはそのような印象を強く与えるものだった。左右のハーフスペースで上下動しており、札幌のCBの運びを2トップの一方と挟撃することを任としているようだった。

 このような、マンツーマンとゾーンという異なる原則の折衷運用は、他チーム(例:広島)でも行われていて、より一般的な手法といえるものだが、ことG大阪のここ数試合との連続性という観点から言及するならば、これまでとはまた少しニュアンスを変えてきたことになる。思い起こすと、5月のアウェイでの対戦時にも、片野坂監督は、左利きの左SBである黒川を右SBに配するという特殊な用兵を含む、変わったビルドアップの工程を作り込んできたのだった。戦術上の一貫した原則を植え付けるというよりは、敵を研究してしてし尽くして、彼らと相対するに適したオリジナルの策を試合ごとに仕込む方向性に傾倒しているのだろうか。G大阪を定点観測しているわけでないので、この点に関しての断言はしかねるが、そのオリジナルの策が、望ましい成果に繋がったとは評し難いというところが、G大阪の苦境を物語っているように思えてならない。

 まず、両SHをハーフスペースに立たせていることのメリットが札幌の選手配置により希釈されるという形で、それは顕れた。この試合では、元より下がってボールを受けたがる青木に、トップ下として、左右方向の動きの自由度が与えられていた。逆に、シャビエルと興梠は2トップになって左右のスペースを広くシェアする。青木は常に人のいない場所を見つけ出してはそこでボールを引き取り、ボールを前に進めることに寄与した。仮に前進できなくても、前を向ける状態である荒野か駒井に戻せばよく、そのプロセスでダワンや奥野、石毛や倉田を食いつかせることができれば、他の誰かは確実に空く。

 そして、その青木のさらに背後には興梠がいた。ペナルティエリアの左半分くらいの幅のスペースを、前後に自由に動き回っては、ボールを引き出す。G大阪の中盤ラインを構成する選手が青木を捕捉できているときや、逆に青木が先行して裏抜けをしたとき、敵ゴールに背中を向けた状態でのポストワークの安定度はまさに職人芸。熟練の技だった。そして、ペトロヴィッチ監督の指揮下で長くプレイしてきただけあって、受けたボールを振り分ける先の選択にも間違いがない。この彼をどう無力化するかについても、G大阪は苦労していた。DAZN配信で解説を務めた中田浩二氏も言及していたが、下がった興梠をCBがケアするのかMFが引き取るのか、が決まらないまま、何となく彼に時間を与えてしまうケースが明らかに多いように思えた。一度興梠に時間を与えてしまえば、ガッチリとした腰回りの筋肉の鎧によって、無理やりボールを奪おうとするプレイは、かなりの確率でファウルに帰結する。何より、中途半端に興梠に対し出かけることでDFラインは「ライン」の体をなさず、ガタガタでギャップが方々にある状態だった。

 そうしたのち、札幌が経る次の工程はアウトサイドへの展開になる。ここで強く印象に残ったのが、4バックであるにも関わらず、藤春がかなり大胆に金子に対してスライド(マンツーマンでの対応、とも解釈できるかもしれない)してきたことだ。彼を警戒するのは当然と言えば当然だが、そのぶんハーフスペースがモロに空いており、しかもそこがなかなか埋まらなかった。昌子と三浦の両CBに、逆サイドから絞ってきた高尾は中央に留まっており、空いたスペースを埋めない。ダワンがそれを担うシーンは何度か見られたが、アクションの遅さから察するに、おそらくはダワンが気を利かせたことによるもので、決め事としてなされていたようには見なし難い。

 このような状況において最もメリットを受けるのは、いうまでもなくシャビエルだ。平素のように前線が3人でなく2人で構成されていたことで、持ち場となるスペース自体が元より広めに設定されていたところ、上記のような事情からその持ち場が敵の構造的弱点になっていた。クレバーな興梠は、無理やり近づいてくることもなく、前述の「ガタガタ」ぶりも手伝って、スペースへの飛び出しも数度見せた。アイディアとキックの技術を思う存分発揮できるだけの下地は、自軍の人員配置と、アウェイチームの戦術上の不首尾とが合わさって整えられていたのだ。

 このように、ボール保持のフェイズでは敵の問題にもうまくつけ込んで首尾よく前進と好機の創出ができていた札幌は、ボール非保持のフェイズでも、例によって担当を定めたマンツーマンで、手を変え品を変え前向きの選手を作ろうとするG大阪の前進をシャットアウト。有効な前進経路をパトリックへのロングボールに限定することに成功した。そのわりには、石毛や山見のスペースへ飛び出すスピードに手を焼き、数度の決定機を与えてもいたのだが、後衛が敵のFWと数的同数になり、尚且つ相互にカバーできる関係を保つことが絶対的に要求されない札幌が、そのようなシチュエーションを作るのは珍しいことではない。むしろ、それは負傷離脱から復帰した菅野の見せ場となり、試合に抑揚(と、やはりこれまでの試合のようにやられるのではないかという不安)を与えるスパイスになっていた。

