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「マルチタスクに働く」とは?

手帳でスケジュール管理していた時代

まだスマホユーザーが少数派で、手帳でスケジュール管理する人が大多数だった頃の話。

会社員になりたての自分は、1日の予定を細かく記入できるタイプの手帳を購入した。これで1日の時間を有効活用して多くの仕事をこなせると思った。
ところが、それは早々に破綻した。新人だった自分は、仕事をこなす上で重要なことを見落としていたのだ。

スケジュール管理は単なる穴埋めパズルではない

スケジュール帳の上では、隙間時間もパズルのように上手く使って無駄の無い1日のスケジュールが組み上がっていた。
だが、「全てが予定通りに進むわけではない」という現実に打ちのめされ、大失敗した。

予定がズレていく原因は様々だ。単に天候不順や交通渋滞による遅延、あるいは前の会議が長引いて関係者が時間通りに集まれない、会議が長引いて次の予定に進めない、などなど。
不測の事態」というほど大げさでなくとも、些細な理由で予定はズレていく。精密なパズルのように組み上げたスケジュールは、些細なズレで玉突き事故のように崩壊した。

これは手帳であろうとGoogleカレンダーであろうと本質的には変わらない。より細かい解像度でスケジュールを記入できる分、Googleカレンダーの方が質が悪いかもしれない。スケジュール管理は単なる穴埋めパズルではないのだ。

この失敗以来、手帳は細かいスケジュールを書き込めないよう、あえて時間解像度の粗いタイプのものを使うようになった。

重要なのは裁量権

だが、世の中にはビッシリと詰まったスケジュールをこなせる人がいるのも事実だ。テレビで密着取材されるような有名経営者はかなりの過密スケジュールを日々こなしている。そういう人達と当時の自分の違いは何だったのか。

その違いは会社で年次が上がるにつれて徐々に分かってきた。それは「裁量権」だ。スケジュールを立てる上では「時間」だけでなく「裁量権」という要素がとても大きく影響する。
裁量権が大きければ、多少予定がズレても後のスケジュールをズレに合わせて動かせる。「社長」のように裁量権の範囲がトップレベルに大きい立場の人間なら、予定のズレも自分を中心に修正しやすい。

問題は裁量権の範囲が小さい立場の人間である。新入社員など、1番下っ端の立場。残念ながら、下っ端になればなるほど裁量権は無くなる。その立場は「自分の時間を他人に使われる立場」と言い換えることもできる。

時間を使われる立場」の人間は、上の立場の人間のスケジュールに合わせた「待ち」の時間も発生しやすくなる。だが、この「待ち時間」は決して自由に使える時間ではなく、予定のズレを受け止めるためのクッションだ。

スケジュール管理のコツ

スケジュールを立てる上で意識すべきは「自分の裁量で動かせる時間か、他人の裁量で決まる時間か」という点。スケジュールの自由度は立場の上下が大きく影響する。幸い(?)年功序列の職場なら歳を重ねれば自動的に裁量が大きくなるので、年次と共にスケジュールを立てるのが楽になっていく。何もしなくても時間を使うのが楽になっていくので、自分の管理能力が上がったような錯覚にも陥る。

「マルチタスクに働く」とは?

仕事において「マルチタスクに働く」とは何を指すのか。

同時に1つのことしかこなせない「シングルタスク」に対して、複数のことを並行してこなす「マルチタスク」という言葉は、最近のCPUではお馴染みの概念だ。だが、人間もCPUと同じように「マルチタスク」つまり「同時並行に複数のタスクをこなす」なんてことができるのだろうか。

演算コアを複数持っているわけではない人間がCPUと同じ「マルチタスク」なんてできるはずがない。働き方で使われる「マルチタスク」という表現は「複数の仕事を掛け持ちしている」という意味でしかない。

掛け持ちのピラミッド構造

さらに、ここで言う「マルチタスク」も役割によって実態が分かれる。業務を遂行する際、大雑把に言うと2つの役割が存在する。
指示を出す人間=管理者と、指示に従って何らかの作業をする人間=作業者だ。管理者の役割を担った人は、その下に複数の作業者を抱えることができる。

指示の手間 < 実作業の手間

という関係が成り立つ時、管理者作業者1人分と同程度の手間でも多くの指示(=仕事)をこなすことができる。管理者は役割上、マルチタスク(=掛け持ち)になりやすい、というかマルチタスクを求められる。
逆に、作業者の役割を担う人は、性質上 マルチタスク(=掛け持ち)が難しい。担っている仕事がそもそも手間のかかる実作業であることと、場合によっては管理者からの追加指示も発生する。

管理者作業者の人数比は、管理者を頂点としたピラミッド状の指示系統になっているのが理想だ。
これが逆三角形状態だと、複数の管理者が寄ってたかって1人の作業者を潰してしまう。指示系統の設計として最悪なケースだが、実際たまに起こる。

マルチタスクに働ける人とは?

