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いつしか変わってく気持ちは周りを気にしてから始まった

僕は小さい頃、幼稚園で記憶として残っていることは、友達とおままごとをしたり、積み木で何かを作ったり、お絵かきをしたり、そんなことが多かった。

小学生になっても、同じマンションの子とシルバニアファミリーをしたり、シール集めっていうのが流行ってたんやけど、それはいろんなキャラクターやいろんな種類のシールを自分のファイルに貼って、そのファイルを見せ合いっこしたり、シールを交換したりするっていう遊び。あとは、マンションの周りにお花が咲いてたんやけど、それを積んでなんかジュースにしたりとかもしてたかな。

一方で、僕はスポーツが好きだから、サッカーをしたり、逃走中をしたり、野球をしたりしたし、イナズマイレブンのカードゲームをしたり、遊戯王もした。

もちろんこれ以上に遊んだものはめっちゃあるけど、まあこれくらいでも十分かなってことで、小学校での遊びはこれくらいにします。

でも中学に入ると状況は一変した。

100%後者の遊びになった。

自分の変化はこれほどかというくらいにまったく前者のように遊んだりすることはなくなった。

で、なんでかなって思ったら、中学に入ってから、周りを気にしだしたんよね。

周りからの見られ方だったり、あの檻に入れられた集合体の空気感みたいなのに僕は勝てなかったんかなって。

小学校のときは自分の好きなように生きてた。好奇心の赴く方に舵をきってたからストレスもなかったし。

でも、中学に上がると、少しみんな人間関係に敏感になったというか、凝り固まった固定概念みたいなものが空気となって出来上がって、特にそれに僕は敏感に反応したんよね。

だから、慎重になるし。で、周りを気にしなあかんストレスを抱えるくらいなら、狭い交友関係で満足っていう思考になって、その枠から出ることを徹底的に恐れた。

高校でも同様やね。

だからドラマとかよく見てても、自分の友達は全くみーへんからそういう分野では話し相手は自分自身みたいなね笑。

もちろんいっぱい合う話もあったから、ほとんど満足はしてましたよ。

 今考えれば僕の友達も僕が本当に話したいことを話したら賛同してくれる人がいたかもしれないのに、固定概念というか、空気というか、そーゆーのに負けて話を合わせることしかできなかったよね。

本当、自分の弱さが現れてしまうね。

今はいろんな趣味嗜好の人と話すことが新たな好奇心になるし、よりたくさんの存在と会話することはとても楽しいなと思い始めました笑。

ある意味好奇心が尽きない状態って感じかな。

だから、本当の自分というか、こうやって自分語りしていくことで、自分を少しずつさらけ出していくことが、少なくとも心の中にしまっておくよりはいいかなって思って、今回は大まかな人間関係の歴史を語りました。

ではまた、この町で会いましょー

バイバイ👋



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