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「論語」から、中国デジタルトランスフォーメーションを謎解きしてみよう。第38回

本シリーズのメインテーマは「論語」に現代的な解釈を与えること。そしてサブストーリーが、中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)の分析です。中国の2010年代は、DXが革命的に進行しました。きっと後世、大きな研究対象となるでしょう。その先駆けを意識しています。また、この間、日本は何をしていたのか、についても考察したいと思います。

蕹也六の十一~十三

蕹也六の十一

『子曰、賢哉回也。一箪食、一瓢飲、在陋巷。人不堪其憂。回也不改其楽。賢哉回也。』

子曰く、顔回は賢明だ。一膳の食物、一杯の飲み物で下町にいる。常人はそれに耐えられない。しかし顔回はそれを楽しそうにしている。顔回は賢明だ。

(現代中国的解釈)

金にしばられない生き方は賢明に違いない。残念ながら現代中国は、金でがんじがらめだ。中華式会食では、盛り上がってくると、たいてい金がらみの話題になっている。株や理財商品、特に不動産相場は欠かせない。2009年の4兆元経済対策以降、不動産価格は急騰し、北京、上海、深圳などでは、一般の労働者が新しく所帯を持って、購入できる物件はもはや存在しない。一方、2009年以前に、不動産を購入した人たちは、全員が値上がり益を享受した勝ち組である。昨今の不動産市況は、勝ち組同士のキャッチボール、転がし合いといってよい。

(サブストーリー)

そうした不動産業界の主流といえば、大連万達、恒大、碧桂園など大規模開発を得意とする大企業である。しかし、この業界もデジタル化が進行した。その象徴は不動産テック企業とよばれる「房多多」「貝殻找房」など、米国ナスダック上場企業である。

「房多多」の設立は、2011年。最初から“オンライン不動産+アルファ”を標ぼうしていた。自社でクラウドコンピューティング、ビッグデータ技術を研究し、最新SaaS型ソリューションを開発した。また中小の不動産業者を育成し、業界内全体のエコシステム改善に寄与しているという。2019年、米国ナスダック市場に上場した。

貝殻找房の運営会社「鏈家網」は2010年の設立。最新の3D技術を生かしたVR内見システムを開発、オンライン不動産取引のトップ企業に急成長した。2020年3月、ソフトバンクが出資したが、これは新規事業資金を必要としていた同社にとって渡りに舟だった。5ヵ月後の同年8月、同社は米国ナスダック上場を実現、ソフトバンクは、しっかり上場益を確保した。

現在では、大手でもライブコマースの利用など、オンライン化が加速、競争は激化している。ただし現在、業界の注目は、恒大の“処理”に集中している。

蕹也六の十二

『冉求曰、非不説子之道。力不足也。子曰、力不足者、中道而廃。今女画。』

冉求曰く、「先生の道が不満というのではありません。力不足なのです。」孔子曰く、「力不足の人間は途中でやめてしまう。あなたは自分の力に見切りを付けている。」

(現代中国的解釈)

中国人は自分の力を信じているのか、それともいないのか。貪欲に社会的上昇を望む一方、権力に対して従順のようにも見える。たくましい上昇エネルギーと、無為またはあきらめが同居している感じである。

例えば2008年、北京オリンピックの聖火リレーのエピソードである。沿道の応援に小中学生が、大量に動員されたが、悲惨な結果を招いた。炎天下に3~4時間も立ちっぱなしにされ、水分補給も、小便もできない。体調を崩す子が続出した。日本なら、学校と教育委員会は、厳しい非難を浴びるだろう。しかし、中国では表立った問題とはならなかった。これは、権力と天災にはさからえない、というあきらめのように思えた。

(サブストーリー)

総合モビリティ企業を目指す「滴滴出行」は、2021年6月30日、中国共産党100周年記念大会の直前、抜け駆けのようにニューヨーク市場へ上場した。お上はそれがお気に召さなかったとみえ、データ管理に問題ありとされ、新規ダウンロードを禁止とされた。当面の間、忍耐を強いられる。

株価は暴落したが、主力の網約車(配車アプリ)の業績は悪くない。7月は業界全体で7億7656万4000回の利用があり、前月比10.7%の伸びだった。しかし滴滴出行のそれは13.1%と平均を上回っている。

競合各社は、滴滴出行の“遭難”を奇貨とし、体制を強化した。生活総合サービス大手の「美団」は、アプリをリニューアルし、ドライバーには最大1000元のインセンティブを提供した。また業界2位を固めたい「T3出行」は、12都市で15日間、無休で働く“臨戦態勢”をとった。さらにT3出行と「高徳打車」は、消費者に100元クーポンを配布した。

こうしたさまざまな攻勢にも関わらず、市場シェア80%のガリバー、滴滴出行の4億ユーザーと1300万人のドライバ―は揺るがなかった。むしろ既存ユーザーへのサービスに集中し、体制固めになったとも考えられる。トップ企業はそう簡単にガタつかないようだ。

蕹也六の十三

『子謂子夏曰、女為君子儒。無為小人儒。』

孔子が子夏に対して曰く、「君は君子の学者になれ、小人の学者になるな。」

(現代中国的解釈)

現代中国の代表的な学者に、ノーベル医学・生理学賞(2015年)受賞者の屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)女史がいる。1930年、浙江省・寧波生まれ、1951年北京大学へ入学、薬学部で生薬を専攻した。卒業後、中医(漢方医学)を2年半学ぶと、それ以降、一貫して中国中医科学院で研究を行い、抗マラリア薬、アルテミシニンを発見した。彼女は“三無科学家”だった。三無とは、1 科学者の権威の裏付け、中国科学院・工程院に属していない。2 欧米留学経験がない。3 博士号を持っていない。ことを指す。つまり、エリート研究者ではない。それどころか毛沢東時代は、研究者そのものが、社会の最下層に置かれていた。そんな環境下、しかも漢方の地道な研究をベースに、偉大な発見を成し遂げた。中国本土生まれ育ちのノーベル賞受賞者は、彼女一人しかいない。正しく稀有の人物といえる。2020年、タイム誌の世界で最も影響力のある女性100人に選ばれた。

(サブストーリー)

もう一人挙げれば、2003年のSARS、2020年の新型肺炎、ともに防疫の指揮官として活躍した鐘南山院士だろう。院士とは科学・学術方面の最高称号だ。鐘南山は1936年、浙江省、南京に生まれた。1960年、北京医学院(現北京大学)卒、以後、研究者の道へ入る。広州と北京、ロンドンで学究生活を送り、1995年、院士に“当選”した。2003年のSARSでは、当局の隠ぺいを糾弾し、国民的英雄となる。その名を知らぬ者はない存在だ。2020年の新型肺炎でも、84歳にして再び引っ張り出された。当局の不手際を隠し、民衆の不満をそらすためには彼を前面に出すしかなかった。今回はIT巨頭のテンセントとチームを組み、共同で制圧にあたった。

また鐘南山は2020年4月末、貧しい貴州省のとげ梨農家援助活動の一環として、某ネット通販から初のライブコマースを行った。視聴者からは、中学時代の生物の先生を思い出す、と好評だった。鐘南山は柔軟だった。AIやインターネットと最先端のレベルで共生できた。

屠呦呦は、権力や権威とは無縁、鐘南山は筋を淘して抵抗し、その気骨が大きな力となった。国家貢献最優先の今は、彼らのような学者人生は、望めないだろう。


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