あいつ今何してる?―2010年代、エンポリで輝いた思い出の現役選手
1.エンポリのサッカーが最高に面白かった頃
夏が来るたびに毎年思うことがある。
「今季こそカルチョ(イタリアサッカー)を見よう!」
そう心に誓っては深夜に起きることがつらくなったり、ディレイで見るのがおっくうになり、結局たまーに試合やハイライトをみて何となく知った気になってシーズンを終えるのが常である。
そんな僕が見れる範囲で試合を追い続けていた海外クラブが、2014-15と15-16シーズンのエンポリFCである。14-15はマウリツィオ・サッリ(現・ラツィオ)、15-16はマルコ・ジャンパオロ(現・無所属)が監督をつとめセリエA残留を果たした。
詳しい思い出は本題ではないので省くが、自分の中ではサッカー観が変わり、サッカーの面白さに改めて気づかせてくれた2シーズンだった。今でも僕が一番尊敬する監督はサッリである。
このころのエンポリを見ていてひときわ輝きを放っていた選手たちの中で、現役を続けている3人をピックアップして紹介したい。
僕もサッリ率いるラツィオに鎌田大地選手が加入することもあり、今季こそはしっかりカルチョを見ようと決意を新たにした。幸いにも3人はおそらく今季セリエAでプレーする予定なので、僕もじっくり見る機会が増えるかもしれない。
なおこの文章は、僕の「思い出」をベースに構成した。思い出には印象による補正、記憶違い、事実誤認がつきものだ。簡単なプロフィールは確認したが、残りは僕の思い出のままに書いている。当時を知る方の記憶との食い違い等あれば申し訳ございません。
2.エルサイド・ヒサイ(ラツィオ)
エンポリの育成組織出身の生え抜きアルバニア代表SB。ちなみにエンポリは人口5万人の小さな街がホームタウンながら、異様なまでに育成に投資をしており、イタリア有数の育成クラブである。
2014-15シーズンで右SBのレギュラーだった。運動量で圧倒するというよりは頭脳で相手を凌駕する。後ろからの組み立てやタイミングのいい上がりなどで、エンポリの攻撃を後ろから支えていた。攻撃の指揮ができるSBだ。ちなみに左SBは運動量で圧倒するタイプのマリオ・ルイ(現・ナポリ)だった。
めちゃくちゃ頭いいし老獪な選手だなあと思ってみていたのだが、このときまだ若干20歳。サッカー人生何周目だよと思いたくなる。
14-15シーズン終了後、監督のサッリとともにナポリに移ることになる。もちろん育ったエンポリにしっかり移籍金を残した孝行息子だ。エンポリはこのように「育てて売る」を徹底することで経営を成り立たせている。
ナポリでもサッリのサッカーを体現する存在としてプレーしていたヒサイは、出場機会の減少に伴いラツィオに移籍する。そこで待っていたのはまたもやサッリ監督だ。
決定的なプレーに関与できるポジションではないが、サッリのサッカーを骨の髄まで知り尽くしたヒサイ。今季も「サッリの懐刀」としていぶし銀のプレーが見れるのが楽しみだ。
ちなみにヒサイに関してはこのnoteがすごく良かったのでぜひ読んでほしい。
3.ピオトル・ジエリンスキ(ナポリ)
ポーランド代表のMF。主にインサイドハーフを担当することが多い。2018年ロシアW杯では日本代表と対戦した。
エンポリには14-15シーズンにウディネーゼから2年間のローン移籍でやってきた。当時20歳である。
今でこそパワー、スピード、テクニックを兼ね備えた凄腕インサイドハーフであるが、当時は「ポーランドの天才」という触れ込みでトップ下が主戦場の選手だった。
「ジエリンスキのインサイドハーフの適正はサッリが見出した」みたいな話を目にするが、僕の思い出では半分正解で半分間違いだ。
確かにサッリはエンポリ時代に彼をインサイドハーフで起用することもあった。しかしトップ下での途中出場が多く、天才の片鱗は見せたが絶対的司令塔であったサポナーラの牙城は崩せないままだった。
彼がインサイドハーフとして化けたのは15-16のジャンパオロ体制のときだ。このときのエンポリはトップ下にサポナーラという聖域がいたにも関わらず、なぜかトップ下適正の選手をさらに数名抱え、インサイドハーフとアンカーの枚数が足りないという謎編成だった。そこでジャンパオロがトップ下の選手たちを他のポジションで積極的に起用しはじめる。