■後半:札幌がようやく突けた隙。ベンチワークによる強度増強も奏功

 後半開始時点から、G大阪は石毛を下げ、中村仁郎を投入している。話は前後するが、前半が35分を回ってから、倉田と石毛はポジションを変えていた。プレッシング時の立ち方がよりクレバーである彼を、札幌のボール出しの起点に蓋をするポイントで使いたいのだろうと理解した。そして、そのうえでよりアタッカーとして傑出する中村を入れたということは、彼のところ(右サイド)から個人のドリブルでの運びを意図しているものと思われた。対面の相手が福森であることを考慮すれば、左利きで、対面する同じく左利きの福森の利き足から遠いところにボールを置ける彼とマッチアップさせることは、理論的には正しい策だ。

 しかし、それが機能する前に札幌は先制点を奪う。駒井が独力で中盤ラインを突破、DFラインを直撃できるようになったところでさらにドリブルで深くまで進み、DFラインを低いところまでそのままのスピードで押し込んだうえで右サイドの金子に展開、金子からの折り返しを自ら頭で叩き込んだのだ。見事な得点であり、見事なその前の展開だった。中盤ラインを超えた時点ですぐにサイドチェンジを蹴っていたとしたら、それが右外に届くまでに要したわずかな時間に、中盤ラインが後方に戻って、形状を整えることが可能だったかもしれないのだ。中盤ラインを越えたときの、そのままのスピードでドリブルを仕掛けたことによって、駒井はMFの選手たちがベストの立ち位置を取る時間を削った。駒井は自分の近くに敵が少ない状況を、クロスの上げ手である金子と、自らに提供することができた。まさに「速攻」の機会にしっかりと「速攻」を打てたのだ。

 先制点を許し、現実的に苦しくなったG大阪は、後半開始時点からの変化に、またしても変化を上乗せしてきた。中村仁郎にポジションの自由度を与え、インサイドに侵入することを許容したのだ。そして、倉田はしばしば2名のCMFと同じ高さまで下り、ボールを引き出すようになった。前節に川崎がやってきたような、札幌の「人」基準でのプレッシングに対して数的優位を確保する。当たり前の策なのだが、ようやくG大阪は前向きにボールを持てるようになってくる。倉田が空けたスペースには中村が入り、中村が元いた右大外には高尾がオーバーラップしてくるようになった。古典的な策ではあるが、これにより福森は疲れさせられる。

 札幌の1回目の選手交替は、少々遅く感じられた。前述の、G大阪のCMFに圧がかかっていない状況を、迅速に改善する必要が認められたからだ。ともかくも、宮澤と中村が投入され、ミドルゾーンの番人と、後方での「追いかけっこ」要員が増員された。これらは、ボール非保持のフェイズでは当然有効に作用した。しかし、宮澤を投入する際に興梠を下げていた札幌は、前半のようなボールの収まりどころにして、ルーズボールの争いでも敵に時間を与えないファイターを失ってしまう。荒野をトップ下に配することでこれを補おうとするも、地上戦では無類の強さを誇る荒野はゴールキックを巡る競り合いで優位に立てず。必然的に、札幌はボールを追いかけ回す展開を押し付けられ、それを許容せざるを得なかった。

 幸いなことに、G大阪はフィニッシャーとしての能力を上乗せできる人材をベンチに擁していなかった。ウェリントン・シウバという個人での打開力を有する選手がベンチにいることには、確かに不安を誘われた。もう少し長い時間が彼に与えられていたらどうなっていただろうか。ただ、田中駿汰はスプリント能力を身に付けたことで、長い足を使ってボールを絡め取るプレイに非常に長けるようになっているから、きっと致命傷にはならなかったことだろう。かくして、ボール保持/非保持のいずれのシチュエーションにおいても、いまだ明確な一つの基準となる形を見いだせない状態で、「特注」の札幌対策を、開幕前のキャンプの練習試合においてしばしばそうであるように、どこか消化不良のまま試行し続けたG大阪の終盤の「猛攻」も実際のところはさほどの脅威にはならず、リーグ前半戦の札幌の勝利の方程式ともいえる1-0という最終スコアで、試合は決した。

