見出し画像

「免田事件」関係資料公開に見る刑事司法制度の欠陥。

9月17日午後2時、熊本大学附属図書館中央館で免田事件の当事者である免田さん夫妻によるトークイベントが開催された。

このイベントは今年、免田栄さん(93)が熊大文書館に寄贈した免田事件裁判関係資料のうち、獄中生活や再審無罪を得た背景を示す一部資料を一般向けに公開した熊大文書館企画展「『地の塩』の記録 免田事件関係資料展」(展示期間 2019年9月17〜30日、会場 熊大附属図書館中央館入口)のオープニングトークとして開かれた。

免田事件とは

1948年12月30日、熊本県人吉市で祈祷師一家4人が殺傷され現金が盗まれる事件が発生した。栄さんは強盗殺人容疑で熊本県警に逮捕され、自白調書が取られた後、アリバイを主張し全面否認に転じたが、一審熊本地裁八代支部は死刑判決を言い渡した。

この判決は福岡高裁、最高裁でも維持され、52年に確定判決となった。栄さんは無実を主張し続け、第3次請求で再審開始が決定されたものの(いわゆる西辻決定)、検察側の即時抗告により福岡高裁で取り消された。

その後、第6次請求で裁判のやり直しが認められ、83年7月、晴れて再審無罪判決が確定。この間、34年6か月を栄さんは獄中で過ごし、冤罪と闘った。

死刑囚として初めて再審無罪が確定した冤罪事件として知られる。また、事件の真犯人が検挙されず、公訴時効が成立した未解決事件でもある。

「裁判関係資料を栄養に、参考に」

トークイベントは、免田さん夫妻と親交のある元熊本日日新聞記者の高峰武さん(62)による免田事件の概要と、夫妻の紹介から始まった。

今回、裁判関係資料が熊大文書館に寄贈され展示会が開催されることになったきっかけは、栄さんの妻玉枝さん(82)が、資料の散逸を懸念して高峰さんに相談したからであるという。

イベント冒頭の高峰さんが述べた、「免田さんという冤罪事件の当事者がいることで、(私たちに)あってはならないことを気付かせてくれる」との言葉が印象的であった。

玉枝さんは、今までの人生を振り返り、「たくさんの人に助けられた」「ここというタイミングで良い人に巡り会う、人生ってそういうものなんです」とし、「日本は捨てたもんじゃない」と語った。

栄さんも「再審請求中から再審無罪確定以降も多くの人に支えられた」と回想し、「日本も捨てたもんじゃないと思った」と玉枝さんと同じ言葉を口にした。

寄贈資料が一般公開されたことについて玉枝さんは、「若い学生さんがたくさんいて、研究の場でもある熊本大学で多くの人に資料に目を通してもらいたい」と語り、「誰かに助けを求められる前に行動できるように、(寄贈資料を)活かしてほしい」「(栄さんが闘ってきた歳月を寄贈資料を通して)栄養に、参考にしてほしい」と思いの丈を話した。

画像1
トークイベント終了後にイベント参加者と話す免田栄さん=筆者撮影

再審制度の不備

オープニングトーク終了後には、寄贈資料の整理を進める熊大の岡田行雄教授(刑事政策)による展示資料の解説がなされた。

今回、企画展で一般公開された資料は、免田事件裁判関係資料のうち、獄中生活や再審無罪を得た背景を示す一部資料およそ10点。

岡田教授は、「免田さんは再審無罪を手にしたが、昭和27年の死刑判決は取り消されていない」点に注目すべきと指摘し、「(再審制度は)別の裁判で再度の審理を行うもので、それ以前の確定判決は取消されない。これは明らかな制度の不備だ」と語った。

つづいて第3次再審請求に際し、西辻決定が検察側の即時抗告により取り消されたことに触れ、本来法廷で検討すべき罪の有無が議論される制度となっていることを「不健全」と批判した。

日本ではかねてより再審制度について、その長期化とそれに伴う請求者側の費用負担が問題視されている。証拠開示のルールが整備されていないことなどが審理の長期化を招いているとされるが、岡田教授が指摘した検察側の抗告も長期化の大きな要因である。

日本の刑事訴訟法は、ドイツ帝国刑事訴訟法をモデルとして作られ(旧刑事訴訟法)、戦後には日本国憲法の下、刑事訴訟手続について抜本的な改革が図られた(新刑事訴訟法)。しかし、当のドイツでは1964年の法改正で、人権保障の観点から再審開始決定に対する検察側の抗告権が排除されている。

岡田教授は、「不服があれば再審公判で議論すべき」で、「検察側が再審開始そのものに口出しできる現行制度は変えていくべき」と提言した。

栄さんも、裁判の長期化と費用負担について問われた際に、「日本の民主主義は発達途上」と述べた。

画像2
寄贈資料について解説する岡田教授(写真中央)=筆者撮影

再審請求中の死刑執行回避を示す公文書も

岡田教授が、寄贈資料の中で最も注目すべきとするのが、1952年10月7日付で福岡刑務所が免田さんの父親に宛てた文書である。

同文書は手書きのものであるが、「法学者からするとこれは公文書」(岡田教授)。死刑執行後の遺体の火葬手続きなどを通知する内容で、その中に「再審請求を致して居りますのでその手続きが終了し且、法務大臣の命がある迄死刑の執行はされないのです」との記述がある。

これについて岡田教授は、「少なくとも昭和27年時点まで法務省は再審請求中の死刑執行を回避するよう(再審)制度を運用していたと見ることができる」と解説する。

また昨年、死刑執行されたオウム真理教元幹部らの中に再審請求中の死刑囚が含まれていたことに触れた上で、「(日本の)刑事訴訟法は再審中の刑の執行停止について規定を置いていない。これは重大な制度的欠陥だ」と、早期の制度見直しの必要性を訴えた。

山下貴司法相(当時)は昨年12月の記者会見で「再審請求中だからといって刑を執行しないとの考えはとっていない」と述べた。すなわち、法務省は52年以降のどこかの時点で再審制度の運用について重大な解釈変更を行った可能性がある

「免田事件」を地の塩に

今回の企画展のタイトルにも採用されている「地の塩」。新約聖書に記されたイエス=キリストの山上の垂訓の一つで、神を信じる者は腐敗を防ぐ塩のような役に立つ存在になりなさい、ということを意味する。

岡田教授は「熊本は免田事件、菊池事件、松橋事件と、冤罪ないし冤罪の疑いのある事件を三つも生み出してしまった地域だ。熊本から状況を変えていくために免田さんの残してくれた裁判資料を地の塩(=教訓、筆者注)にしなければならない」と締め括った。

免田さん夫妻の残した貴重な裁判関係資料を地の塩として、抜本的な刑事司法制度改革が早期実現することを期待したい。

※企画展の詳細は以下の画像の通り。

画像3
免田事件関係資料展ポスター=熊本大学公式ツイッターアカウントより

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?