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君は『海上自衛隊』を知っているか?

 護衛艦「まや」が就役した。
 ネット界隈での「まやちゃん」だの「愛らしい名前」だの「マヤ恐ろしい子」だのと揶揄されることに激憤したか、珍しく防衛省広報が「摩耶」と漢字表記も併せて発表した。

「自衛隊艦艇の表記方法に基づきひらがなで“まや”と命名されましたが、漢字では摩耶と表記され、摩耶山の名前を頂きました」

 と、あくまでも勇壮な日本の山の名であることが強調された。

 さて名前はともかく、まやはイージス艦である。
 艦種を良く理解されていない御仁は「護衛艦なのかイージス艦なのか」狐に摘まれた気になるそうだ。
 イージス艦というのは護衛艦の高価な装備品から呼ばれている愛称のようなもので、正式名称は「イージスシステム搭載護衛艦」という。
(戦闘機や爆撃機、あるいは弾道ミサイルの襲来に備えた防空戦を得意とする護衛艦のことで「イージス」というシステムにより複数の攻撃目標を同時に迎撃する能力を持つ。ちなみに「イージス」とはギリシャ神話の女神アテナが持つ「あらゆる邪心を払う盾」の名前から頂いた)

 一口に護衛艦といってもイージス艦もあれば“空母”もあるのだ。
 広報が公式にリリースした言い方をそのまま使えば……

「自衛隊が戦闘用に建造した大型船はすべて護衛艦(というカテゴリー)になります」

 という話だ。
 世界的に使われる「フリゲート」も「デストロイヤー」も「クルーザー」も日本の自衛隊はすべて日本語表記で「護衛艦」そして英語表記は「デストロイヤー」に統一している。
 ここでまた混乱が生まれる。
 海自の呼称法に従えば「ならば護衛艦とはデストロイヤーのことか」となる。このデストロイヤーとは戦前、日本海軍で「駆逐艦」と呼ばれた艦種だ。

 ようするに護衛艦=デストロイヤー=駆逐艦だと、誰しもが考える。けれど事はそう単純ではない。

 正解は護衛艦=デストロイヤー≠駆逐艦である。

 護衛艦の英語表記はデストロイヤーだが(あくまでも日本国防衛省の考え方では)デストロイヤーとは駆逐艦だけを指すものではない、という結論になる。
 もちろん世界の標準とはかけ離れた理屈である。

 これを専門用語で「屁理屈」という。

 海自はこう主張する。
 超巨大な浮かぶ砲台の戦艦大和クラスであろうと、米国の原子力空母のような浮かぶ大空港であろうと……あるいは乗員百名ほどの小さな湾岸パトロール用のフリゲートであろうと、日本を護衛するのだから「まるっと一切合切全て護衛艦」なのだ!

 これを専門用語で「開き直り」という。

 たとえば米国の場合、イージス艦にはデストロイヤー(駆逐艦)タイプとクルーザー(巡洋艦)タイプがある。デストロイヤーは空母を中心とした艦隊の(本来の意味での)護衛を担う中堅の戦闘艦だ。そしてクルーザーは逆に数隻のデストロイヤーなどお供を連れて洋上を走りながら、レセプションルームで優雅に作戦会議を行う(一昔前の同種艦にはダンスホールも設置されていた)余裕のある大型戦闘艦だ。

 米国に限らず殆どの国の海軍はこのふたつを分けて考える。だからジェーン海軍年鑑など各国の海軍勢力の分析を行なっている専門誌も「デストロイヤーが何隻、クルーザーが何隻」と分けて記載してある。

 実は日本の海上自衛隊もジェーン海軍年鑑には「空母4隻、駆逐艦38隻、フリゲート6隻」などと記載されている!
 はて「日本に空母があったかな」と戸惑う専門家もいるそうだ。
 ジェーン海軍年鑑に記される『日本海軍』の『空母』保有数4。これは「いずも」クラス2隻と「ひゅうが」クラス2隻のことだ。
 厳密にいえばこの4隻……特に「ひゅうが」クラスは空母というよりも航空機運用に特化した「強襲揚陸艦」(米国海軍のアメリカ級と同じ仕様の軍艦)と記載するのが正しいと思うが、日本政府も海幕も「全部護衛艦」などと嘯いているから「日本人の言うことは信用出来ない」と考え適当に割り振ったのだろう。