ここまで、「立場の上下」と「管理者と作業者」という2つの軸が登場した。年功序列の組織であれば、この2つの軸は大体一致する。

ここまでの話を総合すると、最もマルチタスクに働ける人の条件は「立場が上で、管理者の役割の人間」となる。要するに、ほとんど経営者だけということだ。逆に最もマルチタスクに不向きなのは「立場が下の作業者」だ。

仕事におけるマルチタスクとは、個人の能力ではなく立場と役割でこなすものだ。仕事を頼む側はマルチタスク向き、頼まれる側はマルチタスクに不向き。つまり、「下請け仕事」はもともとマルチタスクに不向きなのだ。

時間が上手く使えないのは何故?

シングルタスクしかこなせない人を馬鹿にするビジネスマンを見かけるが、それは担っている役割の違いに過ぎず、能力の優劣を測るものではない。

管理者でありながらマルチタスクに働けないのなら問題だが、それは業務遂行に十分な裁量権を持っていないか、指示の手間と実作業の手間の負荷が逆転している可能性がある。管理者でありながら適度な抽象度で指示を出せない、マイクロマネジメントしかできないタイプはこれに陥るかもしれない。

仕事が上手く進められない新人へのアドバイスとして「優先順位をつけろ」と言う人もいるが、あまり的確ではない。優先順位は裁量権を持つ立場の人間がつけるべきだし、もし1人の新人に対して管理者(=指示者)が複数いるなら、その指示系統に問題がある。複数の管理者間で優先順位を調整すべきところだ。新人が取捨選択できることではない。

マルチタスクに仕事をこなせないからといって落ち込まなくても良い。個人の能力よりも、立場の上下や担う役割の影響が大きいからだ。
自分の能力不足を嘆く前に、自分の置かれている立場と役割に目を向けた方が建設的だ。

逆に言うと、どんなに優秀な人間であっても、1人に複数の作業を細切れでバラバラと押し付ければパフォーマンスはどんどん下がっていく。それは人間の性質。

仕事を時間で比べるな

ブラック企業を語る際に労働時間がよく話題に上る。「長時間労働」はブラック度合いを示す指標として分かりやすい。
それらの訴えへの反論として、管理職が「部下よりも自分の方が長時間働いている」とか、経営者自身が「自分はもっと長時間働いていた」と起業時の体験を語ることもある。

だが、仕事での疲労やストレスは労働時間よりも裁量権の影響が大きい。
裁量権の無い状態で長時間労働を強要されるストレスは、管理者が自分の裁量で長時間働くのとはわけが違う。
裁量権のある人間が他人の仕事に頻繁に割り込むのと、裁量権の無い人間が頻繁に仕事に割り込まれるのでは忙しさの質がまるで違う。
自分で他人をコントロールする充実感と、他人に自分をコントロールされる苦痛の差。
別のタスクが細切れに割り込んでくると、コンテキストスイッチの負荷も大きい。

まとめ

冒頭のスケジュール管理の話に戻ろう。
「スケジュール管理は社会人の基本」とはよく言われるが、「社会人」と呼ばれる人達の中に、当初の予定と実際の結果を振り返ってスケジュール管理を見直している人はどれだけいるのだろうか。
この手の物言いは不備の責任を作業者(=弱者)に押し付ける方便としてよく使われる。真に受けたらすぐに潰れてしまう。

マルチタスクという言葉を真に受けて、他人からの割り込み仕事に都度応じる作業者を続けていると、だんだん「来た仕事を即座に返す機械」のような働き方ばかりになる。管理者にとってはとても便利な作業者(労働者)が出来上がるものの、スケジュール管理とは程遠く、計画を立てるスキルはまるで伸びない。

この記事は、ブログの過去記事を再編集したものです↓


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