■総評:いるかいないか、それが問題。興梠次第のタイトロープ

 久々に得た勝点3という結果により、勝点を18試合で23に延ばすことができた。これは言うまでもなくポジティブなことだ。9月以降に上位クラブとの対戦を多く残している札幌にとって、その試合を「勝たねばならない」状況で迎えたとしても、実際には勝ち目は薄い。それまでに、勝点を30以上に延ばしておけることが望ましい。フィットしているとはお世辞にも評し難かったシャビエルが、ついに真価を発揮したことも喜ばしいことだ。ただ、この試合での彼のハイパフォーマンスに、敵の自陣での守備のオーガナイズの問題が関わっていたようには思うので、もう少し観察が必要だ。また、しばらくの間、彼と同サイドでコンビを組むのが金子であることは、プレッシング時の強度の問題を顕在化させるかもしれない。敵に優れた左SBがいる場合に、これがどう作用するだろうか(東京から小川が移籍していてよかった!)。

 そして、この試合で改めて明らかになったことの中には、今後の不安材料を示唆するものがある。36歳のベテラン・興梠に頼むところが過大であることだ。

 この試合で、彼が成した仕事は多岐にわたる。ライン間でボールを受けること、そのボールを確実に前進させるために敵DFとのデュエルで勝たないまでも負けないこと、前を向けた際には適切にボールを敵の薄いところに振り分けること、シャビエルの使いたいスペースに動くことでそこに敵も引き連れて行ってしまうことを避けること、そして言うまでもなく、フィニッシュワークも含まれる。ハイジャンプしての胸トラップや、少し飛ぶだけでもボールを頭に当てることのできるジェイ・ボスロイドのような、身長をフルに活かした芸当こそないものの、それ以外の仕事ぶりではジェイに比して全く遜色がない。

 これらの仕事の中で、この試合において影響が特に大きかったのが、初めに挙げた2つの点だ。もとより、札幌が、後方からダイレクトに前線へ渡すことが多いために速攻を受けやすく、しかも、90分の中でも疲労の蓄積が著しいプレッシング手法を採ってもいることとを踏まえれば、ボール保持のフェイズではより確実にその時間を伸ばし、フィニッシュまで持ち込める機会を増やすことが求められる。そして、現状、そのために必要なタスク、すなわち前段落で挙げた要素のうち最初の2点を確実にこなせるのは彼しかいない。彼でなければせいぜいオリベイラだが、興梠のそれよりも遥かに劣る水準ではあることは残念ながら否めない。ビルドアップの工程がすっかりバレていることから、苦し紛れに中盤を飛ばして最前線になんとかしてもらうに際し、彼のボール保持能力は前進を成り立たせるための前提である。

 換言すれば、彼の存否は、試合の行方を左右する度合いの最も大きな変動要素となってしまっている。36歳のローンプレイヤーが、だ。彼の年齢を感じさせないフィジカルを活かしたデュエルでの逞しさと、ペトロヴィッチ監督の薫陶を長く受けてきたことを窺わせるスペースの見つけ方の正しさは、実に素晴らしい目の保養だが、残り16試合のうち、何試合で稼働してくれるだろうか。手術に踏み切った足の状態に、どこまで賭けることができるだろうか。そして、36歳の、浦和レッズ所属の選手が、来期以降も札幌でプレイすることを、どの程度期待できるだろうか。

 札幌にとって最優先される目標は、まず何よりもJ1残留であり、とりあえずそれが成されさえすれば、筆者を含む札幌のファンの大半は文句を言わない。抱えている(特に前線の)選手のクオリティに鑑みれば、残り16試合を試合数よりも多い勝点を稼いで残留すれば、その過程が、36歳のローンプレイヤーの存在ありきの戦術で駆け抜けたものであったとしても、今期はとりあえずOKだ。しかし、来期以降はどうだろうか。興梠が抜けたと仮定して、現有戦力が、彼と同じ水準でプレイできることは想像し難い。しかし、それができなければ、前後にボールが行き交うピンボールのような試合のすえに、疲れ果てたところを仕留められる試合は増えることだろう(4−1−5の状態からのビルドアップに劇的な改善があれば別だが)。

 この試合、終盤に前線に投入されたのは、オリベイラでなく中島だった。デュエルの面では未だ頼りなく、イケイケの展開において、空中の高いところにあるボールを頭に当てるプレイにのみスペシャリティを発揮している彼のクオリティを、どの水準まで高めることができるだろうか。当初、欠けているとされた「決定力」を託すことになっていたはずの大ベテランに、あまりに重い荷物を持たせたまま、終端部までタイトロープを渡ることをなし崩し的に選びつつある札幌。その荷物を、どうか少しでも軽くしておきたいものだが…

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