 むろん「全通甲板をもちF−35ステルス戦闘機の母艦となりうる」いずもクラスをデストロイヤー(駆逐艦)と記載出来ないのは専門誌として当然だろう。
 つまり、日本の常識は世界の非常識なのだ。
 そんなガラパゴス用語に世界中の軍事関係者が愛読している権威ある出版社が従う義理はない。

 さて「まや」に話を戻そう。
 この新世代のイージス艦はこれまでの「こんごう」クラスや「あたご」クラスとは違い共同防御能力を付与されている。これは航空自衛隊が保有する高度な情報収集機能をもつ大型機AWACSや、宇宙航空自衛隊となる同自衛隊が将来管理することになるだろう軍事衛星との連携も容易に行える機能だ。
 さらに米軍とも情報連携が濃密となる。
 それは国を越えて両国の海軍が一つの聯合艦隊となるほどのインパクトだ。

 さっそく"世界の敵"中華人民共和国の共産党政府は反発しているが、西側諸国の同盟国は日本海軍(海上自衛隊)が新・連合国の一員として頼り甲斐のある存在に成長したことを歓迎している。
(世界中の海軍が海賊対策で終結しているソマリア・アデン湾では各国が協力し合っているが、その聯合組織のチームリーダーは日本の海上自衛隊・海将だ。これは各国の海軍から推薦されて選ばれた。それだけ海自は信頼されている)

 実はぼくの興味をひいたのはイージスシステムだけの話ではない。この軍艦が通常のガスタービン・エンジンによる推進方法でないことに驚いたのだ。
 かつて護衛艦の機関といえばディーゼルエンジンや大型の船舶用ボイラーを使ったスチームタービンが主流だった。けれど現在はそのすべてがガスタービン機関だ。

 ガスタービンとは何か?

 ご存じ無い方も旅客機の羽の下にぶら下がっている円筒形のジェットエンジンは御覧になったことがあるだろう。ガスタービンとは、つまりアレだ。
「どれだ?」
「だから、羽の下にぶら下がっているジェットエンジンだ。あのジェットエンジンそのもの、アレを別の呼び名でガスタービン・エンジンという」

 とはいえ護衛艦はあくまでも海の上を走る船である。空を飛ぶわけじゃない。
 ガスタービンから出力されたジェット噴流を巨大なタービン(風車)にぶつけて回すのだ。その回転力が直接スクリューへと伝達される。これが護衛艦の推進方法だ。

 もう少し具体的に説明すると、ガスタービンのコア、つまり旅客機の羽の下にぶら下がっているジェットエンジンの中身を護衛艦のエンジンルームへ設置する。その後方へ、先ほど解説した巨大なタービン(このセラミック合金で製造された風車のことを「パワータービン」と呼ぶ)を置いて、噴出される凄まじいジェット噴流によって回転力を得るわけだ。

 このエンジンシステムはジェットだから熱量も高い。昨今の護衛艦はコンピュータ機器満載で、もちろん機械室はその巣窟だ。裸のまま放置すれば他の機器に影響が出るため熱を(ついでに音も)遮断するエンクロージャ(ケース)で覆われている。

 このエンクロージャというのが、とても性能が良い。そのため、むしろ機械室はディーゼルエンジンの時代よりも快適になった。
 ワッチ(航海中の機械室当番)中も美しいコンソールの前に座って心穏やかに紅茶タイムを楽しめるほどだ。

 ぼくはディーゼルエンジンの護衛艦も知っているが、全く別空間と言い切って良い。
 ディーゼルの世界は、灼熱地獄のうえ耳を劈く音と振動が延々続く。機関員はだから難聴や火傷、痔に悩まされる者が多かった。
 しかも振動が原因で機械の接合部がズレてオイルが垂れる。そこら中が油塗れだから滑って転んで「衛生兵!」と泣き叫ぶことになる。
 異臭も強烈だ。軽油の鼻を突く臭いが作業服に染み込み洗っても落ちない。ずっと油の臭いと行動を共にすることになる。
 それゆえ本来なら航海中の一番の楽しみであるはずの食欲を奪い、やる気も奪い、自尊心もなくなって、やがて自暴自棄となる。

