深夜に消えた客 #3
*この物語は、『新潟市中央区オステオパシー(整体)』の施術者が創作したフィクションです
私たちは再びマンションの中に戻り、今度はエレベーターの脇にある階段を使って、2階へ向かった。そして209号室のドアホンのチャイムを鳴らすと、若い男性がそれに応答し、ドアを開けて姿を見せてくれた。半袖半ズボンの寝巻姿だった。20代前半に見える。背が高くやせていて、髪の毛を真ん中で分けていた。
泉野が警察手帳を見せて言った。「吉野さんですね、夜分遅くに申し訳ありません。あの……、以前にも他の者がうかがっていると思うのですが……、お手数ですけど、もう一度、一昨日の午前1時過ぎぐらいに聞いた音について、お話をお聞かせいただけませんか?」
「ああ、はい……。いいですよ」少々面倒くさそうな表情だったが、結局吉野は話をしてくれた。「一昨日が休みだったので、その前の夜は夜更かししてたんです。一人暮らしだし、別にたいしたことはしてなくて、お酒飲んで、ゲームしたり、スマホで動画見たりしてただけなんですけど……。で、ちょうど、日付が変わって1時過ぎぐらいに、かなり眠くなっててぼーっとしてる時に、チャリンって音が聞こえたんです」
そこで上川が尋ねた。「窓は閉まってたんですか?」
「いえ、窓は開けて、網戸にしてました。窓を開けるとちょうどいいぐらいだったので。エアコン入れるまでもないと思って……」
「じゃあ、けっこうはっきり音が聞こえましたか?」
「はい」
「硬貨みたいなものが外のアスファルトに落ちたような音と聞きましたが、そんな音でしたか?」
「はい、そうでした」
「何の音だと思いましたか?」
「え……、お金?かなあって……。でも確かに、あんな時間にお金が落ちるなんて変ですよね。ただその時は眠くて、深く考えませんでした」
「ではそれがお金だとして、何枚落ちたように思えましたか?」
「え……?」吉野は一瞬不思議そうな顔をした。私も、不思議な質問だと思った。「何枚……、ですか?」
「ええ、お金が1枚落ちたのと、2枚や3枚落ちたのとでは、音が違いますよね?」
少し考え、吉野は答えた。「2枚以上、ですね」
「1枚チャリンと落ちるのと違って、重なるような音がした……?」
「はい、そうだった……と思います」
「そうでしたか」
上川は笑みを浮かべてそう言うと、礼を言ってすぐに吉野との会話を終えた。廊下で話すと声が響くので、私たちはまたエレベーターの方に戻り、その脇にある扉を開けて、階段に入った。209号室に向かう際に下から登ってきた階段だ。その踊り場になっているところで立ち止まり、上川が泉野に言った。
「泉野さん、いくつかお願いがあります」
「なに?」
「犯人が通ったと思われる──ここじゃないもう1つの──階段を出てから、マンションの外に出るまでの経路は、いろいろ調べてるみたいじゃないですか?」
「うん」
「209号室の真下、つまり硬貨が落ちたと思われる場所あたりも、誰かが通った跡を調べてもらえませんか?もしかしたら、硬貨かそれらしきものも出てくるかもしれないし」
「え?そっち?硬貨については、探してみたよ?出てきてないけど、今のところ。それに加えて、人が通った痕跡を調べろって?」
「はい」
「何で?」
「通った人がいるかもしれないからです」
「事件に関係あるの?」
「あるかもしれません」
「まさか、410号室から飛び降りたとでも?」
「そうだったら、興味深いですよね」上川は笑みを見せた。
上川には、すべての謎が解決するまでは自分の考えを言わない傾向がある。私も今はそれに気がついているし、古い付き合いの泉野ならばなおさらだろう。そのせいか、彼女は特に説明を求めず、苦笑しながら答えた。
「わかった……、人員が確保できたら、調べてみるよ」
「それから、あと二人、話を聞きたい人がいます」
「誰?」
「天城の奥さんと、奥さんと一緒に遺体を発見したあの部屋の大家さんです」
「わかった。家はそう遠くないから、歩いて行ってみようか」
「あ、そうか、今日は歩きか……」自分で言っておきながら、上川は嫌な顔をしていた。
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