トップ下よりも低い位置でプレーすることで、ジエリンスキのフィジカルと前への推進力が生きるようになった。それでいて「天才」なのだからテクニックは言うまでもなく。あらゆる要素を兼ね備えたインサイドハーフとして躍動した。
その後、サッリは率いるナポリに完全移籍したジエリンスキはセリエA屈指のインサイドハーフとしての名を欲しいままにする。サッリが去った後もナポリに残り続け、ついに22-23シーズンにスクデットをもたらすことになる。
23-24シーズン前には、サウジアラビアに去ったミリンコビッチ=サビッチの後釜としてサッリがラツィオ移籍を熱望したり、ジエリンスキ自身がサウジアラビアへ行くのが確実という話もあったが、現時点ではナポリに残ることになっている。願わくば今季もイタリアの地で彼のプレーが見てみたい。
4.レアンドロ・パレデス(ASローマ)
アルゼンチン代表のMF。主にボランチを担当することが多い。2022W杯の優勝メンバーである。パレデスは15-16シーズンにASローマからローン移籍でエンポリに加入した。
彼の話をする前に15-16シーズン開幕前のエンポリの話をさせてほしい。14-15シーズンをセリエA残留で乗り切ったものの、監督のサッリやSBのヒサイ、CBのルガーニ(現・ユベントス)などシーズンの主役だった人々が離れることになった。
中でも痛手だったのがアンカーのヴァルディフィオーリのナポリ移籍だ。エンポリのサッカーはほぼ必ずアンカーを経由しないとボールが運ばれない。チームの最大のキーマンがアンカーである。
でも主力の移籍は慣れっこだ。後釜を確保すればいいさと思っていたら、一向にアンカーの選手が開幕になってもやってこない。結果、開幕戦に起用されていたのは育成組織から昇格させたての17歳、ディウセ(現・オセール)だった。「こんなんで勝てるか!!!」とスマホを放り投げたことを今でも覚えている。
そんな状況のエンポリに移籍期間ギリギリの8/31に加入したのがパレデスである。やっとアンカーを獲れたと思ったのもつかの間。実はこの男、「リケルメ2世」の異名を持ったトップ下が主戦場の選手らしいのだ。いやいや、どんだけトップ下獲るのさ。しかも「リケルメ2世」なら偏見だけど絶対トップ下でふんぞり返って動かんでしょ。
ところがこのチーム状況にサッリの推薦で就任したジャンパオロ監督は「控えのトップ下コンバート大作戦」で対応する。前述の通りジエリンスキをインサイドハーフに、クルニッチ(現ACミラン)もインサイドハーフに、そしてパレデスをアンカーにコンバートする。
ジャンパオロは、サッリが手本と公言するほどのゾーンディフェンスの専門家である。「俺なら守備は仕込める」と思ったのかは分からないが、実質ほぼトップ下で構成された中盤でも守れる体裁は整った。それどころかエンポリのサッカーは14-15よりもすこぶる面白くなる。
考えたら当たり前である。足元のテクニック自慢の選手をコンバートして中盤に並べているのだから。パスが面白いように回る回る。アンカーに君臨したパレデスはどんな距離のパスも的確に通すし、ボールをキープしながらターンして前を向ける。攻撃に関しては言うことなかった。守備はパレデスがフィルターになれないシーンを僕は何度も温かい目で眺めていた。本職じゃないししょうがないよね。
間違いなく言えるのは、15-16のエンポリは「サッカーの楽しさを教えてくれた」という意味では断トツで思い出に残ったチームである。そしてそれはパレデスの加入とコンバート抜きにはなし得なかった。
シーズンを終えたパレデスは、おそらく自信をつけてローマに帰っていった。その後ゼニト、パリ、ユベントスを渡り歩くも正直あんまり印象にない。たまに見ると相手選手にケンカ売ってたりしている。それほど僕にとってはエンポリでの1年間の印象が強かったのかもしれない。
23-24シーズン、パレデスは久しぶりにASローマへ帰ってきた。モウリーニョの元でどんなタクトを振ってくれるか楽しみである。