「機関員は軍艦を動かす縁の下のプロフェッショナル集団だぜ」

 などと、希望に胸膨らませていた新兵時代を、鼻で笑うようになったら、もういけない。

「どうせ、おれらはアブラムシ。華やかな艦橋や甲板要員の皆様とは住む世界が違います。今日も船底に近い機械室で下働き」

 ガスタービン推進のシステム護衛艦「やまゆき」に乗艦してからは、ディーゼルエンジンの機械室には二度と戻りたくないと、本気で願ったものだ。
(願いが叶ってディーゼルエンジンの護衛艦は海自から一隻残らず姿を消した)

 護衛艦「まや」はそんなガスタービン・エンジンを『発電機』としても利用している。
 否、これまでの護衛艦もガスタービンの発電機は搭載していた。
 我が青春の「やまゆき」には”艦内工場”の異名をもつ第3機械室にディーゼル発電機が2台あり「てやんでぇ、べらぼうめぇ」口調で日々凄まじい振動と発熱を発しながらオイルを吹き上げる暴れん坊だった。

 あまりに腹がたったから息の根を止めてやったら艦内の電気がブラックアウトして大事になった。

 そんなやんちゃ坊主とは別格の扱いで読書も楽しめるほどの静かでクリーンな第1機械室にガスタービン発電機のお嬢様はおられた。
「お嬢様、お目覚めのお時間です」
 コンソールの回転式スイッチを数秒間ひねってやる。耳を凝らさねば聞こえないほど静かな産声が「キュイーン」と響いて、それはやがてソプラノボイスになる。戦闘機のあの音だ。
 けれどエンクロージャが覆っているので機械室内は静かなままだ。分厚い鋼鉄扉の外から室内のお嬢様を覗き見るための丸いガラス窓。そこに視線を向けるとタービンが高速回転し始め発電を開始していた。
 お嬢様の発電する電気は情報機器など弱電関係への通電に利用されていた。これを技術幹部らは「綺麗な電気」と呼んでいた。

 一方で「てやんでぇ、べらぼうめぇ」なディーゼル兄弟は艦内の照明から錨の巻き上げまであらゆる用途に利用される働き者だった。
 だからぼくの中では「フネを動かすパワー系にはディーゼル」という認識が定着していた。事実、潜水艦も砕氷艦(南極観測船)も電気でスクリューを回すフネだが、その発電にはディーゼルを使っている。

 それが護衛艦「まや」はガスタービン・エンジンで発電させた電気をスクリューの駆動に使うという。
 そもそもガスタービン・エンジンは、先に説明したとおり「ジェット噴流の力でタービンを回す」ために搭載されるエンジンであって、発電機じゃない……発電機としても使うけど、フネを動かすほどの大きな電力を出力させるのは不可能だ。

 と、思っていた。
 考えてみれば発電専用に開発された小柄なガスタービン発電機と数千数万トンの巨大な護衛艦を動かす主機として開発された(やまゆきのロールスロイス製エンジンは音速を超える戦闘機用)ガスタービンエンジンではパワーが違う。これを発電機としてこれまで利用しなかった海自のメカニックらの手落ちだ。

 とはいえ、そこはやはり電気駆動の限界はある。あくまでも長い航海での長い巡航の際に「手隙の者は左舷をみろ、イルカの群れだぞ」と艦長がドヤ顔で艦内放送を入れるような、そんな「ショパンでも聴きながらアーサー・C・クラークでも読むか」という、ゆったりした時間に使用するようだ。

「本艦3マイル前方に国籍不明の潜水艦を探知! 対潜戦闘用意!」
 と、お姫様とのキスの直前に叩き起こされ戦闘配置につかなきゃならんような「ヘビーメタルをギンギンにキメてウイリアム・ギブスンはチョーサイコー」な緊急事態には、ガスタービンエンジンはガスタービンエンジンとして使う。
 つまりジェット戦闘機に音速の壁を突破させるほどのパワーを持つ人類史上最強マシンが、ジェット噴流でタービンを蹴り上げて護衛艦という巨漢を高速で動かすわけだ。

 むろん大食らいだ。燃料をバカみたいに平らげる。だから洋上で燃料を給油する「ガソリンスタンド」が必要になる。
 それが補給艦だ。
 海の上を移動する、この動くガソリンスタンドを海自は、まだ護衛艦の数が数隻しか存在していなかった黎明期から建造し整備し続けた。
 海自初の補給艦は(初代)「はまな」だ。現在の乗員の食料から弾薬まで運んでくれる大柄な補給艦ではなく、基準排水量二千数百トンの、燃料である軽油を給油してやるだけの船だった。

 けれど、この「はまな」の存在が後の海自が「ブルーウォーターネイビー」として世界の海で活躍する(まさにインド洋で展開する”世界海軍”の中核たる存在)基礎となった。
 走り続ける対象の軍艦と併走し、洋上給油という熟練の技が必要な妙技を見事やってのける、その技量に世界中が絶賛した。

 海自はそんな「海軍」だ。

 つねに二十年先、三十年先、否、もっと先を見据えて整備計画を立てる。最初は小さな給油艦を保有し、それを訓練計画に入れて整備を続け、やがて「さがみ」型を経て艦内倉庫にフォークリフトが走るほどの大きな「とわだ」型の建造。
 そして米国海軍からも「高速戦闘支援艦」と異名で呼ばれるほどの「ましゅう」と「おうみ」の超巨大補給艦を運用するに至った。
 この二艦はガスタービンエンジンを搭載し高速で現地へ駆けつけ、米国の原子力イージス巡洋艦にさえピッタリ寄り添って給油を行うことが可能。もちろん食料品からトイレットペーパーに至るまで、それはガソリンスタンドというよりも、もはや動くスーパーマーケットだ。

 そんな海自が満を持して整備計画に着手したのが航空機搭載護衛艦「いずも」なのである。日本政府・防衛省はこれを多目的護衛艦と呼称を変更するようだが、ジェット戦闘機のFー35Bを搭載することを了承した。
 マスコミが「空母化」と声をあげた、アレである。

 意外と知られていないが、実は先代の航空機搭載護衛艦(DDH)「くらま」や「はるな」などは内部では「空母」と呼ばれていた。下っ端水兵の戯言ではなく、肩に金色のラインを何本も走らせた士官たちの間で交わされていた愛称だ。

 もちろん「くらま」や「はるな」の飛行甲板は、いわゆるヘリポートであり、他の汎用型の護衛艦よりもややサイズが大きな格納庫が併設されているに過ぎない。それでも海自幹部たちは「未来の夢」をその愛称に託していた。

 だから「ひゅうが」が就役したときには、その夢が限りなく近付いたことを予見した。
 これまでの自衛隊の活動が国民のあいだで評価されたのか、大きな反発もなく、むしろ好意的な意見が寄せられたことで時代が変わったことを確信した。
 そこで「ひゅうが」型をわずか2番艦の「いせ」で打ち止めにして”こっそり”と「いずも」型へ設計を変更した。
 こっそり、と書いたのは艦番号が続き番号だからだ。
 本来、その排水量も機能も別の軍艦を建造するのに、艦番号を変えずに、いかにも「ひゅうが型の同型艦」であるかのように装った。事実、軍事評論家のなかにも最近まで「ひゅうが」と「いずも」が別物だと気付かなかった者がいる。あえて名指しは避けるが、その”自称”軍事評論家のセンセイは、新しく建造された「いずも」型を指して「F-35を搭載するスペースがない」と堂々言い放った。ぼくは笑った。

 もっとも、勘違いしても仕方がない。先代のDDHが4隻、基本的には皆同じ型だったから、専門家とはいえ所詮は部外者である。トリックスターの異名をもつ海自のやることに、間違った認識を持つのは当たり前だろう。海自はそんな勘違いをさせるように艦番号を続き番号にしたのだから。
 ぼくは、「いずも」に舷側エレベータがついた完成図を見たときに直感した。
 おそらく、多くの海上自衛官は「いずも」が何を目指しているのかこの瞬間理解したに違いない。

 そうなのだ。海自は、こういうことをやる組織だ。

 それを思い出したとき、全国の海上自衛官や海上自衛官だった者たちは口を噤んだ。
 いずれその眼前に現れるだろう巨艦の誕生を誰にも邪魔させない。これまで口を滑らせ計画が頓挫したことが多々あった。今回は、今回こそは静かに見守ろう。

 果たして「約束の地」に一歩近付いた。旭日の海軍旗は伊達じゃない。

 護衛艦「いずも」と護衛艦「かが」はヘリコプターの発着場から戦闘機のプラットホームへと進化を遂げるのだ。
 そして、その傍らで鉄壁の「盾」により艦隊を護るのが「まや」らイージス艦だ。
 新造されたイージス護衛艦「まや」の共同交戦能力は「いずも」や「かが」を中心とする新・聯合艦隊の目となり耳となる。気付けば海自は艦隊全体がファームアップされていた。まさに「そういう組織」なのだ。

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